紅羽対梢
「どちらさまもよござんすか……丁半、駒札がそろいましたよ……」
急に紅羽が空っぽになった汁碗をさかさまに膳にふせる。女壺振り師の真似のようだ。
「さあさあ……半か丁か……」
「半じゃ!」
「丁なのですぅ……って、あっ!!」
竜胆と黄蝶が半九郎の顔をみて、三毛猫の丁吉を見較べた。梢がさぁ~~と血の気がうせる。
「ちょ、ちょっとあなた達!!」
慌てる梢に、紅羽は両手をこまぬいて目を閉じ、訳知り顔をする。
「梢殿、いくらなんでも飼い猫に……」
「わわわわわのわぁぁぁぁぁ~~~~!!!」
中西梢が真っ赤になって紅羽の口を押えた。当の半九郎は鈍感にも気がついていないようだ。
「だいたい、あなたは半九郎様の手下のくせに、無礼にもほどがありますわよぉ~~~~!!!」
「むっ! あたしたちは松田殿の手下ではないよ。仕事を依頼されて請け負っているだけだよ!」
「前から気になっていたのですけど、仕事ってなんですの!?」
「……ふふん、さいきん江戸で騒ぎをおこす妖怪や悪霊どもを、バッタバッタと倒してまわる……その名も妖怪退治屋の紅羽とは、あたしのことよ!」
「妖怪退治屋!?」
「そうよ、聞いて驚いたようね……」
「いえ……初耳ですわ」
袖で口を押さえていた梢が、スンと冷めた目となる。
「ずんこけぇ~~~~~~~~!!」
「妖怪だなんて……そんなのいるわけないじゃない。わたくし、鳥山石燕の妖怪画でしか見た事ありませんわっ!」
鳥山石燕は浮世絵師で、このとき六十九歳。五年前に出した妖怪画集『画図百鬼夜行』が好評で、続々と妖怪絵を発表している。
現在の日本人が思い描く妖怪は漫画家・水木しげるの描いた絵が元になっているが、水木の妖怪画は鳥山石燕の浮世絵をモチーフにしたものが多い。
「いや……梢殿……信じられぬかもしれませんが、妖怪は実在しているのですよ……人に仇名する凶悪な妖怪を、俺もこの目で見て、戦いました……」
「まあ……松田様も……では、信じましょう……」
「あっさり、信じるのか~~~い!!」
「ですけど……こんな年若い娘たちが妖怪退治人だなんて……それは何年も修行した僧侶や禰宜の仕事では? 疑わしいですわ……」
「なんですってぇ……少なくとも、梢殿よりは腕もたつわよ!」
「んまぁぁぁ~~~~… 私も中西忠蔵の娘、一刀流の手ほどきは受けましたわ……道場であなたの増上慢の鼻をへし折ってみせますわっ!」
「受けてたとうじゃないの!!」
「お……おい……二人とも落ち着いて……先生、なんとか言ってください……」
「わははは……面白そうじゃねえか、半九郎。腹ごなしによい余興だ」
松田半九郎はげんなりと肩を落とした。そこへ、ドタドタと道場から渡り廊下を走ってくる音がした。
襖を開けて、顔色を変えた二十代の門下生・榎本鍋之助が現れた。
「なんでえ、鍋之助……そんなに血相をかえて……」
「大先生、道場破りが現れました!!」




