一つ目男
「しまったえ……怒りにまかせて、思わず消し炭にしてしまったのだえ……」
大容量の妖力を解き放って頭の血が下がったのか、百目媛が本来の目的を思い出し、後悔にさいなまれる。せめて、目玉は無事かどうか、ひざまずいて女忍者たちの焼死体を改める。
「やややっ……」
紅羽の焼死体が蜃気楼のように霞みだし、朝靄のように消えていった。
「天摩流幻術・朧月よ!」
〈神気〉で造り出した幻影の分身が敵を欺いたのだ。本人の〈神気〉があるゆえ、本物か偽物か判断しにくい。
いつの間にか紅羽の本体が眼前に立ち、口から毒気を吐く間もなく、左肩から右脇にかけて斬撃が飛ぶ。秋芳尼が太刀にこめた破邪の〈神気〉が妖鬼を袈裟斬りにしてのけた。
「……おのれ……小娘ども……」
竜胆が両手を胸前で上下互いにおき、掌の間に青い神気で氷の大きな六角形結晶を作りだした。
「氷遁・風花!」
氷の結晶は六花手裏剣となって百目鬼の額の眼に飛来して突き刺さる。
「うぎゃああああああああああああああっ」!!!
さきほどの百目鬼伝説の続きだが、「藤原秀郷は巨鬼のもっとも光る眼を矢で狙い撃ちした。そこは鬼の急所で、もんどりうって苦しみだした。鬼は明神山ふもとまで逃走。体から炎を吹きだし、毒気を吐いて苦しんだ。藤原秀郷も手に負えず、いったん館に戻り、翌朝、彼の地へ向かうが、黒焦げの地面があるだけで、鬼の姿は消えていた。
それからおよそ四百年後、明神山ちかくにある本願寺で、住職が怪我をし、寺院が火事になる怪事が続いた。実は生きていた百目鬼が若い娘に化けて長岡の百穴に隠れて体を直し、娘に化けて邪気を集めていたのだった。その邪魔になる寺院を追い出すための悪事であったのだ――」
つまりは、一番光る眼が弱点なのであった。
巨鬼の体が縮小し、百目媛となった。そして、周囲に毒気を放ち、体から炎を吹き出して、どこかへ逃げ去る。藤原秀郷ではないが、女忍者たちも高熱火炎には手に負えず、後方に退く。黒い瘴気と熱気が薄まったころ、地面に緑色の血が点々と落ちていた。
「百目媛のやつ……どこへ……」
紅羽たちが血痕を追いかける。月も星もない紫色の夜空に、目玉のような雲が渦巻いているが、少し薄れてきたようだ。夜空に星は無いが、どんよりとした黒雲になりつつあり、見慣れた光景にほっとする。
「どうやら、妖術結界が弱まってきたようなのです……」
「百目鬼は四百年年以上生きた妖怪だ……奴を倒さぬ限り、目玉を盗まれた人々を救うことはできぬぞ……」
血の痕を追う三人は繁茂する木々の向こうに今まで見たことが無い建築物の影を目にする。
「あっ……森の奥に館が見えるぞ……」
紅羽が指さす方向に、ところどころ剥がれた土塀が見え、今では見られない古い建築方式の唐破風の屋根が見える。あちこち破損して、草が生えている廃屋であった。小さな森のなかにはあり得ないほど大きな館だ。そして、妖気量が物凄い。
「……この妖気……まさか、百目媛のほかにも妖怪の仲間が……」
ゴクリと唾を飲みこむ天摩くノ一忍群たち……門が開かれたままで、緑色の血が点々と続いている。だが、その門を安易にくぐる事はできなかった。「何か罠があるに違いない……」それは忍びの習性である。
三人は結界や罠が仕掛けられていないことを調べてから、鍵縄梯子をつかって土塀に登り、中庭に侵入した。玄関にはいかず、庭の道に罠がないか調べつつ、裏木戸の羽目板に油を流し込み、慎重に苦無で外す。廊下はシンとして人気が無い。忍び足で中に潜入する。が、廊下の角から突如、一つ目の人間が出現した。
「ぬっ! 一つ目小僧……にしては、歳をくってそうね。一つ目男ってとこかな?」
紅羽が太刀を、竜胆が薙刀を、黄蝶が円月輪を構えた。
「待ってくれよ……俺たちは妖怪じゃねえよ!」
「そうだよ、ベッピンの娘さんたち……オイラだオイラだオイラだオイラだ……」
「いや、知らないし……竜胆か黄蝶の知り合いか?」
竜胆も黄蝶も首を横に振る。一つ目男たちに殺気は感じ取られないし、この状況下にしては呑気な感じがする……よく見れば、双眸のあるべき場所が肉肌に覆われ、額の真ん中に瞳がある。
「この莫迦野郎、初対面の人たちにまぎらわしい事言うんじゃねえ! すいやせん、俺たちは駕籠かきの八郎兵衛といいます。そして、この泥棒ヒゲのデブが熊吉……」
「あんまりな紹介だよ、八っつあん!」
「俺たちは百目媛に最初に目玉を盗まれた犠牲者でして、額に妖術の目玉を埋め込まれ、下男としてこき使われているんですよ……」
「そうなんだよ、コンチクショウ! 逆らうとこの額の目玉からビリビリと電撃が走るんでい……」
なんだか愉快な一つ目男たちの登場で紅羽たちの気勢がそがれた。




