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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
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蜘蛛縛り独楽地獄

 手甲剣をかざして迫る地独楽の文吉。


 それに対して秋芳尼は袈裟から戒刀を出して前にかざした。


 だが、さきほどの眠り粉が効いて身体が上手く動かない。


「よくも黄蝶を……わたくしも天摩忍群の頭目……ただではすませません!」


 毅然として抵抗をみせる秋芳尼にたいし、文吉は両手をあげておどけた。


「ほう……尼さんが抵抗するか……いいぜ、やってみろよ」


 文吉が両手を前に突き出した。


 すると、手甲の手の平側からバシュッと音がして、細い紐が幾条も飛び出し、秋芳尼の首と手頸足首に蛇のごとく巻きついていった。


「きゃっ!?」 


 細い紐が蜘蛛くもの糸のように尼僧を緊縛していった。


 文吉は横手に繁茂した柳の木に向かって移動すると、秋芳尼も引きずられていく。


「さっきの黒蛇のお返しよ……」


 哀れ、秋芳尼は首と両手首、両足首を紐で縛られ、左右の柳の木の幹に五つの方向からはりつけにされてしまった。


「なんですこれは?」


「ひひひひ……まるで蜘蛛の巣にかかった美しき蝶ってところだな……仕上げといくぜ!」


 文吉が両手に持った独楽を投じた。


 すると、独楽は秋芳尼ではなく、拘束している紐の木の幹側に着地し、そのまま回転する。


 五つの紐に着地した独楽は刃を突き出し、ノコギリ独楽に変形した。


 殺人独楽は不気味な回転音をたてて、しだいに比丘尼の方へ迫っていった。


「これぞ『蜘蛛縛くもしば独楽地獄こまじごく』よ……あと少しで尼さんはノコギリ独楽に全身を引き裂かれてあの世へいくぜ。堅洲国かたすくに伊邪那美命いざなみのみこと様も、この美しい生贄いけにえにさぞや満足するだろうなあ……」


 文吉はうっとりとした表情で尼僧を見つめた。


「イザナミへの供物……冥眼影流とは生贄をささげる邪教集団が正体でしたか!?」


 日本中世に設立した武芸道場の多くは神仏の神秘主義と結びついていることが多い。


 神道流のように神から授かった剣法という流派もあれば、道場の格を上げるため、創始者が神仏の加護を受けて奥義に開眼したとする道場流派もある。


 いずれも精神的支柱として神仏を奉る場合が多い。


 むしろ神秘主義を排した小野派一刀流はこの時代では異色の存在であった。


 であるから、武芸道場である冥眼影流が、精神的支柱である伊邪那美命に生贄を捧げるなど前代未聞である。


 冥眼影流とは、犠牲者を絞殺して死の女神カーリーへの供物とするインドの秘密結社タギーに似た教義をもつ暗殺教団なのかもしれない。


 ノコギリ独楽の回転刃が奇怪な回転音をあげて、秋芳尼の柔肌にせまった。


「……わたくしもここまで……」


 秋芳尼が覚悟を決めたとき、空の彼方かなたから円月輪が飛来し、拘束紐を切断した。ノコギリ独楽が空しく地面に落下していく。


「これは黄蝶の円月輪!?」


 安堵した秋芳尼が地面にぺたりと尻餅しりもちをついた。


 紐を切断した円月輪が獲物を仕留めた鷹が、鷹匠たかじょうに戻るように元来た方向へ戻る。


「なんだと!?」


 地独楽の文吉が振り返ると、死んだはずの黄蝶が立っていた。


 両手に円月輪が戻って受け止める。


「生きていたのですね、黄蝶!!」


「大丈夫ですか、秋芳尼さま!!」


「莫迦な……貴様はアオカブトの毒で死んだはず……」


 少女忍者が尼僧のもとへ駆けつける。


「これが身代りになったのです!」


 黄蝶が懐から富吉にもらった独楽を出してみせた。殺人独楽の芯が刺さっている。


「なぜ……なぜ、お前が独楽を持っている!?」


「少し前に富吉さんに……もらったのですよ」


「くそ……誰だか知らねえが……命冥加な奴……しかし、眠り粉を浴びたはず……なぜ動ける?」


 黄蝶は懐から印籠を取り出した。


「忍びはふだんから毒消しを持っているのですよ!」


「なっ……忍びだとぉ!? ふん……なるほどな……天摩流とは忍びの技をふくむ流派だったか……」


「秋芳尼さま……浅茅様に作ってもらった毒消しを呑むのですぅ」


「わかりました……黄蝶」


 尼僧は印籠を取り出し、毒消しの丸薬を取り出して口に含んだ。


「小娘……やるじゃねえか……あっしが今まで戦った中じゃあ、一番小気味がいい相手だったぜ……あっしは強い奴は誰だろうと尊敬することにしている」


「小娘じゃないです、黄蝶です!!」


「黄蝶か……いい名前だ……お前、あっしの所へ来ないか?」


「ほへ? なんでです?」


「訊いたぜぇ……鳳空院てのは、貧乏寺だそうじゃねえか……育ち盛りの子供が喰いたいものを腹いっぱい食えないなんて哀れだよなぁ……」


「むっ……」


「おめえの体術は見込みがある……立派な女刺客に仕込んでやるぞ……」


「女刺客!?」


「そうなりゃ、高い金を稼げるぞぉ……うまい喰い物も毎日食えるし、綺麗な着物べべだって買えるぜ!!」


「……そんなの願い下げです!! たとえ貧しくても楽しく暮らしているのですよ」


「黄蝶……よく言いました……」


「秋芳尼さまに危害を加えるならお仕置きするのですよ!」


「お仕置きとは恐れ入る……だが、あっしは闇の始末屋……殺しの玄人くろうとよ。依頼された仕事はたとえ相手が女子供だろうと完遂するぜ!」


「なんだか恰好(かっこう)よさそうなこといっているけど……人を殺しちゃ駄目なのです!!」


「けっ……調子の狂う奴だ……だが、グズグズしていられん、こいつで決めるぜ!」


 地独楽の文吉が懐から爆薬のついた独楽を四つ取り出して黄蝶と秋芳尼に向けて投じた。


「必殺・爆炎独楽ばくえんごま!」


 黄蝶は印を結んで摩利支天の真言を唱えた。


「天摩流風術・つむじ風!」 


 黄蝶の身体から出た神気が小規模の旋風を発生させた。


 斜めに進撃する旋風が爆弾独楽を跳ね返し、刺客に爆炎が飛び散る。


 慌てて跳躍して逃れる文吉。


「なに!? あの小娘……須佐美の旦那と同じような術を使うのか!?」


「風術を使う人が他にもいるのですか?」


 空中に飛んだ文吉の背後から可愛い声がした。


 いつの間にか文吉の背後に風に乗って跳躍した黄蝶がいたのだ。


「なにっ!? いつの間に……」


「天摩流体術・飛蝶ひちょう八艘跳びなのです……とうっ!!」


 文吉の背後から回し蹴りが飛んで脾腹ひばらを打った。


「ぐふぅ……」


 文吉は地面に叩きつけられ気絶した。


 そのかたわらに着地する黄蝶。


「やっと倒したのですぅ……」


「お見事です、黄蝶!!」


 秋芳尼が駆け寄ってきて、黄蝶に抱きついた。


 小さな勇者の勝利であった。


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