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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十四話 襲来!暗闇の緑魔
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策謀蠢く水車小屋

 引又村を柳瀬川ではさんで東側に水子村みずこむらがある。


 その名の由来としてこんな話がある。


 昔、村に弘法大師が托鉢に寄ったさい、村の娘が大師を見ただけでとりことなり、処女受胎しょじょじゅたいをしてしまった。


 三年後、ふたたび村に訪れた大師は、娘の親に子供の件で叱りつけた。


 しかし、大師は娘に手を出していないと口論となる。弘法大師は潔白の証明のため、生まれた子供をタライの水につけ、金剛杖でぐるぐると廻した。


 すると、子供の姿形が崩れ、水となって消えた。


 大師の子ではないと証明され、その村は水子村と呼ばれるようになった。


 もっとも、弘法大師以前から水源が豊富なことから水子郷と呼ばれていたという説もある。




 柳瀬川のせせらぎから引き込んだ用水路にそって水車小屋があった。


 中には水車と連動しているきね、穀類の精白用の搗臼ひきうす挽臼ひきうすの二基があったが、今は停止している。


 中には人が休める板場があり、そこに須佐美源蔵がいた。


 他に捕物が逃れてきた刺客団の残党もいた。


 須佐美は刺客団に第二の集合場所として水子村の水車小屋を指定していたのだ。


 虚無的な表情の浪人・井坂伝兵衛と出っ歯の無宿人・水越の竹松がいて、愚痴をいいながら手酌で酒を呑んでいた。


「くそっ……あそこで代官たちが来なければうまくいっていたはずなのに……」


「まったくだ……」


 そして、もうひとり、頬被りをした行商人風の男がいた。


 板間に須佐美と対峙し、桐の箱に入った箱を押しやる。


「刀を手に入れて来たぞ……」


「おお、済まぬ……恩に着る」


 この男は暗殺の依頼主から送られた目付であり、四縞静馬しじましずまという得体の知れない男だ。


 秋芳尼一行を裏から見張り、敵情を探ってきて、刺客の補佐をし、暗殺の首尾を雇い主に知らせるのが仕事だ。


 須佐美源蔵が刀を鞘から出してみた。


 反りが少なく、肉付きが薄い刀身、しのぎが高く、全体を見ればどっしりとした見た目の、妖気ただよう刀だ。


「おおっ……村正か!」


「ああ……引又宿の刀剣商で買った……妖刀・天逆毎あまのざこの代わりにはならんだろうが、切れ味はそれ以上だ……」


「助かる……今度こそ秋芳尼一行の命を取り立ててやるぜ」


「頼むぞ……三上屋を探った情報によると、今夜、河童の親玉を退治に柳瀬川近くの瀬兵衛という男の家の近くで調伏の儀式をするらしい……」


「ほう……好都合だ……夜陰にまぎれて彼奴等きゃつらを討とう……同門の文吉の弔いだ……必ず成し遂げてみせよう」


「頼むぞ……俺は三上屋の動向を探ってくる……」


 行商人風の男の姿がかすみ、音も無く水車小屋から消えた。


 すると、竹松が愚痴るように、


「やれやれ……あの男はどうにも不気味だぜ……人間らしさってものが感じられねえ……」


「まったくだ……須佐美殿、奴は尋常者ただものではないようだが……」


「おそらく忍びの者だ」


「忍び? ……というと、幕府に仕える伊賀組・甲賀組のような?」


「だろうな……流派は違うようだが……むっ!?」


 人の気配を察した須佐美が外に出ると、御高祖頭巾をつけた武士がふらふらとやって来るのが見えた。


 目を凝らすと少し前に水車小屋から女の宿へ向かったはずの垣内小弥太だ。


 只事ではない様子にさすがの刺客浪人も、なにごとかと目をみはる。


「どうしたい……小弥太……やけに早い帰りだな?」


「ああ……」


 小弥太は御高祖頭巾をかなぐり捨てた。


 紙みたいに真っ青な顔にねっとりと汗がへばり付いている。


「……女に逢うといっていたが……魂まで絞り取られたか?」


 押し黙っていた御家人崩れはかすれた声で、


「……斬った……」


「なにぃ?」


「お咲が悪いんだ……他の男と浮気しやがったから……」


 惚れた女と逢ってくるといって出かけたはずが、とんでもない事になっていた。


