橋上の戦い
「安心しておくんなさい……わっち達は味方だよ」
「味方だって!?」
女侠客の横にきた股旅者が三度笠をあげると、クチバシに頭に皿がある河童の顔していた。
「三吉、無事か!!」
「甲兵衛どんに、胡作どん!!」
「三吉……この河童さんたちは?」
「甲兵衛どんと胡作どんは柳瀬川の河童でケロ……今までどこに行ってたでケロ!!」
「水虎に柳瀬川の縄張りを奪われ、支配されるのはシャクだから、胡作どんと利根川の親分のところに助けを求めに行っていたんでケロ!」
「頼もしい助っ人を呼んで来たでケロ」
「すると……」
紅羽たちには思い当たる節があった。
「そう……わっちが利根川を根城に、関東の河童一族をたばねる河童一族の元締め……禰々子河童だよ。武蔵中の強い助っ人と集めてきたのさ!!」
「おお……阿茶狐のいっていた、あの……」
「あっしは小畔川の小次郎!」
「伊草の袈裟坊ですわい!」
「それがしは小沼のかじ坊!」
助っ人の河童たちが合羽をひるがえし、次々と名乗りをあげていく。
「余所者の河童に武蔵の土は踏ませないよ!! お前達、出入りだ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
禰々子河童たちは水虎軍団の緑毛河童に戦いを挑んでいった。
小畔川の小次郎が肩膝をつき、左の手の平を上にすると、水が溜まり、円盤状になった。
それを右手ではさみ込むように押さえ、右手を前に振った。
「河童妖術・水手裏剣!!」
円盤状の手裏剣が高速回転し、楕円を描いて緑毛河童たちを切り裂いていった。
伊草の袈裟坊と小沼のかじ坊がクチバシを開くと青い水流が噴出した。
「河童妖術・怒涛水鉄砲!!」
圧縮された水流が吸血河童の群れにあたり、どてっぱらを貫き、後方の敵も巻きこんでなぎ倒していった。
「おおっ……水虎の手下たちを倒していく……」
「しかし妙じゃ……この水虎の残党も傀儡人形じゃぞ……」
「他にも術者がいたのか?」
禰々子河童が紅羽たちを見て、
「……あんた方が妖霊退治人の皆様方で?」
「ああ……あたしは紅羽だ」
お互いに簡単に自己紹介をした。
「三吉を助けてくれて……水虎を倒してくれてありがとうでござんす……出遅れちまったの悔しいが、あまりにも見事な技を見て感心いたし、思わず見とれてしまいやした……水虎の手下どもはわっち達に任せておくんなさい」
「助かる……あたし達は人質にされた大事な人を取り戻しに、須佐美って悪党を追わなきゃならないんだ」
「さっきの、走って行った男は敵なんで?」
「ああ……人間の世界もいろいろフクザツなんだ」
「ははあ……さいで……行ってらっしゃいまし!」
河童軍団の争闘をあとに、紅羽たちは刺客を追いかけた。
一方、ここは六角形の八畳敷きほどもある部屋。
男が玻璃灯籠を持って走るが、中はまったく揺れていない。
これも妖術の効果であろうか。
ギヤマン牢に閉じ込められた秋芳尼は、なんとか玻璃灯籠の封印から外で出られないか、解呪の法術をいろいろと試してみた。
「……この解呪法術もだめですか……」
「秋芳尼さま……あたし達はもう、お外へ出られないんだべか……」
かたわらに座るお小夜が涙ぐんでいる。
気の強い少女も身体を縮小されて閉じ込められ、信じられない事の連続ですっかり気弱になっていた。
そのとき、比丘尼の頭の中で声が響いてきた。
(ひひひひひひひ……妖霊退治人だかなんだかが知らないが、さしもの秋芳尼も八方塞がりのようだねえ……)
「あなたはお咲さん!!」
(あたしが力を貸せば……ここから出られるかもしれないよ)
「えっ!?」
急に妙な声色で一人事を話しだした秋芳尼に、お小夜が驚いてキョトンとした表情となる。
ギヤマン牢を奪った須佐美源蔵が引又村の堤の道を走り、水子村へと続く橋板を駆ける。
「ふっ……引又村に来る時は六人だったが……また、わしだけ生き残ったか……」
「待てっ!!」
「ちっ……しつこい奴らめ……」
――このまま玻璃灯籠を川に捨ててしまえば、殺したも同然か……いや、奴らの事だ……きっと、川から探しだして、法術で元に戻すかもしれねえ……知り合いの千獄坊に頼んで灯籠から出し、改めて始末したほうがいいか……
