花のお江戸の大逆転
「ぐっ……こうなれば俺が……」
松田半九郎が太刀を、三人娘を飲み込んだ巨妖・百目丸に向けた。
「……むふぅぅぅ……姉者の仇をうったぞ……」
そのとき、異変が起こった。百目丸の巨体が紙風船のように膨らんだのだ。高い神気を持つくノ一を取りこんだため、これ以上に巨大化しようとするのか!?
「うぐぅぅ……うがあぁぁぁぁぁ……ぎゃああああああああっ!!」
百目丸が苦鳴をもらし、悲鳴にかわっていく。その口の中は氷漬けになっていた。巨怪の右側に黒い筋が走り、裂けていく。左側に黒い穴が生じ、火柱がたった。
「まさか……紅羽たちは生きて……」
百目丸の巨躯は内部から破壊されていった。鎌鼬による裂傷、花冷による凍傷、炎竜破による火傷が妖怪をズタズタに引き裂いていった。この世のものとは思えない悲鳴があがり、百目丸はバラバラに飛散していった。肉塊は地面に落下し、ドロドロに溶けてゆく。
その中から得物を手にした紅羽・竜胆・黄蝶の影法師が見えた。その頃、普請場の木材の影に隠れていた八郎兵衛と熊吉の額の目が消えていき、眼窩に自分の目玉が具現化していった。
「ああっ、オイラの目が戻ったぁぁぁぁ……」
「あっしもだっ! これも紅羽さんたちが妖怪を退治してくれたお陰だな!」
百目媛の妖力を引き継いだ百目丸の消滅により、目玉が元に戻ったのだ。
「ふぅぅ~~~、今回はヤバかったねえ……」
「しかし、私達の勝利じゃのう……」
「やったのですぅぅ~~~」
松田半九郎が三人に駆け寄っていった。
「お前たち……よく倒した……ややっ!」
そこで、三者の忍び装束が妖怪の胃液で解けて、半裸状態になっていることに気がついた。
「きゃあああっ!」
「いやんですぅぅ~~~…」
「こっち見んなっ!」
慌てて目をそらした松田半九郎だが、羞恥に赤面した紅羽が頬に鉄拳を喰らわせた。ゴキリと首が直角にひん曲がる。
「……なぜ、俺が……」
「わああああっ……ごめんさない……つい……」
「……いや、いい……のだ……よくぞ、妖怪を倒してくれた……礼をいう……」
ともかくも、百目の通り魔事件は解決した。百目丸を倒した時点で、坂口や捕り方たちをはじめ、目を盗まれたすべての人々に目玉が戻ったのだ。半九郎、熊吉、八郎兵衛が己の羽織を紅羽たちに与えて、感謝の言葉をのべた。
さらに秋芳尼の駕籠が戻ってきて、伴内たちの羽織を三人に与え、労いの言葉で称賛された。坂口宗右衛門も日の丸の扇子で天晴、天晴と誉めそやかす。
後日、坂口宗右衛門が懸賞金とは別に、寺社奉行・牧野惟成のおごりで、懇意の料理屋でご馳走が振る舞われた。浅茅もきて、貧乏な鳳空院一家にしては珍しく贅沢な宴が開かれた。
「目を奪われた人々も助かったようです。よくやりましたね……紅羽、竜胆、黄蝶……」
「よくぞやったぞ、お前たち……あのデカブツ妖怪をようも倒したもんじゃ……」
「しかし、よく怪物に食われて無事だったな……」
「それはですね、金剛さん……竜胆が百目丸の胃液に溶かされないよう、胃の中を氷で覆ったからなのよ……」
「そうそう……竜胆ちゃんのお手柄なのです!」
「こほん……なに、それほどでもないぞ……」
「あっ、照れているのです、竜胆ちゃん」
黄蝶が両手人差し指をピッと竜胆に向ける。
「そうそう……竜胆のお陰だよ、よっ、色女っ!」
「……紅羽に褒められると、むずがゆくなるのじゃ……それに、雪が降りだしそうじゃ……」
「なによ、それっ!」
料理屋の一室で明るい笑いが響き渡った。
さてさて、次回はどんな怪事件が待ちうけているのか……それはまた、次の講釈でーー
おしまい




