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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十四話 襲来!暗闇の緑魔
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夕陽差し迫る草庵

 秋芳尼一行は妖怪に殺された瀬兵衛の家へ向かった。


 西の空に陽が傾き始める時刻だ。


 瀬兵衛の家では知り合いの百姓たちが集まっていた。


 まず、名主の三上屋七郎右衛門がはいって葬儀をさしとめた。


 念仏を唱えに来るはずの宝幢寺ほうどうじの住職にも、使いをやって延期させた。


 当然、瀬兵衛を弔おうとした親戚友人知人、近所の者たちから抗議の声があがる。


「名主さま……瀬兵衛はたった一人の兄だ……弔わないでどうするだ……」


 十三、四歳ぐらいの日に焼けて、眉が太く、気が強そうな娘が抗議した。


 彼女は瀬兵衛の妹で、井下田家に住み込みで女中をしているお小夜さよという。


 近所の者たちも、


「通夜もせんと、埋葬もせんなんて……いくらなんでも、瀬兵衛が哀れだよ……」


「わかっている……だが、訊いてくれ、みなの衆……瀬兵衛はただの河童に殺されたのではないのだ……」


「そうです……水虎という恐ろしい妖怪が柳瀬川に現れたのですよ」


「えっ!?」


 そこへ墨染めの法衣に白い尼頭巾を被った比丘尼が入ってきた。


 眼も醒めるような玲瓏れいろうたる姿に、血の高ぶった百姓たちも度胆を抜かれ、思わず押し黙って凝視する。


「スイコだって?」


「ええ……あなた達もご覧になったでしょう……瀬兵衛さんやお馬さんが血を吸われ、むごたらしい有様となった亡骸なきがらを……」


 尼僧が家の中に安置した瀬兵衛の棺桶を示した。


 彼の身体は血を抜かれて干からびたミイラのようになり、その顔は引きつって笑ったような表情で固まっている。


 河童に水中に引きずられて殺された屍体は笑い顔になるという。


「……………」


 この言葉に村の者たちも蒼褪めて互いに顔を見つめあい、しいんと静まりかえった。


 たしかに尋常な死に方ではない。


「たしかに……河童の仕業にしては、妙な屍体だったけんども……」


「おらの従兄の庄治んとこの太郎坊も、河童に血を吸われておっちんだ……」


「酒呑み仲間だった船頭の茂吉も河童に川に引き込まれて殺されただ……」


 村人たちに河童の被害をなんとかしないといけないという空気が流れ始めた。


「……今、退治しておかないと、犠牲者が増える一方なんだ」


 美貌の比丘尼の背後から、男装の剣士が入ってきた。


「ここはこらえて、河童退治に協力してほしいのじゃ」


 次に長髪の巫女、忍者装束の少女、黒羽織の同心が入ってきた。


「名主さま……こちらの方々は?」


「こちらが江戸から呼びよせた秋芳尼さまと、お付きの妖霊退治人である紅羽殿、竜胆殿、黄蝶殿……そして寺社方同心の松田様だ」


「みなさま……瀬兵衛さんの弔いは明日まで待ってくださいませ……水虎退治の儀式をして、妖怪を退治すれば、もう誰も水虎に殺される者も、牛馬が被害にあうこともなります……」


