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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十四話 襲来!暗闇の緑魔
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見えざる敵

 ――ズシン……ズシン……ズシン……


 足音が止まった。


 腐った泥沼の生臭いが鼻をつく。


 眼に見えぬ禍々まがまがしい空気の流れを肌で感じて気分が悪くなる。


 眼に見えない何か・・がしきりに結界内の草庵を探しているようだ。


 草庵の周囲に打ち込んだ棒杭で張り巡らせた注連縄と摩利支天の霊符の結界で、草庵が見えないのだ。


 黄蝶たちはゴクリと生唾を呑みこんだ。


 妖霊魔物が近づいたときに感じる背筋の寒さ、肌が粟立あわだつ感覚。


 みなは胃の腑から夕食に食べたものが食道まで込み上げてくるのを必死で我慢した。


 お小夜は口を押えていたが、


「うっぷ……」


「お小夜さん……これに……」


 秋芳尼がお小夜に手桶を渡した。


 気が強いといっても素人のお小夜は初めて接する魔物の妖気にあてられ、夕食に食べたものと黄色い胃液を吐き戻してしまった。


「ひええええ……」


 河童の三吉は震え出し、魚籠びくの中に潜って隠れた。


 見えない何か・・は鼻をひくつかせ、瀬兵衛の腐りゆく屍体の匂いを探し、手探りで草庵を探す。


 透明な右手が偶然、結界の注連縄に触れた。バチバチと火花が散る。


「ガオオオオォォォ!!」


 突如、猛獣けだもののような声が周囲に響きわたった。


 惑乱した何か・・がたじろぎ、全身が結界の注連縄に触れた。


 バチバチと電流のようなものが空中に光り、透明な魔物の全身に感電したように広がった。


ジリジリと黒焦くろこげになる嫌な匂いが周囲に漂う。


「あれはっ!?」


 紅羽が指差す夜空に、身長三丈(9メートル)以上はある怪物の身体が火花でまとわれ、輪郭が浮かび上がった。


 全身は穿山甲せんざんこうの鱗のようなもので覆われ、背中に亀の甲羅があり、頭と尻尾しっぽは虎に似た、全身が濃緑色の怪物が見えた。


「あれが、水虎……」


「ぴえええ……とんでもない妖怪なのですぅ!!」


「ガオオオオオオオオッ!!」


 護法陣結界で火傷やけどをした見えざる怪物は咆哮ほうこうをあげ、地響きを立てて柳瀬川の方へ去っていく。


 草庵の出入り口から三人娘が飛び出した。


「ともかく、水虎をおびき寄せるのに成功した……ここからはあたし達の出番だ!」


「水中に入られる前に追撃するのじゃ!」


「わかったのです……ん!?」


 夜風に葉がさわさわと鳴っている。


「どうしたのじゃ、黄蝶?」


 風術の使い手たる黄蝶は、川風に交じって、かすかな火縄の匂いを嗅ぎつけた。


 その瞬間、葦葉に身を潜めた須佐美源蔵一味が懐鉄砲ふところてっぽうの引き金をひいた。


 銃撃音が連続する。


「危ないです!! 天摩流幻術・楯羽蝶たてはちょう!!」


 立ち上がった黄蝶が印を結んだ。


 黄色い神気を身体から湧き立ち、黒褐色のはね瑠璃色るりいろの帯模様があるルリタテハ蝶が大量に生まれた。


 百匹以上の蝶々が黄蝶たちの前に集まり、畳六畳はある巨大蝶となった。


 その巨大蝶の楯めがけて短筒の銃弾が被弾した。


 そのうち二発が楯羽蝶を貫通し、一発は草庵の柱に命中。


 もう一発は黄蝶の二つ髪にかすれて、数本の髪の毛が宙に舞った。


「ぴえええええっ!!」


 銃弾の一発は翅にめり込んだが、二発は貫通したのだ。


 黄蝶がぺたりと尻餅をついた。


「大丈夫か黄蝶!!」


「まさか火縄銃とは……」


「楯羽蝶は鉄砲には効かないのですぅぅぅ~~」


「いや、よくやってくれたのじゃ!」


 紅羽と竜胆が涙目で腰をぬかした黄蝶を両脇から抱えて草庵に入った。


 短筒は火薬と弾丸を詰め直さないと使えない。


「失敗したか……いくぞ!!」


 葦の葉群はむらをかき分け、須佐美源蔵が村正を抜いて草庵に斬り込んでいった。


 井坂伝兵衛、高辻内記、焼津の鎌太郎、水越の竹松、垣内小弥太が「おおおおう!!!」と雄叫びを上げて続く。


 彼らは水虎の出現で光り輝く地点を目指してやってきた。


 すでに摩利支天尊の霊符を貼った棒杭の一つが倒れ、草庵は刺客たちの眼にも映るようになっていた。

 

