かすみ目・籠の目・妖怪の目
「じゃっ、そいつが犯人に決まりだな」
「いや、百々目鬼は腕だけ目がついているが、百目の通り魔は全身に目があるらしい。それに人の目玉を盗む能力などないはずじゃが……」
「きっと、修行をするか、齢を重ねて妖術を身につけたのですよ!」
「おっ、黄蝶、冴えているね。きっとそうに違いない」
「ふんすっ!」
また黄蝶が鼻息荒く、胸をはって自慢する。が、今度の紅羽は思わず胸をおさえて、茶化したりしない。
「その可能性もあるのう……」
竜胆が頤に細指をあてて思索にふける。
「ところで下手人の妖怪は盗んだ目玉をいったいどうする気なのですかねえ……」
紅羽を見上げる黄蝶がつぶやくと、紅羽がニヤリと人の悪い笑顔になる。
「そりゃあ、黄蝶……妖怪てのは長生きした動物や器物が変化することが多いからなあ……小頭も最近、目がかすんだり、しょぼしょぼするって愚痴ってるだろ?」
「それと目玉集めにどういう関係が? どうゆうことなのです、紅羽ちゃん?」
「だから、魚の目玉を食べたら視力が良くなるっていうだろ。妖怪も人間の目玉を食べて老眼やかすみ目を治そうとしているんじゃないのか?」
「ぴええええっ……はた迷惑な話なのです!」
黄蝶が竜胆の背中にまわって抱きついた。紅羽は調子にのって変顔をして、両手を幽霊画のように曲げて、「うらめしや」の手つきをする。さらに怯える黄蝶。竜胆はあきれ顔で紅羽を半眼で見た。
目がかすんだり、しょぼしょぼするのは、焦点をあわせる筋肉の疲労のほかに、ビタミンB1の不足があげられる。特に魚料理でとれる栄養は良質のタンパク質、ビタミン、ミネラルが含まれ、とりわけビタミンB1やミネラル、鉄が多い。特に魚の目玉はビタミンB1が多い。目玉にビタミンB1が多いのは魚に限らず、外の動物、鳥類や人間も多いとされている。
ちなみに太平洋戦争中、兵士たちの滋養をつけるため、魚から目玉をくり抜いて乾燥させたものを戦地に送っていた。そのため、当時の魚市場では目玉のない魚が売られていたという。
「うむ……忍者の秘伝書にもみそそざい(小鳥の一種)を捕え、その眼球の中の生き血をしぼりだし、水銀とまぜて飲めば暗闇の中でも目が見えるというのがあるのじゃ」
「ええっ……小鳥さんが可愛そうです!」
「おいおい……だけど、目玉は目に良いというけど、水銀は毒じゃないのか?」
紅羽がジト目で竜胆を見つめた。
「うむ、小頭もそれはインチキだと言っていた。太平の世になってから書かれた忍術秘伝書にはインチキなものもあるからのう……それよりも、妖術呪法の儀式につかう可能性というのもあるぞ」
「ああ、なるほどねえ……妖術師や呪術師はヤモリの黒焼きやカエルの目玉、墓場の土、死人の髪の毛など気色の悪い物を材料に薬を作ったりするからなあ……」
「なんだかインチキ臭い薬なのですぅぅ~~~~… 絶対、飲みたくないのです~~~~~!!!」
「まあ、ともかく坂口さまに渡された帳面によると目玉泥棒の妖怪は浅草近辺に出没するというからなあ……そこで張り込みをしようよ」
「うむ、それがいい……」
「はいなのです!」
と、彼女達がおしゃべりをしている間に、往還の人通りが増え、人家が目だっていった。浅草詣でなどの観光でにぎわう寺町が近い証拠である。三人は浅草にはいっていった。だが、民家や店先の軒先や玄関にやたらと目籠や笊がぶら下がっているのが目立った。目籠とは目の荒い竹籠のことである。
「なんだいありゃ? 目籠や笊ばっか……」
「はてのう……」
紅羽と竜胆が訝しむなか、黄蝶が目籠をぶらさげた乾物屋の親爺に話しかける。
「この籠を軒先にぶらさげるのは何の御呪いなのですか?」
「なんだい嬢ちゃん、知らねえのかい……こりゃあ、百目の通り魔を追い返すための御呪いだよ。百目の通り魔を追い返すには目籠が一番だって、目籠屋の棒手振りが言うから買ったのさ……」
「竜胆ちゃん、そんな御呪いがあるのですか?」
「そうじゃの……関東では二月、十二月になると一つ目小僧が里にやってくるといわれておる。この妖怪を見ると災いにあるというから、この日はみな外へは出ないようにしておる。一つ目小僧は目の多いモノを恐れるというから、目籠や笊を掲げておくのさ」
「そうそう……一つ目でも百目でも同じ理屈だ。この目籠の目は千の目以上あるんじゃ」
「なにそれ、嘘くさいまじないだな……まあ、イワシの頭も信心からというしね……」
「……そこの若侍さん、あっしが内心おもっていることを口に出すんじゃないよ……気休めでも無いよりましさ」
「あはっ……ごめんちゃい……」
紅羽が肩をすくめ、ゲンナリする親爺に、黄蝶が礼をいって浅草の中心に足を向けた。
「それにしても江戸の行商人は商魂たくましいのう……生き馬の目を抜くとはこのことよのう……」
「ぷぷぷ……竜胆ちゃん、上手い事いのうですね。座布団一枚あげるのです!」
「いやいや……駄洒落でも謎かけでもない!」
黄蝶が両手を脇にひき、両手人差し指を竜胆に向ける。竜胆は右手をブンブンふって否定。紅羽は陽気に笑っていた。
だが――三人娘は気がつかなかったが、裏路地の陰から一行を見つめる影法師がある。その双眸が陰火のごとく輝いていた。
「……奴ら、只者ではない神気の持ち主……神職者に……妖怪退治屋であろうか……邪気のない澄んだ瞳……欲しいぞ……いひひひひひひ…………」