 お小夜が太い眉を寄せて、妖霊退治人のまとめ役を見やる。


「……それは……本当だか?」


「はい……お小夜さん……お兄様の回向を一晩だけまってください」


「だけんども……尼様の細腕でそんなおっそろしい妖怪を退治することができるのだべか?」


 半信半疑のお小夜の気持ちは、集まった参列者たちも同様だ。


 三上屋七郎右衛門は全幅の信頼のこもった顔で、


「秋芳尼様たちの実力は折り紙つきだ……すでにここへ来る途中、新河岸川で河童が大作少年を川に引きずり込もうとしたところを助けて頂いたのだ」


「大作というと、隣の室戸村のガキ大将でねえか……」


「おお……その話なら飛脚の善吉どんから訊いたぞ……河童と相撲して、川に引き込まれそうになったが、通りがかりの偉い尼様と御供の方に助けてもらったと」


「なんと手際のよい……それなら……」


 村人たちの見る眼が変わってきた。


「もう、その話が伝わっていたか……そうだ、それがこの秋芳尼さまだぞ、みんな!」


 三上屋が秋芳尼に両手を向けて賛辞し、比丘尼は頬が赤らむ。


「そんなに熱い眼差しを向けられると恥ずかしいですわ……」


「秋芳尼さま……おらたちに出来る事があったら、協力しますだ!」


「そうそう……ひとつ、お願いがあります……ここから近い川沿いの葦原に、草庵そうあんを作っていただきたいのですが……」


「草庵?」


「みんな、秋芳尼さまの指図に従うのだ……」


 百姓たちは名主の言葉にうなずき、秋芳尼たちの指図に従った。


 瀬兵衛と愛馬ブチが殺された柳瀬川の岸周辺にある葦原に、木材で骨組みを組み、かややワラをつかって草ぶき屋根と草壁の小さな仮小屋をつくった。


 その間に紅羽や松田たちが草庵を中心として、直径五丈(約15メートル)の幅を取り、高さ二丈ほどの杭を等間隔に差し、注連縄しめなわで張り巡らせた。


 棒杭の先に摩利支天尊が描かれた霊符が貼られている。


 不思議に思った半九郎が秋芳尼に、


「秋芳尼殿……この注連縄と御札はなんでござるか?」


「これは結界けっかいですよ」


「ははぁ……結界というと、神社やお寺の禁則地きんそくちの事でござったなあ……」


「いえ、この場合は瀬兵衛さんの御遺体を水虎から守るための霊的守護のための結界ですよ……以前も武蔵屋さんでお真由ちゃんを助けた時につかった『摩利支天穏形符まりしてんおんぎょうふ』です」


