本物はどっち?
偽紅羽である髭面おじさんが、両手で二刀を鞘のまま掴み取って上下に太刀を構えた。
「その通り、あたしは人呼んで、赤い炎の翼! 紅羽参上!」
偽竜胆である樽のようなおじさんが、鞘つきの薙刀を半身で構えた。
「……同じく、氷原の龍の牙! 竜胆推参じゃ」
偽黄蝶である鶏ガラに似たおじさんが、円月輪を両手でつかみ、胸前で斜めに交差させた。
「花園に舞う風! 黄蝶参上なのですぅ~~~~」
「「「天魔流妖霊退治人三人衆参上!」」」
偽者中年三人男がドヤ顔で武器を構えた姿の衝撃
に、本物の三人娘が蒼褪め、両手を畳につけて、つっぷした。
「おえええ……頭痛と吐き気がしてきた……何が証拠だ……あたし達の真似しただけじゃないか」
「いい年したオジサンたちが……気持ち悪くなったのですぅ……」
「……これは……精神攻撃なのじゃ……」
「ううむ……なんとキツイ名乗りでござる……地獄図とはこのことか……」
「あらまあ……大丈夫ですか、皆さん!」
「うふふふふ……どうやら本物の威光にふれて、思わずひれ伏してしまったようですわね!!」
偽秋芳尼が勘違いもはなはだしいことをいって高笑いする。
それを訊いて怒りが勝った三人娘がピョンと起き上がる。
「うっさいわ、偽者ども!!」
「そうじゃ、この御方をどなたと心得る……本物の秋芳尼さまなのじゃぞ!!」
「頭が高いのですよ!!」
「えええっ!?」
「なんだってぇぇ!?」
「あのぉぉ……わたくし、どこぞの副将軍ではありませんよぉ……」
思わず平伏した偽者一行だが、ハッと気が付いて、
「なによぉ……あたいが……いや、わたくしが本物の秋芳尼よぉ!!」
中年の比丘尼が憤然とした表情で開き直った。
「お前のような秋芳尼さまがいるかぁ!! 壺の騙り売りなんかしやがって……」
「しかも……私や紅羽、黄蝶が男だというのは無理があるのじゃ!!」
「そうだ、本物の美少女の偽者を出せえ!!」
「紅羽……まだあの妄想に未練があるのか……」
「なによ、言いがかりつけて……あたしが偽者の本物の紅羽よ! ……ん?」
「違うよ、与太郎兄貴……じゃなかった紅羽姉貴……本物の偽者っていうのよ……ん?」
「違うってば、屯助兄貴……じゃなかった竜胆姉貴……本物の本物っていうのよ」
「あっ、そうかぁ……さすがヒョロ作……じゃなかった黄蝶だ!」
「えへへへ……照れるのですぅ」
盛り上がる偽者三人を偽秋芳尼がにらみつけ、
「あっ、そうかぁ……じゃないよ、バカチンども!!」
「こいつら、何気なく本名をいっているぞ!!」
「三上屋殿、やはりこいつらが偽者じゃ!」
「う~~む……しかし、妖霊退治人は変わり者が多いと訊いたことがあるので、一概には……」
「ええぇ!? 変わり者なんて……」
抗議しようとした紅羽・竜胆・黄蝶が脳裏に姉弟子の水槌、雷花、羽黒山伏の轟竜坊を思い浮かべる。
「えっ、え~~と……頼む竜胆!」
「むう……いや、三上屋殿、変わり者はごく一部であり、多くの妖霊退治人は我らのように良識をもった健全な妖霊退治人の方が多いのですぞ!!」
「そ、そうですよね……」
「そうそう、竜胆の言う通りだ……」
「左様でございますか……弱りましたなあ……」
「まあ、待て……とにかくこのままでは埒があかない……見上屋殿の前で妖霊退治の実力をみせて白黒はっきりさせようではないか」
寺社方同心の松田半九郎が両者の間にはいった。
名主の三上屋も膝をうち、
「おお……なるほど……本物の秋芳尼さまと御供の方々はかなりの神通力や法力の持ち主と訊いたことがありますぞ」
「それもそうだな……まずはあたしが初歩の神気術を見せてやろう……天摩流火術・狐火!」
紅羽が掌を上にかざし、神気を小さな球体にして発言させた。
ぼぉ~~と青白い炎を上げて火の玉が頭上に浮遊する。
「おお……真昼間に狐火を出すとはすごい神通力だ……こちらの方も是非、見せてくだされ!」
三上屋が偽秋芳尼たちを見やると、ギクリと身をふるわせ、
「えっ……ああ……それが見せたいのは山々ですが……昨日、大入道退治で神通力を使い果たしましてなあ……残念ながら今は見せられませんわ……ですが、わたくしの御供たちは妖怪退治の武芸自慢がそろっております……武芸の勝負で白黒つけてはいかがか?」
「ほう……土蜘蛛や大海蛇を倒した武芸の技ですか……是非、見てみたいですな……」
「仕方ないな……やってやるよ!」
かくして、紅羽・竜胆・黄蝶と偽者三人は屋敷の広い中庭に出て武芸試合をすることになった。
