表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十四話 襲来!暗闇の緑魔
419/429

悪鬼の手から救い出せ!

 焼津の鎌太郎が草庵の壁にしかれた茅やワラを指でわけて中をのぞいた。


 座棺の前に黒い僧衣に白い尼頭巾の美女が秋芳尼だろう。


 横に奇妙な二つ髪の少女が化物蝶を呼び出す妖術を使う黄蝶、もうひとり地元の少女がいるが誰か分からない。


 鎌太郎が懐から短筒を抜き、素早く火打石で火縄に着火する。


 この男も抜荷船から私用に着服していた。


 茅葺の壁に銃口を突っ込み、別の隙間孔から秋芳尼に狙いをつけた。


 そうとも知らない秋芳尼は魚籠の中に隠れて震えている河童の三吉に、


「三吉さん……聞きたい事があります」


「ぶるぶる……なんでケロ……」


「水虎が根城にしている場所はわかりますか?」


「水虎は……柳瀬川の上流にある三日月沼にいるだよ……でも、たくさんの手下がいて近づけねえだよぉ……」


「三日月沼ですね……」


 河童が眉をしかめて鼻をひくひくと動かした。


「ん? ……嫌な匂いがするケロ……」


 黄蝶も遅まきながら隙間風にふくまれる火の気を感じとる。


「これは……火薬の匂いなのです!」


「えええええええっ!?」


 皆が辺りを見回したとき、焼津の鎌太郎が引き金をひき、弾丸が秋芳尼の左胸めがけて発射された。


 哀れ……美しき比丘尼は血の花を咲かせてこの地で散るのか!? 


 秋芳尼の前に黄蝶が立ちふさがった。


「天摩流幻術・楯羽蝶たてはちょう!!」


 幻術でつくった巨大ルリタテハ蝶は半畳ほどの大きさであったが、その分二倍の厚さがあり、灼熱の弾丸を食い止めた。


 ルリタテハの姿がぼやけ、灼熱の弾丸がポトリと地面に落ち、安心した少女忍者が倒れこみ、尼僧が抱き留める。


「黄蝶! 大丈夫ですか!!」


「平気なのです……ちょっと……力が出ないのですぅ……」


「朝に習得したばかりの上級幻術を四度も使ってしまったのです……丹田内の神気が枯渇してしまったのでしょう……」


 秋芳尼は黄蝶を仰向けにし、両手から再び癒しの緑光をあびせた。


 凶弾を外した焼津の鎌太郎が、長脇差をもって草庵に殴りこんだ。


「くそ……妖術小娘が、また邪魔しやがって……今度こそカタぁつけてやるっ!!」


 秋芳尼がキッとにらみつけ、


「これ以上の狼藉は許しませんよ!」


「うるせえ……あいにくあっしは仏罰なんぞ怖くわねえぞ!!」


 ガンッ!!   