「おお……あの時の……」


「『穏形符』は摩利支天さまの陽炎かげろうの法力で、妖怪悪霊から見えなくなるのです……今度はそれに『護法符ごほうふ』を加えました」


「護法符?」


「はい……敵意を持った妖怪は結界の中に侵入できなくなるのです」


「それは凄いでござる……霊符を多く必要としたのは、このためでござるな」


「そうで……ござるよ」


「真似しないでくだされ、秋芳尼殿……」


 一刀流免許皆伝の武士もはにかんでしまった。


「ほほほほほ……」


 出来上がった草庵の中は六畳ほどの広さで、板の上に瀬兵衛の棺桶を安置し、顔に白い布をかけて紐で額をくくり、蓋を閉める。


「ちょっと待ってくんろ……これじゃあ、まるで、兄さが妖怪をおびき出すえさみたいじゃねえか……」


「悪くいえばそうかもしれません……ですが、お兄さんの遺体には妖怪に指一本触らせません……一晩だけ辛抱してくださいませ、お小夜さん……」


 秋芳尼がお小夜の両手を握りしめて懇願した。


「だども……」


「ここは我慢してくれ……お小夜……今後の村のためだ……」


「名主さま……」


 お小夜も不承不承うなっく。


 土地の百姓たちが去り、三上屋七郎右衛門も別れを告げる。


「あとはわたくし達にまかせてくださいませ」


「秋芳尼さま、皆さま方……あとはよろしくお願いいたします……ほれ、お小夜坊も……」


「うん……頼むだ……」


 少しふて腐れていたがお小夜だが、名主と百姓たち同様にお辞儀して去った。


「きっと、水虎を退治してみせるよ、お小夜ちゃん! 名主さん!」


「おお……頼もしい……よろしくお願いします」


 村人達が去ると、瓦偶駒の鞍にぶら下げた魚籠から河童の三吉を出した。


「ぷはぁぁ……やっと出れたケロ……」


「ごめんなさいね、三吉さん……水虎に殺された瀬兵衛さんの知り合いに、あなたの姿を見せると騒ぎになると思ったので……」


「ええだよ……おいら、おっとうの仇討ちのためなら、なんでもできるケロ……」


「ほほほほほ……三吉さんは良い子ですねえ……」


 尼僧は河童の頭を撫でた。


 草庵のなかで五人と一匹はじっと妖怪の出現を待った。


 陽が暮れはじめ、あたりの風景は血のように赤く染まっていく。


 宝幢寺から暮れ六つを告げる鐘の音が鳴り響きはじめた。


 携帯の灯明に点火すると、藪蚊やぶかがさまよい出てきた。


 妖怪を待つ者たちは音を立てないように頬や手足を叩いた。


「藪蚊が出て来たなあ……」


「あまり大きな音をたてるでないぞ……」


「わ~~てるよ……」


 河童の三吉がクチバシを開けると、舌が伸びて藪蚊を捕らえて食べる。


 紅羽たちが眼を皿にした。     


「河童といか、カエルみたいなやっちゃ……」


「ところで竜胆ちゃん……どうして瀬兵衛さんの遺体のお通夜の読経をしないで、草庵におくのですか?」


「うむ……草庵を作り、その中に安置させて腐らせておく。すると血を吸った犯人の水虎も、殺された亡骸とともに体が腐ってしまうのじゃ」


「ぴええ……瀬兵衛さんを殺した妖怪も同じように腐るのですか?」


「そうじゃ……だから、水虎は犠牲者を水に引きずり込んで殺したあと、必ず遺体を岸に戻し、村人たちに葬儀をさせる。葬儀をすることによって、魂魄こんぱくのうち、はく、つまり肉体は成仏され、水虎の身体も腐らないようじゃ」


「う~~む……妙な話でござるな……」


「うむ……殺した者の霊魂を食べたことによる因果が、水虎の肉体を腐らせる呪いを生じさせるのかもしれぬな……」


「因果応報って、奴だな……凶悪妖怪にはざまあみろだけど……亡くなった瀬兵衛さんが哀れだ……」


 紅羽が痛ましげに瀬兵衛の棺桶を見た。


「……そうはならないでしょう……水虎も己の身体が腐敗し始めれば気がついて、瀬兵衛さんの遺体をどうにかしようと、草庵にくるはずです……」


「河童妖怪と水中で戦うのは我らに不利じゃ……おかに出て来たところで、我らの出番じゃな」


「まさしく、陸に上がった河童ってところだな!」


「そういうわけですね……」




 あれから数刻……宵五ツ鐘がなり、戌刻いつつ(午後八時)となっていた。


 提灯がなくても月明かりで歩ける。


 水子村から引又村をつなぐ柳瀬川を渡す橋の上を須佐美源蔵ら六名の刺客たちが歩いていた。


 彼らは酔い覚ましに水車を回す小川で行水をして酒気を飛ばし、新しいふんどしをしめて仕事に向かったのだ。


 須佐美源蔵が垣内小弥太に、


「それにしても、小弥太……ずいぶんとうなされていたな……なんの夢を見た?」


「それが……まるで覚えてねえ……だが、なにか嫌な夢を見たようだ……」


「そのうち慣れるさ……頼りにしているぞ……お前はチンケな強請屋ゆすりやよりも、人斬り稼業の方が向いているぜ」


「……そりゃあ、もう……期待に応えますぜ!」


 もはや好いた女を手にかけてしまった彼にとって、一目おく兄貴分となった須佐美源蔵の期待に応えることが生きる張りとなっていた。


「お前たち……手筈はわかっているな?」


「もちろんだ」


 高辻内記や井坂伝兵衛らが懐の短筒を見せ、ニヤリと笑う。


 秋芳尼がいる草庵に近づき、茅やワラの壁越しに短筒で一斉に襲撃し、死に切れなかった彼女たちを刀でトドメを刺すのだ。


 その後、みなで上州まで逃れて、荒島の大五郎一家に厄介になり、当分ほとぼりを覚ます予定だ。




 妖怪とは別の危機が迫っているとも知らず、草庵の外を紅羽と竜胆がうかがい、他の者は中で休んでいた。


 河童の三吉と黄蝶はのんきにお手玉遊びをしていたが、


「腹減ったなあ……キュウリが食べたいケロ」


「キュウリはないけど、三上屋さんがお結びを用意してくれたのですよ」


「米の飯け?」


「そうそう……美味しいですよ」


 黄蝶が風呂敷から笹葉に包まれた夜食を取り出そうとしたとき、ふと視線を感じて外をみた。


 すると、殺意を込めた両眼と眼があった。


 手許には室内の灯りでギラリと光る刃物を握っていた。


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