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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第三話 邪眼!百の目をもつ通り魔
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最終決戦

 松田半九郎、坂口宗右衛門をはじめ捕り方たちにも、幽霊のようにはっきりとは見えないが、朧気に輪郭が見える巨大な怪異と対面して総毛だった。そのとき、巨怪の全身が徐々に赤黒い実体を見せ始めた。


 嗚呼……それは見た者が正気を失いそうになるほど、この世のものではない汚怪な存在であった。百目丸は高さ三丈(約9メートル)、縦横五丈(約15メートル)という三階建て家屋もある大きさがあり、赤黒く、巨大な楕円の肉塊は、深海に潜む醜い鮟鱇あんこうにも似ていた。


 全身に刃のような剛毛が生え、そして、人間ほどもある百の巨眼が表皮にあり、ギョロギョロと瞳が動く。肉塊の下部にはぞうのような太い足が何脚もあり、不気味な触手が蠢いていた。と、ここまではグロテスクな物体で表現できよう。


 だが、その肉塊の前面には二丈もある巨大な顔があった。しかもそれが、緋鯉のお吉に似た美貌であり、額や頬、口にあたる部分に巨眼があった。髪の毛の代わりに蠕動する触手がまとわりついていた。美と醜の奇怪な混合は人間の精神をおかしくさせるおぞましさがあった……


 紅羽・竜胆・黄蝶をはじめ、秋芳尼や伴内、金剛もおもわず言葉を失った。坂口宗右衛門ら浅草の車善七配下の捕り方たちも圧倒されて金縛りになる。


「おのれ、妖怪!」


 松田半九郎が果敢にも、抜刀して先陣をきり、連れられるように捕り方たちが六尺棒ろくしゃくぼう刺股さすまた突棒つくぼう袖絡そでがらみ手鉾てぼこなどをもって巨怪に立ち向かっていった。半九郎が触手を斬り裂く、だが、別の触手が代って襲いくる。しだいに触手が伸びて捕り方たちの顔面を覆い、目玉を盗みだした。


「おのれ、デカブツ妖怪め……こうなったら、このわしが……」


「駄目だよ、小頭……秋芳尼さまを避難させるのが最優先だよ!」


「そうそう……ここは最後まで私達にまかせてもらいたいのじゃ……」


「黄蝶もがんばるのです!」


 松影伴内は弟子たちの決意の双眸を見て、「ほう……」と唸る。


「むむっ……お前たちの言う通りじゃ、秋芳尼様。ここは紅羽たちにまかせましょう……金剛、秋芳尼さまを駕籠へ……」


「はっ!」


「ですが……三人だけでは……」


「なに、信じてくだされ……」


 秋芳尼は心配げな顔つきであったが、松影伴内と金剛は説得して駕籠を撤退させた。その防波堤となって、紅羽・竜胆・黄蝶が立ち塞がる。


「そこまでよ、百目丸……狙いはあたしたちでしょ?」


「……見つけたぞぉぉぉ……妖怪退治人どもぉぉ……姉者の仇だ……貴様らの目玉をえぐり取り……骨の髄まで喰らってくれるわ……」


 百目丸の顔面から全身の眼球それぞれに、紅羽・竜胆・黄蝶の姿が個別に映る。姉者から与えられた視神経の情報だ。


「そうはいかないよ……私たちの底力見せてやるわ!」


 三人は巨妖の前で練り上げた〈神気〉を太刀・薙刀・円月輪にこめ、百目丸に一撃を放つ。


「火遁・炎竜破えんりゅうは!」


 太刀から赤い闘気が噴き出て、炎が渦巻き、火炎の竜巻が急襲。 


「氷遁・花冷はなびえ!」


 薙刀をふった斬撃破にのって、青い神気が氷の結晶と化して妖怪を氷漬けにせんと迫る。


「風遁・鎌鼬かまいたち!」


 円月輪から旋風が発生し、真空の刃を作りだし、風の刃が怪異を襲う。


 だが、すべての攻撃は百目丸の手前で跳ね返された。空間を捻じ曲げる百目鬼妖術の奥義『結界反射』だ。


「そんな……奴も使えるのか……」


 呆然とするくノ一三人衆の前に百目丸の巨体が迫り、美貌の顔面の下部にある、牙の歯列が並ぶ巨大な口が開き、三人を飲み込んでしまった。それは、あっという間の出来事であった。


「なにっ!」


 触手を太刀で斬り払っていた松田半九郎も信じられない面持ちで見上げた。坂口宗右衛門をはじめ捕り方たちもほとんどが目を奪われ、倒れ伏している。


 このまま百目丸の猛攻は続き、江戸は壊滅し、人間は、食人鬼一族の家畜となってしまうのか……


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