謎の神気遣い
「まだ俺が生まれる前ですな……寺田喜代太とは何者ですか?」
「なに、仙人や道士ではない、お前と同じ大名の家臣さ。やつは上野国高崎藩の者でな……十五歳のとき中西道場に入門した……」
当時の中西道場の師範は中西忠太子定。二代目となる中西忠蔵子武は二十代の若先生であった。寺田喜代太は十五歳の若年ながら、年上の巨躯怪力の先輩を何人も打ち負かすほどの剣の腕であった。
「俺も何度か喜代太と刀を交えたが、他の奴とちがってな……じっと見つめていると、首筋がチリチリする感覚……恐れのようなものを感じた……そういや、奴の剣尖から炎のようなものが燃え立つような幻覚を何度か見たなあ……」
「えっ!!! 剣尖から炎の幻ですか……」
半九郎は紅羽が太刀先から炎のようなものを出すのを目撃した。天井裏の紅羽達もドキリとした。寺田喜代太とは何者であろうか……
「奴の剣尖を見ていると何かに引きずりこまれそうでなあ……こりゃイカンと、心を強くして打ちかかったよ……それでも三本に一本は取られちまった……悔しくてなあ……」
中西忠蔵は率直に寺田喜代太にお前の強さの秘密はなにかと尋ねた。こちらも率直に、
「なに、練丹法を少々かじっていてね……」
と、こともなげに答えた。そして、内丹術から練丹法についての知識を披露した。さきほど半九郎に語ったことである。忠蔵も、一時は練丹法を学んでみようかと思ったこともあるという。
「先生が練丹法を……なぜ、やめたのですか?」
「なに、もともと俺は座禅など心法修業が性に合わなくてなあ……それに第一にだな、理業(理合と術技)をたっとぶ一刀流道場の二代目候補が、怪しげな古代の仙人道士の技を学んでいては、外聞が悪かろう……」
中西忠蔵に岸田修理亮、開祖の伊藤一刀斎、江戸後期の北辰一刀流・千葉周作など、一刀流剣士の系譜には、剣術から神秘性を排除して“剣道”に発展させた合理精神の持ち主が多いようだ。そして精神修行に重きをおかず、技術至上主義なところも共通する。
「うぅぅぅ……確かに……それは……」
喜代太と忠蔵は熱心に道場で剣術に励んだ。が、中西忠太子定が没し、息子の忠蔵子武が道場を継ぎ二代目となる。この頃、さきも話したが中西忠蔵は木剣修行のジレンマに悩み、創意工夫をこらし、竹刀の発明と面、籠手の改良をするにいたった。
低迷していた江戸剣界は竹刀と防具の登場により大発展を遂げた。中西道場の門下生は増え続けで江戸随一の道場へ栄達する。
「俺は竹刀と防具を開発し、入門者が増え、新しい剣の時代が来ると息巻いていた……だが、喜代太はちがったようだ……“竹刀”は邪道といいきり、木刀のみで組太刀をおこなった。そういや、喜代太は俺の苦手な座禅に励んでいたな……」
「それは……寺田殿は師匠とはなにごとも正反対の性格のようですなあ……」
「新しいもの好きの俺と、古いもの好きの喜代太だ……水と油のようなもんさな……やがて、俺と仲違いをして道場を去った……」
翌年、寺田喜代太は高崎藩に出仕し、藩士として勤めた。
「風の噂によると、喜代太は一刀流をすっぱりと捨て、剣は池田八左衛門の平常無敵流の門下生となったそうだぞ。なんでも心法を第一義とする流派だそうだ。奴らしいじぇねえか……しかし、懐かしいなあ……また、喜代太の頑固面を見たいものだ……」
道場主が追憶にひたるなか、新九郎は別の想いにかられていた。
(練丹法……それを学べば、俺も凶悪な妖怪どもと戦えるのではないか……)
中西忠蔵の私室の襖が開いて、桟留縞模様の着物に繻子の帯、島田髷という上品な武家娘がお茶と菓子をもって、すべるような所作で入ってきた。ほっそりとした美貌の、勝気そうな黒い瞳の十七歳娘である。
「粗茶でございますが……」
「おおっ……梢殿か……すっかりお綺麗になられて……」
「まあ、半九郎様ったら……」
中西忠蔵の娘・梢が頰を赤らめて袖で顔を隠した。
「なんじゃ、梢……今日はやけに上品めかしているではないか……いつもは障子をピシャンと開けて、机に茶碗をドンッと置くではないか……」
「あらやだわ……お父様ったら、半九郎様の前でそんな御冗談を……」
梢が座ったまま、父親にスススッと横に近づき、袖の影で太腿をつねった。
「痛たた……」
「どうなされた、先生?」
「父は最近腰を痛めまして……ほほほほほ……」
「はあ……大丈夫ですか」
「むむむむむ……平気だ、今、治った……」
笑みを浮かべながら、父をきっと睨む娘に、江戸随一の道場主は照れ笑いでごまかした。