 唖然とする闇の始末屋だが、ふっと表情をなごませた。


「でっ……顔を見られたのか?」


「……いや……用心して御高祖頭巾に深編笠を被っていった……俺だとは分からないないはずだ……」


 確かに小弥太を追ってくる者の気配はなかった。


「ならいい……気にするな……女なんていくらでもいる……」


「…………ああ」


「明日になれば役人どもが調べだすだろう……今夜中に仕事のかたをつけんとな……」


「すまねえ……」


「まあ、いいから、こいつでも呑め」


 須佐美源蔵が酒瓶ごと小弥太の胸に押しつけた。


 小弥太はラッパ呑みで、ぐびり、ぐびりと酒を咽喉のどに流し込む。


「……まるで味がしねえ……」


「まあ、いいからそいつをやって、寝ていろ……時間になったら起こす」


「わかった……だが、夢見が悪そうだ……」


「わしなんぞ、毎晩のように夢の中に亡霊どもが現れる……今まで斬った奴らのな」


 小弥太がぎょっとした顔つきで闇の始末屋をあおぎ見た。


「夢に……出るのか?」


「ああ……気をしっかりもて、小弥太……幽霊てのは、弱い心につけこむ……せいぜい気をはるんだな……」


「ぐっ……脅かさねえで……くださいよ……」


「気を強く持ってりゃ、亡霊って奴は、手も足も出ねえ……」


「…………」


 小弥太は口を尖らせたが、自棄やけになって酒をあおる。


 そこへ、また水車小屋に人の気配がした。


「おお……お前達も代官に捕まらなかったのか!」


 ドジョウヒゲを生やした浪人・高辻内記たかつじないき金壺眼かなつぼまなこの焼津の鎌太郎かまたろうが風呂敷包を背負ってやってきた。


「へい……馬に蹴られて川に流されたんでやすが、八十石船に助けてもらったんで」


「水主たちはわしたちを助けてくれたが、それはあっしたちを船の漕ぎ手や人夫としてこき使うためだったのよ……」


「上流へ漕ぐのはきつい仕事だったわい……だから、引又河岸で荷物を下ろした際、逃げ出した……ついでにこいつを拝借したわけだ」


 高辻内記が風呂敷包みから鈍色に輝く小型の鉄砲を取り出した。


「これは……短筒たんづつか?」


「ああ……わしらが助けてもらった船の積み荷に隠してあった」


「短筒と弾丸と火薬がありやす」


 内記と鎌太郎が人の悪い笑みを浮かべた。


 須佐美源蔵が感心したように、


「ほう……抜け目のない奴らだ……」


「しかし……なぜその船にそんなものがあったのかは、わかりやせん……」


 訝しげに頭をひねる。須佐美源蔵がアゴしたに指をのせ、


「おそらくは抜荷船ぬけにぶねであろうよ……取り引き相手は上州の高崎藩か、前橋藩か……あるいは豪商、やくざの大親分か……」


 違法の短筒を取り引きするとは大それた奴なのは確かだ。

 

 闇の始末屋の脳裏に、灰塚山の元締めの兄弟分の荒島の大五郎の顔が浮かんだ。


「まだあるから、須佐美殿に進上しよう」


 六丁の短筒と弾丸、火薬をすべて差し出した。


「いいのか?」


「ああ……その代りといってはなんだか、灰塚山の元締に我らを紹介してくれぬか?」


「いいだろう……抜け目のない奴は元締めも好みだ……」


「おおっ、やった!!」


「これであっしらの名にもはくがつくってもんだ!!」


 鎌太郎が調子にのって鼻の下を人差し指でこすった。


 試し打ちをすることになり、井坂と竹松らも外に出たが、小弥太だけ小屋に残って自棄酒やけざけをはじめた。


 須佐美源蔵は短筒に火薬と弾丸をつめ、夕空に向けて構えた。


 雁の群れがV字型に飛んでいるのが見えた。


 発砲音。


 雁のいっぴきが離れた草むらに落下した。


「おおっ!?」


「お見事ですな、須佐美殿!!」


 刺客たちが思わず拍手をした。


「黄蝶とやらいう妖霊退治人の巨大蝶の楯は、弓矢の手応えからして、木製楯ほどの硬さであろう……」


「ふむ……火薬を調整すれば、具足甲冑ぐそくかっちゅうの分厚い鉄板でも貫けますぞ」


「くわはははは……今度こそ、妖霊退治人どもの最後だ! そして、奴らの魂を伊邪那美命いざなみのみこと様に捧げてくれるぞ!!」


 闇の始末屋が狂的な笑いを響がせた。



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