妖女の森
紅羽たちは椚の森から突如、膨大な妖気があふれるのを感じ、目で合図して森林へむかった。繁みの中で三人娘が着物に隠した飾り糸を引っぱる。すると、女侍の羽織袴、巫女の羽織袴、黄八丈の着物がバラバラに分解した。その下からは紫紺色の忍者装束が現れた。
浅草の門前町の裏手にある普請場の奥にある椚の森は大した広さではない。長屋三棟ほどだ。森の北川の向こう側の田畑が広がり、新吉原の建物が見えるほどだ。が、それが見えない。いくら進んでも果てが見えない。夜空を見上げると星も月もなく、紫色の雲が渦巻き、それが目玉のように見えてぞっとする。
「まるで広大な森に迷い込んだみたいね……」
「……どうやら妖術による『妖術結界』に閉じ込められたようじゃのう……」
結界とは、本来は密教や神道において、特殊なエネルギーを有した神秘的な空間のことで、寺社などの〈聖〉の領域と一般人の住む〈俗〉の領域をわける境のことだ。『妖術結界』とはその逆で、〈魔〉や〈妖〉を人の領域から分け、侵入させない空間のことである。
「黄蝶たちは出られないのですか!」
「いや、術者に結界を解かせるか、倒せば出られるはずじゃ……」
「とにかく様子をさぐるのです……」
黄蝶が足元になにかをぶつけた。草むらにある石だと思ったが、白くて軽い。よくみれば頭蓋骨だった。草むらには髑髏の他にも肋骨、大腿骨、背骨などさまざまな人骨や、馬や鹿、牛などの白骨が散乱していた。
「ぴえええええええ~~~~ん!!!」
「どうしたのだ、黄蝶? なにっ、髑髏じゃと!」
「なになに……ぎゃあぁぁぁ~~~マジヤバイッ!」
「うぬぅぅぅ……この結界の森に迷い込んだ者や動物の末路かのう?」
ちなみに、マジ・ヤバイは最近の若者言葉や業界用語だと思われがちだが、歴史は古く、江戸時代から使われている。
マジは真面目の略称として、江戸時代から芸人の楽屋言葉として使われた。
ヤバイは江戸時代の射的場『矢場』が、裏で賭け事など違法な商売をしていたため、役人に捕まる危険があった。それで香具師が「ヤバイ」と隠語として使ったという。
三人の女忍者はバラバラにはぐれて各個撃破されるのを恐れていたが、一網打尽になる可能性もあるので一丈(約3メートル)ほど離れた。
突然、「いひひひひひひひひ……」と、不気味な笑い声が木霊する。
「百目の通り魔ね……出てきなさい」
「いるのはわかっているのです!」
「ほほほ……威勢のいい妖怪退治人だとこと……」
暗い森のどこからか不気味な女の声が聞こえてきた。
「今まで妖気を押さえていたようじゃな……ところで、私達を狙っていた火縄銃の男から救ったのはお主であろう……何故助けたのじゃ?」
「……礼にはおよばぬ。美しく澄んだ瞳をもつ娘が火縄銃などという無粋な武器で傷つけられてはたまらぬからのう……人間の目玉……特に高い神気を持つ者はまたとない妖力の糧となるのだえ……」
「なるほど……私達の目を狙っているのか……」
「ぴええええっ~~! 黄蝶たちの目玉は美味しくないのです!」
「盗めるものならやってみな!」
紅羽が椚の枝の繁みに手裏剣を打つ。ガサリと揺れるが、手応えはない。
「……ここじゃ、ここじゃ……」
三人の背後から、赤い生地に緋鯉と黒鯉が描かれた着物の女が出現した。緋鯉のお吉であった。さきほどの小悪党の女といった感じから、凄まじい妖気が湧き出て別人のようだ。
「お前は女掏摸・緋鯉のお吉……お前が百目の通り魔だったのか……」
緋鯉のお吉の額に黒い筋が生じ、第三の眼が見開いた。
「ほほほほほ……わらわは百目媛……百目鬼一族の末裔なり……人に化けて、人の世に紛れて暮らしていたが、それももう終わりだえ……」
「わざわざ、名乗りをどうもね……私たちも名乗ってあげる」
三人娘は太刀、薙刀、円月輪をもって見得を切る。
「赤い炎の翼! 紅羽参上!」
背後に炎の中を飛ぶ赤い朱雀の幻像が生じる。
「……同じく、氷原の龍の牙! 竜胆推参じゃ」
背後に氷原に渦巻く白龍の幻像が浮かんだ。
「花園に舞う風! 黄蝶参上なのですぅ~~~~」
背後に花園に舞い飛ぶ五色の蝶の幻像が映る。
「「「天魔忍群くノ一衆参上!」」」
紅羽と黄蝶が自信満々で見栄をきった。しかし、竜胆は恥ずかしげに見得を解いた。
「ううぅ……やっぱり恥ずかしい……」
「そんな事いってぇ……竜胆ちゃんも内心ではノリノリみたいなのです」
「断じて違う!」
「……いとおかしき連中だえ……いひひひひひひ……」




