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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十四話 襲来!暗闇の緑魔
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怪異血染め川

 残った三人の刺客も一同に集まり、襲ってくる妖怪を叩き切っているが、数に押される上に足場が水で身動きが悪く、閉口していた。


「須佐美の旦那……ここはいったい引き揚げましょう……」


「そうそう……多勢に無勢だ……俺は河童なんぞに殺されるなんてまっぴらだ!」


「むう……しかたあるまい……」


 土手道へと退散し始めた刺客たちの行く手の水面に、樽のように大きな空洞が二つあるのが見えた。


「なんだありゃ……渦巻うずまきか?」


 水が渦を巻いているのでもなく、見えない巨人の足首がそこにつかかっているかのようだ。


 よく見れば二つの空洞の上に、月光で朧気おぼろげに反射する巨大な物の怪の姿が透かし見えた。


「なっ……なんだありゃ!?」


「ガオオオオッ!!」


 腹の底から恐怖をおぼえるような猛獣の咆哮。


 凄まじい妖気が発せられ、刺客たちの肌が粟立ち、背筋が凍り、胃の腑がひっくり返って吐き気が込み上げる。


「げえええ……吐きそうだ……」


「これは殺気……いや、妖気か!?」


「くそぉぉ……妖怪風情がわしを舐めるなっ!!」


 須佐美源蔵は納刀して、両足を四股のように踏ん張った。


 村正が鞘走さやばしり、電光石火の早技で薙いだ。


 猛気術で凝縮された三日月型の気魄きはくが、姿なき怪物のドテッパラめがけて飛び、夜景が陽炎かげろうのように歪む。


 魔剣・天逆毎ほどではないが、妖刀・村正は猛気術による秘剣を繰り出すことができる力があった。


 真空の刃が怪物の胴体に命中。


 が、夜空に金属音が響き、真空斬りの気魄がはじけ飛んだ。


「なにいぃ!? わしの真空斬りが……」


 驚愕する須佐美源蔵の前で、水面の空洞がひとつ消え、見えない巨大な足が彼を蹴り上げた。


「ぐふぅぅぅ!?」


 嫌な音が聞こえ、刺客頭は遠くへ飛ばされ、水飛沫をあげて流水に落下。


「旦那ぁぁぁ!?」


 まさか……あの武芸も力も強いうえに猛気術なる神通力のような秘剣も使える須佐美源蔵が、こうもあっけなくやられてしまうとは……垣内小弥太たちは眼前のことが信じられなかった。


