敵か味方か女渡世人
痛みのあまり、悲痛な叫びをあげる水虎。
その身体は震え、全身が透き通り、液体となって崩れた。
それを機に、増水していた川の水が、岸辺から潮が引くように川に戻ってく。
「妖怪が水になったでござる……水虎を倒したのか?」
「よもや……眼が弱点だったとはのう……」
「くわははは……見かけ倒しめ……」
「お前は須佐美源蔵……生きていたのか!!」
「おう……わしはしぶといぜ!!」
哄笑する巨漢の刺客。
冠水が引いて、河川敷に残った水たまりに小魚がぴちぴちと跳ねていた。
水虎の右手も液状化し、縮小人間となった秋芳尼とお小夜、瀬兵衛の棺桶が入った玻璃灯籠が水面に落下した。
「秋芳尼さま!!」
黄蝶と竜胆が氷筏から飛び降り、膝下にまで引いた水面を走って、玻璃灯籠を捕獲にむかった。
が、大きな手が玻璃灯籠をつかんで眼の前に持っていき、縮小された秋芳尼を凝視した。
「ほう……まるで御伽噺の一寸法師だな……」
両手で玻璃灯籠を割ろうと抑え込むが、いくら力を込めても割れない。
「妖術で割れぬようになっているか……厄介な……」
「灯籠をこっちに渡すのじゃ、須佐美源蔵!!」
「秋芳尼さまを返すのです!!」
竜胆、黄蝶が武器を構えて包囲する。
「あいにくだが……これも商売でね……」
須佐美源蔵が左手で玻璃灯籠をもち、右手で刀を構える。
須佐美の背後から声がした。
「待てっ!!」
「その灯籠を渡すでござる!!」
気絶した紅羽をおぶってこちらに戻ってきた松田半九郎と三吉であった。
「無事だったか、紅羽!!」
「ああ……旦那と三吉のお陰でね」
紅羽が松田の背から飛び降り、紅凰を閃かせた。
須佐美源蔵の前に紅羽、松田同心、三吉が、後方に竜胆と黄蝶が囲い込む。
「貴様の悪行も、年貢の納めどきでござる!!」
「多勢に無勢だ……降参しな、刺客の大将」
刺客団の残党はぐるりと一同を見廻し、不敵な笑みを浮かべた。
「おっと……わしの相手をしている場合かな?」
「なんだって!?」
「ギイ……キィキャアァァァッ!!」
いつの間にか、泥にまみれた緑毛河童たちの群れがこちらにやって来る。
「ぴえええええ!!」
柳瀬川から水虎の援軍に駆けつけた緑毛河童の群れが到着したのである。
両眼は赤く燃え盛り、鉤爪と牙を光らせ水虎の復讐を開始した。
「こいつら……」
「何故じゃ……水虎が死んだら、傀儡人形に戻るはずじゃぞ!!」
「人形じゃない手下じゃないか?」
「それもあるか……」
紅羽たちが交戦している間、須佐美源蔵は玻璃灯籠をかかえて、泥濘と化した河川敷を、背より高い葦の葉をかき分け、西に向かって逃走した。
「あっ……待て!!」
「くわははは……わしは悪運だけは強いのだ!」
須佐美を追おうとした紅羽たちの前に緑毛河童たちが立ち塞がり、鉤爪と牙を光らせ襲いかかってきた。
「くそっ、邪魔だ! 忍法・鬼火矢!!!」
火炎の弓矢が炸裂し、緑魔の群れを灰塵と化した。
ふと、土手の方を見ると、怪しい気配が複数あるのに気がついた。
「あっ……誰かいるのです」
堤防の上に、三度笠をかぶり、合羽をまとい、振り分け荷物を肩に背負った股旅姿の集団が三十数名いた。
「なんだ、お前達は……ここは危ないぞ!」
「いや待て……こんな深夜に旅人が徒党を組むとは妙じゃ……新手の刺客かもしれぬぞ!?」
「なにっ!?」
「前門の虎、後門の狼か……今日は厄日でござる!」
ためらう紅羽たちをよそに、緑毛河童の群れが襲いかかってきて応戦した。
突然、真ん中にいた大柄な旅烏が土手を駆けおりた。
股旅者めがけて緑毛河童の一匹が鉤爪を光らせて襲いかかった。
「キィィキャアァ!!」
股旅は腰の長脇差を抜き打ち、すれ違いざまに吸血河童を袈裟掛けに切り裂いた。
両断された死骸が、木の枝と藁屑になって舞い散る。
「おっと……雉も鳴かずば斬られまいに……」
「あんたは一体……」
「わっちでござんすか?」
大深笠を前にくいと上げると、日に焼けた、不敵な面構えの、三十代前後の女侠客の白い歯が月光にきらめいた。
「渡世人か?」
「待て、紅羽……そやつ……ただならぬ気配を……妖気を発しているのじゃ」
「むっ……確かに……」
紅羽が太刀を、竜胆が薙刀をもって身構えた。
女渡世人は長脇差を納め、右手を前にだして振った。
「おっと、お若いの……お待ちなせえやし……まァ、太刀を納めなさせえまし……わっちの言う事を聞いてくだせえ」
「えっ!?」