奉公人のお店者や下男、女中などが集まってわいわいと見学する。
「お前達ぃ……この本物の秋芳尼一行を……じゃなかった偽者の秋芳尼一行をや~~ておしまい!!」
三人の偽者が「おおう!!」と牙をむく。
「まずはあたしの二刀流をとくとご覧あそばせ!」
髭面の偽紅羽の与太郎が両手に太刀をにぎって上にかざして見せびらかした。
「おいおい……構えが隙だらけだぞ……剣術をやったことがあるのか?」
肥った偽竜胆の楽助が、薙刀を頭上にあげてくるくると廻した。
「退魔巫女の竜胆さまの薙刀の技をとっくと見るのじゃ!」
だが、途中で地面に落として地面に刃物が刺さり、「ひえっ!」と青ざめた。
「……薙刀の扱いもまともにできずに、私を偽るとは……」
ガリガリの偽黄蝶の豆作が円月輪を両手に取り出し、困った顔をした。
「あれぇ? この輪っかの武器、どうやって使うんだ?」
「それは円月輪というのですよ、おじさん……」
「へえ……そうなんだ……いや、知っていたのですよ!」
「情けない偽者たちじゃのう……」
「うっさいわ!! とにかく本物か偽者か、実力で白黒つけてやるぜ!!」
偽紅羽、偽竜胆、偽黄蝶が本物の三女忍に向かって殺到した。
バキッ!! ボコッ!!! ドコッ!! スカッ! ベキッ!!
あっという間に、タンコブだらけの偽者のおじさん達が地面に死屍累々と転がっていた。
「ええええええ!? もう倒されたのぉ!?」
偽秋芳尼が裏木戸へめがけて走り出した。
「あっ、逃げた!!」
だが、着なれない法衣の長い裾に足元が乱れて転んでしまった。
その拍子に白い尼頭巾が取れてしまい、長い髪が乱れ飛んだ。
名主の七郎右衛門があきれ果て、
「なんと……剃髪もしてなければ、秋芳尼殿のように尼削ぎ(現在のセミロングカット)でもない……やはり、偽の尼僧だ!!」
三上屋の奉公人たちに囲まれ、偽秋芳尼が前にズササササっと秋芳尼たちの方角を向いて土下座した。
「おみそれ致しましたぁぁ!!」
かくして……偽秋芳尼一行の騙り屋・お為、与太郎、屯助、ヒョロ作は村役人に連れていかれることになった。
名主屋敷の玄関でしおれて引かれていく偽秋芳尼のお為たちに秋芳尼が、
「お為さんたち……もうこれに懲りて、騙り屋なんて悪いことをせず、心を入れかえてくださいね」
「はい……本物の秋芳尼さま……実はあたし達はこれでも若い頃は妖霊退治人に憧れて、有名な師匠について修行をしたことがあるのです……」
「まあ……そうだったのですか……」
「もっとも、わしらは根性が無くて、修行を三ヶ月で逃げ出してしまいましたが……」
「そうだったのですか……ですが、まだまだ人生はこれからです……今度こそ真面目になって、まっとうに働いてくださいね……」
「はい……罪をつぐなったら、生まれ変わった気で働きます……」
偽者一行を見送り、廻船問屋兼名主屋敷に戻る秋芳尼一行。
「だけどさぁ……まったくぅ……このあたしの偽者が髭面のおっさんだなんて……酷いにもほどがあるよ!」
「左様……中年男が巫女になるなど無理があるのじゃ……」
「黄蝶の偽者も酷かったのですぅ……」
「まったくぅ……本当は今頃、美少女の偽者をやさしく改心させて、『紅羽お姉さま……あたし、改心して紅羽様のような妖霊退治人を目指します!』、『そうかい、でも修行はつらいよ……』とか言っている偽者回の幕切れのはずだったのにぃ……」
「……いや、紅羽……あの妄想に続きがあったのか……」
しおれた娘剣士がこくりとうなづく。
「もう、あきらめるのでござる……」
「ぐすん……わかったよ、松田の旦那……」
秋芳尼が沈み込むみなを見て、気を取り直すように明るい口調で、
「まあまあ……皆さん、真似されるのは一流の証し……真似されるのはみなに魅力があるからですわ」
この言葉に三人娘がぱぁ~~と瞳を輝かせ、
「えっ……そうかぁ……あたしの魅力がいけなかったのかぁ……」
「魅力があふれていたのですねぇ……てれてれ」
「有名税というやつかのう……コホン」
満更でもなく照れる三人娘であった。
首をひねった松田同心が、
「ん? いやしかし……あの偽者のお為一味は……あいたぁ!!」
松田の尻が秋芳尼につねられたのだ。
尼僧が同心の耳にささやく。
「せっかく、あの子たちが機嫌を取り戻したのです……それ以上は“メッ”ですよ、松田殿……」
「わかったでござる……だから尻をつねらないでくだされ……」




