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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第三話 邪眼!百の目をもつ通り魔
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結界解呪

 その頃、椚の森の外の普請場では松田半九郎が、場所を変えて何度も繁みに飛び込んで試したが、中に入ることはできなかった。


「はぁはぁはぁ……こりゃ、駄目だ……伯父上……」


「むむぅぅ……そのようだの……これは妖術による結界のようだの……他の妖怪退治人を呼び寄せ、結界を解くか……」


「……それでは遅すぎますぞ……しかし、幸いにもここは浅草寺領内で、周囲には神社仏閣も多い。僧侶や神主たちに結界をいてもらいましょう……」


「ええっ…………いや、それがのう……」


「僧侶になるには、高野山などで数年間修行して霊力を得てからなれるとのこと……大勢の僧侶や神主に助成を仰げばかならず……」


「むむぅ……建前はそうなっておるがの……お主……『忖度そんたく』という言葉を知っておるか……」


「………………………………………………………………」


 絶句して、ガクリとこうべを垂れる松田半九郎。そこへ、二人の駕籠かきがエッホエッホとやってきた。


「……私が結界を解きましょう……」


 駕籠の垂れ幕があがり、黒い法衣ほうえに白い尼頭巾あまずきんをかぶった美貌の尼僧が現れた。年齢は十八歳くらい。ニコニコした表情で、菩薩ぼさつのように慈愛あふれる女性だ。左の目尻にホクロがある。スラリと背が高く細身だが、胸部は豊満なふくらみがあった――


「やや……あなたはいったい……」


「これはこれは……秋芳尼しゅうほうに様……半九郎、この方は鳳空院の住持じゅうじで紅羽たちの元締めである」


「なんとそれは……俺……私は松田半九郎と申します……」


 半九郎は思わず見とれてしまったが、伯父に紹介されて居住いずまいをただす。駕籠かきは秋芳尼に仕える松影伴内と金剛と紹介した。


「虫の知らせで、紅羽たちが危いと感じたのですが……思った通りのようですね……伴内……」


「どうやら妖術結界が張られておるようですな……金剛、お前も協力せい……」


「わかりました、小頭」


 森の手前で秋芳尼が立ち、両隣に伴内と金剛が立つ。そして、神気を高め、三人で真言しんごん言霊ことだまを唱え始めた。


「おん きりきり ばさら ばさり ぶりつ まんだまんだ うんはった……」


 これを三回となえた。この場に邪気や魑魅魍魎が入り込まないようにする呪文だ。次に、


「おん となとな またまた かたかた かや きりばうん うんあはった そはか……」


 この呪文は魑魅魍魎や邪気を払う力がある。


「おん びさふら なつらこつれい ばさら うんじゃら うんはった……」


 心の中に入り込む邪気を追い払う呪文で、幻覚や暗示を払うこともできる。


「オ~~~ン、笑声金剛よ、はらいたまえ、きよめたまえ……」


 金剛軍荼利明王こんごうぐんだりみょうおうの真言が妖怪のはった結界を打ち払う。


 秋芳尼を中心に浄化の光輝が椚の森を包み込んだ。濁った邪気が煙となって天空へ消えていく……


「おおっ、これは……」


 半九郎と宗右衛門、捕り方たちが驚嘆する。すると、森の繁みの中から、一つ目男が二人飛び出てきた。


「出たな、百目の通り魔!」


「うへえええっ、オイラたちは違うよ!」


 一つ目男は熊吉と八郎兵衛だが、松田半九郎は刀を抜いて二人に白刃を向ける。だが、そこへ続いて黄蝶・竜胆も森から飛び出てきた。


「ああっ、森から出られたのですっ!」


「秋芳尼さま、小頭、金剛さんが結界を解いてくれたのじゃな……」


「いったい何事があったのです?」


「秋芳尼様! みんな! 逃げるんだっ!」


 最後に紅羽が飛び出て、警告した。血相を変えた紅羽の様子に只事ではないと感じた一同が森から離れて、普請場の木材の裏に隠れる。すると、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッと震動が起きて、森の中から透明な巨怪・百目丸がドスドスドスッと何十もある脚を動かして進撃してきた。


「なっ、なんじゃい、あれはっ!!」


「妖怪・百目丸よっ、小頭!」


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