と、思案しながら走る須佐美。
闇の始末屋としての矜持にかけて、半端な仕事は許せない。
だが、さきほど水虎に蹴られたとき肋骨の二、三本が折れたようでずきずきと痛む。
突然、橋の前で水飛沫の音がした。
柳瀬川の水面に飛沫があがり、数十匹の吸血河童たちが飛び出してきて立ち塞がった。
「ええい、邪魔だ!!」
須佐美源蔵は右手だけで刀を抜いて前方に振った。
真空斬りの鎌鼬が緑魔たちを真横に両断して、枝と藁に変えて道をつくった。
その間に須佐美は橋を駆け抜ける。
紅羽たちが追いすがるが、川から上がった緑魔の援軍が十重二十重に立ちふさがる。
「こいつら……邪魔をするな!!」
「ギィ……ギャアアアッ!!」
吸血河童と武器で争うことになり、ますます刺客との距離が離れる。
「このままじゃ見失っちゃうよ!!」
「ここは俺達がなんとかする……追いかけろ、紅羽!」
松田半九郎が襲いかかる吸血河童を右に左に斬り伏せて行った。
「頼むのじゃ、紅羽!」
「秋芳尼さまとお小夜ちゃんを助けてなのです!!」
「わかった!!」
薙刀が水車のように回転して緑魔を切り裂き、ふたつの円月輪が閃いて水棲妖怪を枝と藁に変えてゆく。
「ヒヒヒ~~ン!!」
そこへ瓦偶馬が駆けてきた。
秋芳尼が草庵で水虎を待ち伏せするのに目立つので、瀬兵衛とお小夜の家に預けていたのが、水虎軍団の騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだ。
紅羽が土製馬人形の鞍にまたがって、手綱をひく。
「ちょうどいい……秋芳尼さまの危機だ……頼むぞ、瓦偶馬!!!」
「ヒヒン!!!」
瓦偶馬が緑毛河童どもを蹴散らし、猛然とした勢いで橋板を駆け、須佐美源蔵に追いついた。
「ちっ、しつこい奴だ……」
紅羽が瓦偶馬の蔵から飛び降りざま、紅凰を上段から闇の始末屋に叩きつけた。
刺客は下段から村正を跳ね上げて迎撃し、火花が散って交差する。
向こう側の橋板に降りた紅羽と須佐美が互いに振り返ってにらみあう。
「その灯籠をこっちに渡してもらうぞ!!」
「いやなこった」
「あれだけいた刺客どもも、もうお前しかいない……観念しろ!」
「さっきも言ったろう……わしは悪運だけは強いんでね!」
闇の始末屋は左手の灯籠を紅羽に投げた。
闇夜に照らす月光が玻璃灯籠を反射し、放物線をえがいて宙を飛ぶ。
「わわっ!? 秋芳尼さま!!」
紅羽が素早く納刀し、放物線を描いてこちらに飛ぶ玻璃灯籠を両手で捕まえた。
その間に走り寄った須佐美が横薙ぎに紅羽の胴へ斬りかかった。
紅羽は身をひねり、橋板を転げまわって村正の斬撃を避ける。
「覚悟しろ!!」
冷酷無比の表情をした須佐美源蔵が欄干に追い詰められた紅羽の横になった胴体目がけて凶刃を振るった。
ガシッと音がして刃が欄干の手すりに食い込んだ。
紅羽は瞬転の技で起き上がり、横に飛んだのである。
須佐美は右目が損傷し、まだ立体感がいまいちつかめなかった。
「くそっ……刀が……」
手すりに食い込んだ村正を引き抜こうと焦る殺し屋。
その間に紅羽は玻璃灯籠を橋板におき、比翼剣を抜いて須佐美源蔵の背中に斬りかかった。
カキィィィン!!
美しい音がして火花が散った。
須佐美が振り返り、欄干から引き抜いた村正で紅羽の右手の紅凰を受けたのである。
紅羽の左手の赤鳳が横薙ぎに須佐美源蔵の胴体におくられた。
が、刀をずらして二撃目も受け止められた。
刺客の右足が紅羽の足を薙ぎ払おうとしたが、それを察した紅羽が後ろに飛び退いて回避した。
「なんて奴だ……須佐美源蔵……歪んだ心が無ければ、ひとかどの剣士として名を馳せただろうに……」
「抜かせ……わしはぬるま湯のごとき道場試合なんぞ、糞喰らえだ!! 人斬り稼業こそが天職よ!!!」
「とことん歪んだ奴だ!!」
最後の決め手の一撃を繰り出そうとしたとき、橋が揺れた。
「なんだっ!?」
欄干から流路を見ると、川面から激流が噴水のように巻き上がり、数条の液体が生き物のようにうねくり回り、一つに集合していった。
液体の集積物は四肢を持つ生き物……濃緑色の鱗と亀甲をもつ水虎へと変化した。
「ガオオオオオン!!」
「お前は水虎……生きていたのか!?」




