くノ一剣風陣
「面白い、受けて立とうじゃないか!」
「ふん、この俺に啖呵をきるとはいい度胸だ。よし、来な……」
かくて黒駒の仙八一家と松田半九郎、紅羽たちは浅草の表見世の裏手にある普請場へと移動した。そこはまだ建設前であり、積み上げた材木しかない。普請場の向こうは椚の森林になっている。人目を避けたい黒駒の仙八たちには都合がいいが、松田半九郎には益があるとは思えないはずだが……
「……ところで何でお前たちまでついてきた? 娘たちには危ないから人ごみにまぎれて逃げな……」
「いや、そもそも大事になったのはあたしのせいだしね。助太刀するよ」
「いいから、下がってな……邪魔だ」
「なによ、その態度。感じ悪~~~い!」
「悪くてけっこうだ」
仙八が自分を無視して話こんでいる紅羽と半九郎にカンシャクをおこした。傍らにべったりの緋鯉のお吉が「まあまあ……」となだめる。
「なにをべらべらとくっちゃべっている! お前たち、若造どもと遊んでやんな!」
「へい、親分……」
普請場の木材の陰から破落戸たちが九人も出てきて、半九郎と三人娘を包囲した。卑劣な黒駒の仙八は手下達をこっそり配置していていたのだ。
「あっ、大勢の伏兵がいるなんて卑怯なのです!」
「はんっ! 世間知らずな嬢ちゃんたちだ……騙される方が悪いのさ。お前たち、やってしまいな」
「なあに、最近の侍なんてお座敷剣法で話になりませんや……へへへへへ……」
「娘っ子どもは上玉だな……女郎屋で高く売れそうだ……ひひひひひ……」
ところで、やくざ者たちが支配階級の武士に高圧的になるのは不思議に思うかもしれない。が、江戸中期ともなると実質、武士より経済力のある商人の力が強くなったことがある。そして、太平の世が続き、武士は官僚化し、道場剣術を学んだ武士よりも、実際に喧嘩や殺し合いの抗争を繰り返したやくざ者の方が、戦闘力が高いという背景があった。
「娘たちは俺の後ろに下がってな。そして、隙を見て表に逃げるんだ……」
松田半九郎が黄蝶をかばうように前へ出て、刀を青眼に構えた。
「おっと、松田半九郎さん……私たちを見くびりすぎだよ」
「私たちもいささか腕に覚えがあるでのう……」
紅羽が刀を右八双に構え、竜胆が薙刀を左八双に構える。
「まずは、俺がいっちょもんでやるぜ……」
大柄なやくざ者が二丈の長さの木材を持ち上げ、松田半九郎に槍を構えるように突きつける。若侍は正眼に構えた。刀の行動範囲の外から叩きのめそうという肚だ。大男が木材を振り上げた――その目睫の間……
「うごっぐあああああっ!」
男の悲鳴がした。半九郎ではない、大柄なやくざの方だ。半九郎はいつの間にか大男の懐に移動していた。
「は……迅い(はや)!」
紅羽が目を見張る中、大男は腰をくの字に曲げ、顔をひしゃげて倒れた。そして、嘲笑して見ていた手近のやくざ者二人を電光の速さで峰打ちにする。それに遅れて木材が地面に転がる音がした。
やくざたちは何が起こったかわからず、棒立ちになっていたが、黒駒の仙八が子分達に「かかれっ!」と号令。将棋の駒のような顔の破落戸が紅羽に棍棒を叩きつける。が、紅羽が茜色の筒袖をひるがえして、後方に飛び退いた。
「女の子にそんなもの振り回しちゃいけないぞっ!」
そして、目にも止まらない抜刀術で棍棒を両断し、絶句する五角形顔の頭頂を刀の峰で叩きつけ昏倒させた。さらに横手から坊主頭の破落戸が道中脇差をふりかぶって紅羽に斬りかかる。が、武器を落とし、右手を押さえてしゃがみこんだ。紅羽が瞬転の技で小柄を手首に投擲したのだ。
どよめく破落戸たちのなかで兄貴分の髭面のやくざが懐の匕首を抜いて腰だめにし、紅羽の腹にむかって突進した。喧嘩慣れしていて、迷いのない攻撃である。
「そうはさせぬっ!」
髭面男がもんどりうって地面に転んだ。右横から巫女姿の紅羽がしゃがみこみ、薙刀の長柄で足をはらったのだ。返す長柄を垂直に回転させ、石突で脾腹をついて喪神させた。
「くっ……若侍と薙刀巫女は凄腕だ……あの黄八丈を着た小娘を人質にとるんだ」
仙八が傍らの二人の破落戸に耳打ちをする。
「さすが、黒駒の仙八親分……あくどい事にかけちゃ冴えてるね!」
「あたぼうよ、お吉……でへへへへへへ……」
お吉が肌をすりよせ、仙八は鼻の下をのばす。一方、大立ち回りの外で三人を見学していた黄蝶の背後に二人のやくざ者が忍び足で近寄る。そして、目配せで左右から一斉に取り押さえんと飛び出た。
「ぎゃひぃいいいい!」
「あがたっああああっ!」
が、黄蝶の姿は朧にかすみ、男二人は互いの頭を思いきりぶつけて倒れ込む。その上に黄蝶が忽然と出現した。
「私を人質にしようなんて十年早いのです!」
「やるじゃないか、黄蝶!」
胸をはる黄蝶に紅羽と竜胆が駈け寄って褒め称える。が、彼女達を森林の繁みの陰から狙う火縄銃の男に気がついていなかった――




