逆襲百目丸
その頃、館の奥深くの吹き抜け天井の大広間では、息も絶え絶えの百目媛が倒れていた。その前には何もない空間が広がっていたが、巨獣の息遣いが聞こえる。天窓の月明かりで薄らと、凸凹した奇怪な輪郭を映しだした。
「……姉者……しっかりしてくれよ……死なないでくれよ……俺が治癒の舌で舐めるからさあ……」
透明な巨怪の全面から、これも透明な大舌が姉の百目媛を舐めていた。透明舌が姉をゆさぶり、粘液が垂れる。が、百目媛の命の灯は消えつつあった……
「……おお……我が弟・百目丸よ……姉者はもう駄目じゃ……どうかわらわの代わりに坂東の地を支配し……鬼一族の首長となっておくれ……」
「うおぉぉぉ~~ん……わかったよ……姉者……俺が坂東の地を支配し……人間どもを家畜にしてやるよ……だから死なないでおくれよ……」
「……百目丸……わらわをこんな目にあわせた……妖怪退治人を……坂東支配の生け贄に……血祭りにしておくれ……」
百目媛の両目と額の目に、紅羽・竜胆・黄蝶の姿が映る。そして、百目媛は己の目玉に妖力をすべて注ぎ込み、すべての目を宙に舞いあげ、見えない弟の巨躯に与えた。そして、女怪の姿はドロドロに溶けていった……
「姉者ぁ~~~~~…おのれぇぇぇ……妖怪退治人どもめぇぇ~~~…」
姿の見えない百目丸の姿が、月明かりに一瞬だけ見えるようになった。その姿はなんとも不気味でおぞましかった――
「あの障子の向こうが大広間でさ……」
「ごくっ……まだ気づかれてないようだね……様子を伺って、奇襲をかけよう……」
八郎兵衛と熊吉の案内で紅羽達は奥座敷へ向かう。途中の廊下で、突如、揺れが起き、ゴゴゴゴゴゴッっと、地鳴りがした。ミシミシと梁や柱がひび割れ、一同が床板にしゃがみこむ。
「地震かっ!」
「怖いですぅぅぅ~~っ!」
「いや、違うようじゃ……あれを……」
竜胆が指さす方角にある大広間の障子が湾曲してバラバラに破壊された。そして、柱と梁がへし折れ、壁も天井も崩れていく。何か巨大な物体が館を中から破壊し、こちらに向かってくるのだ。
「マジヤバイっ!」
「いったん、外へ出るのじゃ!」
崩れゆく館のなかで、一同は元来た方角へ逃げていく。その上から梁や天井板が落下してきた。
「天摩忍法・風遁・つむじ風!」
黄蝶がはなった小旋風がそれらを風圧で跳ね飛ばした。
「天摩忍法・氷遁・吹雪連撃!」
竜胆の薙刀から繰り出す吹雪の渦が倒壊する柱や瓦礫を氷漬けにして防ぐ。
「いいぞっ、黄蝶! 竜胆!」
「えへへへ……なのです」
「まあな……」
五人はなんとか館から脱出できた。百目館は粉々に倒壊し、瓦礫の集積物となった。
「どうやら、百目丸は押し潰れたようじゃの……」
「助かったのですぅ~~」
突如、轟音がして瓦礫が吹き飛び、巨大な何かが這い出てきた。そして怨念のこもった大音声が響く。そして、鼻をつまみたくなる異臭が広がってきた。
「……妖怪退治人はどこだぁぁぁ~~~~~~!!!」
凄まじい妖気にあてられ、人間達の毛穴が開き、背筋まで体温が下がった。妖気の根源を見上げると、月明かりに薄らと凹凸のある楕円の肉塊のようなものが見えた。その下半分にはたくさんの足のようなものがあり、ドスンドスンと、高速で動かしているようだ。
地面に直径1丈(約3メートル)の穴が陥没して、無数に多くなっている。これは怪物の足跡だ。透明妖怪の表面に閃光が走り、紅羽たち目がけて、高熱の稲妻が襲いかかる。
「……あれが……百目丸……なんて怪物だ……」
「……ぴええええええ……」
紅羽たちは元来た森の道を全速力で逃走する。百目丸は全面にある巨大な口を開けて追いかけた。
「……貴様らの目玉を奪い……骨の髄まで喰らってやる~~~~!!!」