練丹法
松田半九郎はこれでも一刀流中西派を学び、毎日の鍛錬をし、腕に覚えがあるつもりだった。しかし、このたびの魔性の脅威の前では役に立たず、忸怩たる思いにさいなまされる。伯父の坂口宗右衛門にそのことを話すと、
「なに、気にするな。モチはモチ屋にまかせろというではないか……妖怪や悪霊騒動は専門の修行をした妖怪退治人にまかせればよいのだ」
「しかし、それでは寺社役同心として、あまりに不甲斐ないのでは……」
「気にするな、気にするな、半九郎……幽霊妖怪退治は坊主や神主、山伏など、霊力修行した者にまかせりゃいいだろうが……」
「しかし、叔父上……俺は不甲斐なくて……」
扇子をふって笑い飛ばす叔父であったが、若い半九郎には納得しかねた。そして、妖怪退治人が百目鬼を倒した技について叔父に訊いた。たが、あいまいで詳細まで分からない。
「叔父上の話によれば、鳳空院の妖怪退治人は『神気』を練った気弾のようなものを妖怪や幽霊にぶつけて倒すという話なのです……実際に俺は炎や氷のような形にして攻撃するさまを目撃しました……」
「ほう、まるで講談に出てくる仙人や妖術使いの技のようじゃな……」
「それは架空の絵空事……『神気』という言葉は我ら武芸者なども使いますが、けっして目に見えるものではないはず……どうにも気になって仕方がないのですよ……」
どうやら、松田半九郎はそれが気になって浮かない顔をしていたようだ。
「むう……神気使いの妖怪退治屋か……もしかすると、それは『練丹法』かもしれんぞ」
天井裏で盗み聞きをしていた紅羽・竜胆・黄蝶がハッと目を合わせる。『練丹法』……それは天摩忍法の本質、秘中の神髄であるのだ……
「練丹法……なんですかそれは?」
「元々は清国(中国)に古代からある道士などの神仙術でな。まあ、つまり不老不死の仙人になる薬・仙丹を作る術だな。『外丹術』ともいう」
「はぁ……」
半九郎は眉根を寄せて、千振でも舐めた口となる。
「わははは……さっき、お前が俺に妖怪の話を切り出したときと同じ顔をしているぞ……」
「うぅぅ……それは失礼なことを……」
「いいってことよ。だが、昔の道士は丹砂(硫化水銀)などで作った丹薬や金を使った金液なんぞを不老不死の仙薬なんぞと称して、唐の皇帝に呑ませたから、何人もおっちんじまったらしいぞ」
「なんとも酷い話ですな……」
「そこで、道士たちは薬などから不老長生を求めるのをやめ、人間の体内から不死の素を求める『内丹術』の考え方ができた」
「内丹術……」
ちなみに、道士たちの新思想・内丹に対し、外丹術は独自の発展を遂げていく。中国の医学・医薬・化学の分野だ。練丹術の研究中に生まれた副産物として有名なのは火薬の発明だとされている。
「内丹はわかりやすくいうと、生命力を高めることらしい。清国では練丹術から発展して、民間療法の『気攻』となったそうだ。内丹は日本にも伝わり、『練丹法』となったそうだぞ」
「ははあ……」
「ほれ、どの武術でも臍下丹田に力をいれろ、精気を集めよ……というだろうよ」
臍下丹田はへその下三寸(約9センチ)のところ。東洋医学の身体論で、身心の活力の源である気が集まるとされているところだ。ここに気力を集めれば、健康を保ち、勇気が生じるといわれている。
晋の葛洪の『抱朴子』によれば、両眉の間の三寸入ったところを上丹田、心臓の下にあるのを中丹田、へそのした二寸四分にあるのを下丹田と呼ぶ。
この三丹田には、衣服を着て、名前をもつ具象的な神である『一』がいて、この神を守ることが、守一の道術が説かれている。北宋の紫陽真人張伯端の金丹道ではとくに臍下丹田が重要視された。
また、ギリシアのプラトンが横隔膜とへその間には第三の魂があるといった『ティマイオス』、という思想とも相似しているかもしれない。
「はい、確かに……何気なくつかっていましたが、あれは練丹術の言葉でしたか……」
体内に丹という仙薬をつくるなどとは、論理が飛躍しているようだが、実際、人間の皮膚は日光を浴びることでビタミンDがつくられる。また、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、アドレナリン、アセチルコリン、メラトニン、エンドルフィンなどは脳内でつくられる物質である。科学や医学の発達していなかった古代でも、道士たちは無意識に感じていたのかもしれない。
「それにしても、先生は練丹法とやらに詳しいですねえ……」
「なに、昔な……門下生に練丹法を修行していた奴がおってな……そやつに訊いたことがあるのよ……」
「えっ!? それはいったい、どういう方ですか?」
「う~~む……確か今から二十一年前……名前を寺田喜代太という男でなあ……」