 井坂伝兵衛が突然、腹を何かにつかまれ、爪でえぐられるような痛みを感じた。


 そして身体が空中に浮かびあがる。


「ぐわあぁぁっ!? いったいなんだこれは!?」


 伝兵衛が首筋に痛みを感じると、首の肉が爆ぜ割れ、血が宙に消えていき、闇の始末屋は干からびた屍体となり、果ては大地に捨てられた。


「ひいいいいいい!!」


 それを見た垣内小弥太が驚愕で眼をひんむき、原始的な恐怖に震え、背中を向けて逃げ出した。


「まずい……ここにいては……俺も殺されちまう!!」


 御家人崩れは刀を放置したまま、背中を向けて逃げ出した。


 吸血巨人は小弥太に眼もくれず、氷筏で移動する秋芳尼めがけて追いかけていった。




 恥も外聞もかなぐり捨て逃げ出した垣内小弥太はいささか正気づいてきた。


 気が付くと足元が膝まで水につかっている。


 月が雲に隠れて現在位置がわかりづらい。


「ここは一体……」


 耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえる。


 柳瀬川近くまで来ていたのだ。


 ふと、右側に人影が見えた……村の女であろうか、こちらも膝まで水に浸かっている。


「おおい……ここはどこだ? 引又村か?」


 人影は答えない。じっと見つめていると、やけに細くて小柄な影法師だ。


 その時、雲が流れ去り、月が顔を出した。


 月明りが人影を照らす。


 その姿は赤い二布ふたぬのを着崩したやけに色っぽい女だ。


 なぜか見覚えのある後姿に、嫌な予感がしてきた。


 女をよく見ると、髪は結わずに洗い髪のままで、顔にべったり張り付いている。


 風に揺れて横顔が垣間見られた。


「お、お前は……まさか……」


 小弥太が生唾を呑んで凝視した。


 やけに輪郭がぶれる。


「お咲ぃぃ……生きていたのか!?」


 随喜ずいきの声をあげて小弥太が駆け寄ろうとした……が、立ち止まる。


「いや……お咲のはずがねえ……お咲は……お咲は……」


 小弥太が眼を見開き、引きつった唇をさらにひんまげ、がたがたと体が震えだす。


 お咲は彼に斬られ、柳瀬川へ流され、女巻目おおうずに呑まれて消えたはず……


「そうさ…あんたに殺されたのさ!!」


 蒼白い美貌の血の気が失せ、長い髪が逆立った。


 周囲に鬼火が飛び交う。


「ぎゃあああああっ!!」


 小弥太の足に何かが絡みついた。


 骨ばった人の手だ。


「小弥太ぁぁ……よくも金を脅し取り、手前をどん底に落としたなあ……」


 青白い顔の男は本所深川の堀川町で両替商をしている淀屋仙之助だ。


 板橋の乾物問屋の主人・恵比寿屋孫兵衛、手代の梅吉もいる。


 小弥太は腰の脇差を引き抜いた。


「くそっ……亡者どもめ……俺から離れろ!!」


 小弥太がめったやたらに脇差を振り回し、仙之助や孫兵衛、梅吉を切り回す。


 だが、小刀は彼らをすり抜けて空振りするばかりだ。


「くそっ……くそっ……お前らまで恨みで彷徨さまよいでたか……このっ……このっ……往生おうじょうしやがれっ!!」


「ひひひひひひひひ……」


 霊的れいてきを斬ってもらちがあかず、その場を逃れる垣内小弥太。


 水飛沫をあげてバシャバシャと土手に向かって走った。


「どこ行くんだい、弥太さん!」


 遠くへ離れたはずだが、眼前にお咲がいた。


「ひいいいっ!! お咲ぃぃぃ……」


 脇差を振り回すが、お咲の身体が幻のように透けて手応えがない。


「ぎゃああああっ!?」


 小弥太は反対側へと逃れた。


 足に何かが絡みつく。


 月明かりを透かして見ると、長い髪のようなものが両足を縛っている。


 いや、髪ではない、川底に生えるだ。


 殺人藻の大群が生き物のように伸びて小弥太の全身に絡みつく。


 そして、川の中へと引きずり込んでいった。


「た……助けてくれぇぇ!!」


「往生際が悪いよ……小弥太ぁぁ!!」


 黒い藻の大群の一部が盛り上がり、人型になった。


 その上部が白い肌に……美貌の女に変化していく。


 渋皮のむけたいい女……深川芸者でも一、二を争ったあでやかな美女が、幽鬼のごとき凄惨せいさん亡魂ぼうこんとなって追いかけてきたのだ。


「お咲ぃぃ……頼む……後生だ……勘忍してくれ……俺が悪かった……」


「……よくも……よくも、あたしを殺したねぇぇ……」


「ひいいいい……許してくれぇぇ……」


「あたしは……まだまだこの世でやりたい事があった……それなのに……それなのに……小弥太ぁぁぁ」


 無念の形相を浮かべるお咲の顔は鬼女のごとく怨恨うらみ呪詛のろいに満ち充ちていた。


 その恐ろしさ、凄まじさ……小弥太の眼はかっと見開き、焦点を失い、口からはやだれが絶え間なく流れ落ちてくる。


「……ひ……ひひひひひ……お咲だ……お咲が迎えにきたぁぁぁ……」


 藻の髪をもつ女が小弥太に近づき、眼が青く光り、赤い血だらけの口を開けた。


 凄まじい形相に小弥太は震えあがった。


 長い藻が小弥太の全身に絡みつき、ぎゅっと抱きしめた。


 肉体が悲鳴をあげ、全身の骨が折れていった。


 そして、柳瀬川に沈み込んでいく。


「ぐあぁぁぁ……おぉぉぉ……」


 化物藻に絡まれた小弥太の全身はずぶずぶと河床かわしょうに沈みゆき、息が泡となって水面に立ち上り、やがて消えた。


 男の身体は漆黒の闇よりくら水底みなそこへと消えていった……




 翌日……新河岸川で女の遺体が見つかったが、男の屍体は永久に見つからなかった――


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