 破落戸ごろつきの顔面に、飛んできた木切れがぶつかった。


「あいたぁぁ!!」


「ここから出ていけ! 盗人ぬすっと!!」

「お小夜さん!」


 気の強い娘が草庵造りで余った木片を無宿人に投げつけたのだ。


「てめえか、じゃじゃ馬……木切れを投げやがったのは!!」


「追剥め……ここには兄さの棺桶しかねえ……とっとと出て行け!!」


 お小夜が人差し指で右目の下を広げ、舌を出し、木片や石ころを次々と投げた。


 それを避けながら鎌太郎が前に進む。


 その顔に手桶がぶつかって中の吐瀉物としゃぶつが上半身にかかる。


 そしてすねのあたりを何が黒い影がこすった。


「なんだこりゃ……酸っぺえ匂いがする……何かけやがった、このガキャアャァァ!!!」


「へ~~んだ!!」


 あかんべえをするお小夜に、長脇差を振るおうとした鎌太郎の尾骶骨びていこつの辺りに何かが触れた。


 河童の三吉が右手を触れ、腰の辺りが光り出した。


「尻子玉(しりこだまいただきでケロ!」


「あっ……あへあへあへぇぇ……」


 殺気に溢れていた凶状持ちは、生気を失ったようにへなへなと崩れ落ちた。


 三吉の右手にくりの実ほどの大きさの光り輝く玉が見えた。


「三吉さん……それが尻子玉ですか?」


 尻子玉とは、人間の肛門の中にあるといわれた臓器で、これを抜かれた人間は腑抜ふぬけになるという。


「んだ……尾骶骨から人間の生気を集めて玉にしたでケロ」


「それが尻子玉の正体だったのですね……黄蝶も、お小夜さんも、三吉さんも、怖いのによくやってくれました」


「水虎ならともかく、人間の悪党なんぞの河童でケロ」


「おらだって、追剥なん怖くないだ!」


「みんなの協力あってなのですよ!!」


「紅羽さんたちがほかの追剥をやっつけたか、見て来るだよ!」


 お小夜が草庵の入り口を飛び出すが、ちょうど月が流れ雲で陰り、四辺あたりが闇夜に包まれた。


 突然、鉄のような腕がお小夜の腰をつかんだ。


「きゃあああああっ!?」


 闇夜の男は外で戦い終えた紅羽と竜胆の前に姿をさらした。


「待てよ、お前達……これを見ろい!!」


「お前は悪弥太……いつの間に!!」


 御家人崩れは左手をお小夜の腰に巻きつけ、右手の刀を首筋に当てていた。


「この娘が誰かは知らねえが、俺の言う事を訊かねえと素っ首を叩き斬るぞ!!」


「くそ……人質とは卑怯なのじゃ!!」


「うるせえ……妖霊退治人てのは薄気味が悪いからな……頭を使わせてもらうぜ……武器を地面に捨てな!!」


「でかしたぞ、小弥太!!」 


 松田同心と交戦中の須佐美がニヤリとして、二人は距離をとった。 


「おっと……手を出すなよ……松田半四郎……わしらと違って、綺麗ごとをいう貴様らには効果覿面こうかてきめんな策だろう」


「ぐっ……とことん卑劣な奴らめ……」


「さあ、言う事を訊きやがれ、天摩の妖霊退治人ども!!」


 須佐美源蔵が紅羽達に吼える。


「くそぉぉ……お小夜ちゃんを人質にとるなんて……」


 この言葉に小弥太がぎくりとした。


「なっ……この小娘はお咲というのか!?」


「違うだ、おさきじゃねえ……お小夜だ!!」


「くそっ……なんでよりによって……まぎらわしい名前しやがって……」


「うるせえ、悪党!! ……お小夜って名前は兄さがつけてくれた名前だ!」


 お小夜が棺桶の方に視線を向け、小弥太はまたもぎくりとする。


「あれが……兄貴か……」


「そうだ……水虎って妖怪に殺されちまったんだ……おらの家は貧乏だったけんども、兄さは馬追いの仕事で引又から江戸まで駈けずり廻り、おらに着物やかんざしなんかの江戸土産を買ってくれただ……懐剣だって、おらが可愛いから護身用に買ってくれただ……」


