さらば引又村
封印が成功すると、大地の四瑞封魔陣から、光り輝く魂が次々と浮かび上がり、彷徨い、元の持ち主めがけて飛び去っていった。
その一つが瀬兵衛の座棺に飛んで行った。
「兄さぁぁぁ!!」
お小夜の前に半透明の若者が現れた。
水虎に殺された瀬兵衛だ。お小夜がとりすがるが、空しく霊体をすりぬける。
言葉も交わせないが、お小夜は瀬兵衛の姿をふたたび見られて感動の涙を流した。
それを秋芳尼たちが見守る。
「……約束通り、瀬兵衛さんの通夜をとり行いましょう」
「はい、ありがとうごぜえます……秋芳尼様……妖霊退治人のみなさま……」
「おっ、すっかり殊勝になったな、お小夜……とんだお転婆娘だったのに……」
「兄さの前でからかわねえでくんろ!!」
お小夜は真っ赤になって紅羽をにらみ、微笑んだ。松田半九郎を見て、
「そうそう、お武家さま……○○を蹴ってしまって申しわけ……」
松田半九郎が稲妻のはやさでお小夜の口を塞いだ。
「お小夜坊……その話は、もうするな……忘れてくれ」
「むぐぅぅ~~~!!」
「松田の旦那ぁ……絵面がまずいって……」
一方、河川敷で水虎軍団の河童と戦っていた禰々子河童たちは、緑毛河童が急に動きを止め、枝と藁の傀儡人形に変じたのを目の当たりにした。
「おお……妖霊退治人のみなさん方が、水虎を倒したようだね」
水虎軍団との戦いの最中、橋の方で生きていた水虎と戦う紅羽たちの戦いを見たが、眼前の大軍勢の敵との争闘で駆けつけることができなかったのだ。
「やったケロ……秋芳尼さまたちが、おっとう達の仇の水虎を倒してくれたケロ!!」
河童の三吉が歓喜の涙をこぼした。
三吉と禰々子河童たちが駆けつけ、勝利を喜んだ。
「よぉし、勝利の祝いに河童踊りをしようじゃないか!!」
「ほへ? 河童踊りって、何ですか?」
「狐の国で狐踊りが流行っているっていうからね、対抗して河童踊りをつくったんでケロ」
「おいおい……対抗するなよ……」
〽カッパカパカパッ、パパンノパン……ア~~パッカパカパ、パンパカパ~~ン……
河童たちが踊り出すと、なんだか楽しくなって、三女忍もそれに混じって踊り出した。
田畑河川のカエルの合唱に負けじと、河童踊りが朗らかに響きわたる。
※ ※ ※
激闘が終わり、妖霊退治人たちはお小夜の家に一泊して休養した。
翌朝、お小夜とその両親に見送られ、五人は三上屋七郎右衛門に水虎退治が首尾よくいったと報告した。
「橋跡のたもとに水虎を封印しました……水虎塚として祀り、封印が解かれないようにお願いします」
「はい、ありがとうございます、秋芳尼様……これで引又村は救われました!」
「橋が壊されてしまいましたが……」
「いえ、橋は壊れても治せます。人の犠牲がなくて何よりです」
「そういって頂けると安堵します……」
辰刻半(午前九時)ごろ、秋芳尼たちは引又河岸へと向かった。
三上屋七郎右衛門の好意で、江戸へ出る荷船に乗せてもらう事になった。
陽がのぼっていくと、だんだんと蒸し暑くなってきて、川風が心地良い。
船着場で船を捜していると、引又河岸の奥のほうで、人だかりがあった。
水死人が見つかって、代官所の役人が来て検分をし終えたようだ。
人だかりの間に筵をかぶった遺体が見えた。
「あれってもしかして、お咲の……」
「痛ましいのう……」
みんなで合掌してお経を唱えた。
「はん! あたしはまだ成仏してないよ!!」
「ぴえええっ!? でたぁぁぁ!!」
豹変した秋芳尼に竜胆が近づき、榊をもった。
「秋芳尼さま、さっそく悪霊祓いの術でお咲を体内から落としましょう」
「そうはさせないよ!!」
にこやかな表情が女夜叉のように苛烈になった。
「この肉体はあたしのもの……と、いいたいが……」
秋芳尼に憑依したお咲は急にげんなりした。
そして、比丘尼の肉体から半透明の幽体が抜け出た。
「えっ……あっさりと出て来た?」
諦観した表情のお咲の幽霊は、
(あ~~あ……あたしも怨霊の力を使いきっちまったら、どうでもよくなったよ……あの世とやらにでも行こうかねえ……)
「いったいどうしちまったんだ、お咲の奴?」
「う~~む……恨みを晴らしてしまい、力を使い切ったので、未練がなくなったのではないか?」
秋芳尼がお咲を見上げ、
「お咲さん……今度生まれ変わるときは、きっと幸せにね……」
(どうだか……人間に生まれ変われたとしても、あたしはあたしだよ……)
お咲の幽霊は光の粒子となって天に舞いあがっていった。
「お咲殿……思えば若い身空で……はかない人生だったでござるなあ……」
三上屋の持ち船である八十石船には、材木・穀物・燃料・醤油などが積まれ、江戸へ下って運ばれるのだ。
秋芳尼一行は、三上屋七郎右衛門、お小夜、その両親、武蔵屋の若旦那・喬太郎と手代頭の又蔵に見送られ、船から手を振った。
秋芳尼は忍者七つ道具の入った袋から、浅茅手製の船酔い留め薬を飲んだが、容体がすぐれないようだ。
「大丈夫ですか、秋芳尼さま……」
「ふう……船の揺れにはなかなか慣れません……」
流れる水面を見ると、三吉と禰々子河童ら河童たちが見えた。
「ありがとうだケロ……みなさんのお陰でおっとうの仇が討てたケロ」
「よかったな、三吉……もう悪さするなよ」
「わかったケロ」
「元気でいるのですよ!」
河童たちにも手を振り、別れをつげた。かくて秋芳尼一行は引又宿から去っていった。
天摩忍群くノ一衆の妖怪退治人たちは、次はまたどんな事件に巡り合うのか……それはまた、次回の講釈で……