 凶漢たちは摩利支天尊の護法陣結界を構成する注連縄を切り、棒杭を倒して押し入ってきた。


 妖魔に激痛を与える結界も、人間には無力であった。


「あいつらは昼間の刺客か!?」


「殺し屋の須佐美一味じゃ……性懲しょううこりもなく……」


「よりによって間の悪いときに……水虎を逃してしまうよ……」


 闇の始末屋が死神の巨影のように紅羽を斬り下ろさんと迫る。


 そのとき、草庵から黒い影が飛び出し、腰の刀を抜刀し、月の光にきらめく。


 刃肉豊かで切先きっさきの伸びた同田貫どうだぬきが須佐美源蔵の村正の刀身を、火花を散らせてはじいた。


「ぬっ……貴様は……」


「妖怪退治は素人だが、人間の悪党ならば俺が相手するでござる!!」


「おお……頼もしい!」


「さすが松田殿じゃ!!」


 松田半九郎が元影目付の須佐美源蔵と切り結び激闘が始まる。


 垣内小弥太、井坂伝兵衛、水越の竹松、高辻内記、焼津の鎌太郎が草庵にいる秋芳尼らを殺害せんと殺到。


 その前に紅羽の紅凰が閃き、竜胆の薙刀が優雅に円を描いて刺客たちと乱戦となる。


 無頼浪人が上段からの斬撃を紅羽におくる。


 金属音が鳴り響き、紅凰が受け、鍔競り合いとなる。


「昼間に襲ってきたと思ったら、夜にまで……まったく、しつこいねえ……」


「うるせえ……お前に恨みはねえが、死んでもらうぜ!」


 紅羽は切り結ぶ相手の顔がどこかで見たといぶかしんだ。


 伸び放題の月代さかやき、鋭い眼に四角い顔、右のこめかみに赤痣あかあざの無頼浪人といえば。


「あっ!? ……お前は御手配の悪弥太じゃないか……」


 昼間の襲撃で松田半九郎と戦っていたのを思い出す。


「なんで刺客に加わっているんだ?」


「いろいろあってな……刺客稼業に鞍替くらがえしたんだ……今夜こそ決着をつけるぜ!」


「はんっ! こっちは取り込み中なのにしつこい奴らだ……しつこい男は嫌われるよ!!」


「ほざけ! 女の癖にしゃしゃり出やがって!!」


「女の癖に……か……それはあたしの一番嫌いな言葉だよ!!」


 すさまじい気合をこめ紅凰が下段の構えからうなりを上げて斬りかかる。


 流麗なる一撃に無頼浪人は慌ててうしろに飛び下がる。


「くそっ……やりやがる……」


 憎々しげに紅羽をにらみつける垣内小弥太と油断なく次の攻撃の隙をうかがう紅羽。


「ん!?」


 紅羽が眼をほそめ小弥太の背後を凝視する。


「……あんたの肩にもやもやとした亡霊がいるぞ……」


「なにぃ……」


「亡霊が二人……」


 思わずぎょっとする御家人崩れ。


 それは昼前に斬った乾物問屋・恵比寿屋孫兵衛と手代・梅吉のことだ。


 しかし、その事は人相手配書にも書いてある。


「いや……もう一人……」


「げっ……」


 日暮前に斬ったお咲のことを、この女剣士が知るはずがない……紅羽という妖霊退治人は本当の霊視ができるのかと心臓が跳ね上がる小弥太。


 思わずたじろいで背後に下がる。


「なにやってやがる、小弥太!!」


 小弥太を押しのけ、湘州浪人・井坂伝兵衛が拝み打ちに紅羽に剣尖を叩きつけた。


 紅羽は太刀の柄を左手で握り、右手で剣尖の峰を支えて楯にして受け止めた。


 ギリギリと鍔競り合いとなり、井坂伝兵衛が力任せに右に刀を捻じ曲げ、よろける剣客娘。


「死ねえぇぇ!!」


 井坂伝兵衛が刀を引きもどして横薙ぎを送ろうとした。


 だが、紅羽はよろけるふりをして、横向きに井坂伝兵衛の軸足を蹴った。


 身体の均衡を崩してよろける刺客浪人。


「うわあぁぁ!?」


 宙返りをして着地した紅羽が片膝立ちとなり、倒れてくる刺客浪人の脾腹に太刀の峰をおくる。


「ぐふぅぅ……」


 崩れ落ちる井坂伝兵衛。


 紅羽は一息ついて、次の攻撃手を探す。


「あれ? ……悪弥太はどこにいった?」


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