 思わず涙ぐむが、きっとこうべを上げて小弥太をにらむ。


「うっ……ううぅぅぅ……」


 お小夜はお咲のように垢抜けた美人などではない田舎臭い娘だ。


 だが、名前が似ているだけじゃない……その気の強さはお咲に似たところがある。


 お咲も小弥太に逢う前の貧農時代はこんな感じの娘だったのではないか……そう思うと心が乱れる。


 わずかに残った良心の呵責かしゃくがチクチクと責めたてる。


 思わず手が少しゆるみ、その隙にお小夜が悪弥太の左腕に、思いきり歯を立てて噛んだ。


「ぎゃあああっ!?」


 思わず人質から手を離した小弥太。


 紅羽が稲光いなびかりのように駆け寄り、彼女を抱いて飛び退く。


「しまった!?」


「よくやった、お小夜ちゃん!!」


「無我夢中だっただ……」


 一方、好機を逃した須佐美源蔵は口をへの字にまげ、走り寄ってきた小弥太に、


「なにやってんだ、小弥太! 仏心を出すんじゃねえ!!」


「すいやせん、須佐美の旦那ぁ……このアマぁ!!」


 小弥太が刀でお小夜に斬りつけようとした。


 が、固い刀剣が弾く。


 松田半九郎がお小夜の前に立つ。


「そうはさせんぞ!!」


「またお前か……松田半九郎!!!」


「草庵に入っておれ、お小夜坊!」


「ありがとう……お武家さま!」


 垣内小弥太の刀が松田半九郎に迫る。


 鋭い剣尖が火花を散らして斬り結び、離れて対峙した。


「お前こそ……たいがいしつこいな」


「うるせい……邪魔しやがって……今度こそてめえを斬り刻んでやるぜえ!!」


 怨恨うらみを込めた太刀風を受け止めたのは同田貫。


 一合、二合、三合と剣戟けんげきが月明かりに反射する。


 紅羽と竜胆は須佐美源蔵と刃を交えた。


 昼間の土手道での死闘の再現である。


「魔剣をへし折られたのに懲りない男だねえ」


「ほざけ……魔剣など無くとも武芸の腕では貴様らが束でかかってもびくともせんわい」


「油断できぬぞ……紅羽!」


「わかっているよ、竜胆!」


 一方、半九郎と悪弥太は互いに間合いをとってにらみ合っていた


「さっき……お小夜坊をお咲と間違えたな……」


「うっ……そ、その名を言うな……」


 尋常ではない小弥太の動揺ぶりに、さしもの松田も察したようだ。


「貴様……お咲さんはどうした?」


「ぐっ……それは……」


「さては……逃亡に邪魔になって殺したのではあるまいな?」


「そ……それは……うるせえ!! 女なんぞ幾らでもいる!!」


 理由は違うが、小弥太が殺害したことを看破されてしまった。


 激しく動揺してしまう。


 虚勢を張って横薙ぎの斬撃をおくったが、松田同心に容易く見破られて、跳ね上げられた。


 だらしなく足元がよろける小弥太。


「きさま……なぜだ……なぜこんな短時間で強くなった!?」


「俺はいつも通りだ……土手道での闘いの時と違って、今の貴様の剣は迷いがある……それが要因だ!!」


「うぅぅぅ……」


 さしもの悪弥太も、惚れた女を一時の衝動に駆られて斬ってしまったことを、激しく後悔しているのだ。


 以前の小弥太は逆恨みという一方的な激情ではあるが、迷いがなく鋭さを持った太刀筋であった。


 心の動揺が刀尖に明確に反映されたのだ。


「くそぉぉぉ!!」


 小弥太が上段から、相手を真っ二つに叩きつけんとする剣を送った。


 だが、たやすく軌道を読み取られ、松田の剣が小弥太の剣を絡み取り、弾き飛ばした。


「しまったぁぁ!?」


 その時、松田の足元がべちゃりと水たまりにつかった。


「なんだ……水たまりか?」


「いや違うよ、松田の旦那……川から水が流れてきた!!」


「なんだってぇ!?」


 乱戦中の敵味方も異常事態に思わず戦いを止めて距離をとる。


「川が増水したのかのう? 雨は降っておらぬはずじゃが……」


 そういう間にも次々と水量が増え、葦原が冠水していく。


 また流れ雲で月が覆われ漆黒の闇となる。


 暗闇の中に赤い鬼火がふたつ点った。


「キィ……キキキキキ……」


「なんだ? この声は野生のさるか!?」


「いや……違う……そのくらいの大きさの生き物じゃが……とんでもなく邪悪な気配じゃ!!」


 闇夜で息遣いが聞こえる異形の存在。


 赤く光る眼をもつ怪異の数が次々と増えていった……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