無い胸はってドヤ顔だな
谷中の鳳空院から浅草までは、歩けば半刻(1時間)ほどにある。紅羽たちは夜ならば町の屋根を飛び越え、森林の木の枝を飛び越え短時間で走破するのだが、今はまだ昼下がりで人どおりも多い。
田園や畑の広がる往還を、百姓や町人が行き交い、子供達が小川でメダカを追いかけて遊んでいるのが見えた。ときどき飛脚が「どいたどいたっ」と叫んで駆け抜けていく。紅羽たちは途中にある小さな稲荷神社の境内で小休憩をすることにした。境内の階段や石に思い思いすわり、竹筒の水を飲んだ。
「ふふふふ……最初は私達を小娘と侮っていた寺社同心のおっちゃんも、一連の演舞を見て目の色を変えて称賛の目で見ていたよなあ……」
「うむ、扇子をもってアッパレと囃してたな。何度も練習した甲斐があったものよ。小頭も初めの印象で退治料が決まると豪語していたからのう」
「黄蝶は練習中何度も失敗したのでヒヤヒヤドキドキだったのです……」
「ははは……黄蝶は手裏剣術はまだまだヘタッピだが、風術や円月輪を扱わせたら大人の忍者も顔負けだからな……」
「えへへへへ……それほどでもないです、ふんすっ!」
黄蝶が紅羽と竜胆の前に立って鼻息荒く、胸をそらせてドヤ顔をした。
「おおっ……無い胸はってドヤ顔だな……黄蝶」
「ちょっとぉ! 無い胸は余計なのです、紅羽ちゃん。黄蝶はまだまだ成長途中なのです!」
黄蝶が階段に座る紅羽に正面から胸の双丘を両手でもんだ。
「ひゃああん! なに……すんだ黄蝶……」
「ぷぷぷ……男の子みたいな喋り方の紅羽ちゃんが乙女の声になったのです」
「おいおい、黄蝶。破廉恥なマネはよすのじゃ……」
あきれた目で二人をみる竜胆だが、いつの間にかその背後にまわった黄蝶が竜胆の胸乳を揉みしだいた。
「きゃあああああっ!!」
「おおっ! 竜胆ちゃんは紅羽ちゃんよりも大きいおっぱいなのです!」
こちらも普段の公家娘風の喋り方から乙女の声と変じた竜胆の水蜜桃を、黄蝶が驚嘆の声で揉みしだく。
「ええい、やめんか淫獣!」
ポカリッと音がして、黄蝶は紅羽に蜜柑のようなタンコブをくらった。
「痛いのですぅ~~~~」
閑話休題。ふたたび一行は徒歩で浅草に向かった。
「それにしても人間の目玉を盗むとは奇怪な事件だな……」
「うむ……実に猟奇的な事件よのう……」
「しかし、一つ目小僧や三つ目入道なら聞いたことがあるが、目玉のいっぱいある妖怪って初耳だなあ……」
「竜胆ちゃん、“百目の通り魔”妖怪の目当てはつくのですか?」
「そうじゃのう……目がさくさんある女であるから、『百々目鬼』に似ていると思うが……」
「えっ? ドドメ色ですか?」
「違うよ黄蝶、竜胆はドヨメキといったんだ」
「二人とも違う! 『百々目鬼』じゃ……その昔、長い手を利用して掏摸となった女が、盗まれた金の祟りによって妖怪になったという話じゃ」
百々目鬼はその名のごとく、掏摸をした腕に百の鳥の目玉がついた特徴がある。昔の銅銭には現在の五円玉や五十円玉のように穴が開いており、穴に糸を通してまとめたりした。この銅銭の穴を鳥の目に例えて、銅銭を鳥目銭ともいう。
「百々目鬼は道を通る人の前に現れては驚かしたり、妖怪となった己の因縁話を話したという……」




