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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第四話 対決!雷音寺一門
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第二試合 半九朗対嵐十郎

「東軍流・五里嵐十郎ごりらんじゅうろう!」

「一刀流・松田半九郎だっ!」


 両者とも面と防具をつけて向かい合った。


「では、両者とも……試合、はじめっ!」


「ウッホッ、貴様など一撃で倒してみせるわ」

「はんっ、そうはいくかよ……」


 新九郎は剣先を少しさげた下段の構えで防御。五里嵐十郎は木刀を真っ直ぐに突き出し、東軍流・無反むそりの構えから、少しずつ高上刀にとり直していく。


 嵐十郎が摺り足でせまり、ビュンと風を断つ木刀が新九郎の頭上にせまる。半九郎の木刀が、渦巻きに巻きこまれる笹船のごとく刀身がさかまき、敵刃てきじんを撥ね上げた。二合、三合、四合……打ち合いが続く。


「松田っ!! 負けるなよ!!!」

「一刀流の真の実力を見せてやれっ!!」


 中西道場の門人たちは横柄な道場破り・雷音寺一派に反感をいだき、木刀派・竹刀派の垣根をこえて、松田を応援した。すでに二人も倒され、面子をつぶされ、道場の看板を守るべくヤキモキしている。


 だが、総帥たる中西忠蔵子武の心中はちがった。無論、看板をとられる気はさらさらない。


(ふだん、道場では竹刀派と木刀派にわかれ、いがみ合い、無視しあい、ときには喧嘩試合までする始末……だが、今はみな一体となって道場の存亡を憂いておる……)


 そして、この傲慢な雷音寺一門を、


(昨今、珍しく古武士のごとき尊大な荒武者ども……門弟たちには、よい刺激となろう……)


 と、刺激剤・カンフル剤のように思っていて、それほど悪い印象を抱いてはいない。


 それというのも……


 江戸時代初期に徳川幕府は小野派一刀流、柳生新陰流のふたつを将軍家御留流儀とした。大名家もこぞって両派の者を剣術師範としてまねき、御家流とした。

 そのため、他流試合を禁じ、一部の支配階級である武士のみが修行するものとなった。


 柳生宗矩などは〈治国・平天下の剣〉をかかげ、刀法を戦国の殺人剣から活人剣に転換し、柳生新陰流こそが剣術界の頂点になるべく画策した。多流派も大名家に取り入り、御留流となった。


 しかし、寛永のころから剣術は徐々に衰退の兆しがあらわれた。目ぼしい剣客は生まれなくなり、活気が失われていき、剣界は長い低迷期となる。


 それは当然である。


 徳川政権の長期安定化にともない、剣術兵法の需要はへり、表向き剣の達人は武士の鑑と周囲に称賛されはするが、その実、冷ややかなものであった。

 武家で出世するには剣の才よりも、算勘の才であったのが実情だ。


 武芸にとどまらず、芸事とは広がりを求めるもので、さまざまな人が習うことで多様性が生まれ、発展するものだ。広がりが止まれば、活気は失い、しなびて小さくなるものだ。


 低迷期に生まれた剣豪は世に埋もれるエピソードがつきまとう。

 たとえば、無外流居合の辻月丹は剣の腕、参禅の修養も確かであるが、生涯を極貧のなかで暮らした……


 そんななか、中西忠蔵子武の竹刀発明で剣界の状況はさまがわりを遂げた。

 武士のみならず、軽輩の武士、町人百姓にも門戸を開き、裾野すそのが広がり、人材が増えた。

 防具と竹刀による打ち合いは、現代の武道・スポーツにつながる健全な汗の颯爽をよび、世間で隆盛していった。


 一刀流中西道場に負けじと、古くからある道場も民間に広く門戸を開き、新しい流派道場も生まれ、身分にかかわらず剣術を学ばせた。

 彼等との他流試合もおおいに受け入れ、互いに得るものが大きい。


(まあ……狭い世界で凝り固まるから、いがみ合うのだろうなあ……)


「どうりゃああああああああああああああああああああっ!!」


 河馬山と同じく剛力者の五里嵐十郎の猛攻。

 だが、松田半九郎は嵐十郎の乱打を足さばきでかわし続けた。だが、胴にかすり、不利になる。


 さすがに息が上がった廻国者の隙をみて、『斜』の構えをとる。

 そこから左一重身ひだりひとえみとなり、左肩をそばだて、右足を大幅にうしろへ、木刀は背後にまわり、隠れて見えない。


「うほっ……脇構わきがまえかっ!」


「いざっ!!」


 どこを狙ってくるかわからず、嵐十郎は硬直した。

 間合を違えれば打たれる。

 二人は鋼のごとく不動の姿勢。時がたち……廻国武芸者は、焦れて、仕掛けた。


「でぇりゃあああああああああああああああああああっ!!」


 横一文字に胴をねらう。半九郎が一回転して木刀が右下方から撥ね上がる。


 カンッ!


 木刀が宙に飛び、音高く、落ちた。


「ぐっ…………」


 五里嵐十郎が肩を落とす。道場の門弟たちから歓声があがる。雷音寺は苦虫をかみつぶした。


「ええぃ……嵐十郎め……情けなし!」


 松田半九郎の技――これは一刀流の『拂捨刀ほっしゃとう』七本のうち、『脇構えのすり上げ』である。


『拂捨刀』とは、一刀流開祖の伊藤一刀斎の実体験から開悟かいごした剣技である。千葉周作の『剣法秘訣』によると、一刀斎が鎌倉に住んでいたころの話で――


 一刀斎の高名を憎み、他流の武芸者たちが徒党をくんで襲撃をもくろんだ。ちょうど、一刀斎と同居している妾がいて、刺客たちは彼女と親しくなり、味方にした。一刀斎に大酒を呑ませて熟睡させる。


 ちょうど夏のことで、一刀斎は蚊帳かやの中で泥酔していた。妾は起き上がって、一刀斎の両刀を抱えあげて退室した。

 そこを刺客十人余が乱入し、蚊帳の釣手つりてを斬り落とす。一刀斎は転げまわって乱刃をさけ、潜り抜け、杯や器を暗中の敵に投げつけ、ついに一人の武芸者から突き倒し刀を奪いとる。 そして乱戦のまきこみ、曲者をすべて切り捨てた。

 後年、弟子の小野忠明に自然と会得した太刀を伝えた。


 これを『拂捨刀』という。拂捨は宗教用語であり、かんたんに云うと、執着・我執を捨て去り、没我無心となることだ。

 無我夢中の境地から自然と生まれた刀法である。


 それにしても、多流派が己の流祖は神仏から啓治をえたなどと神格化して、流派の権威を高めることが多いなか、一刀流は愛人に裏切られて窮地に落ちたなどという、こんな人間臭いエピソードを堂々と残して伝えるとは……異色というか、度量が大きい。



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