魔剣・真空斬り
「ほお……よけたか……」
須佐美源蔵が感心したように二女忍をみやる。
「なんだったんだ、今の技は!?」
「あれは……黄蝶の風術・鎌鼬と同じ技……真空の刃じゃ!?」
「よくぞ見ぬいた……これぞ真空斬りの秘技よ」
「真空斬りだと!? 厄介な技をつかう奴だ……でも、黄蝶の技とは違和感があるような……」
真空斬りとは……空気中に真空を生じ、そこに人体が触れると、突如として出血し、裂傷を生じさせる鎌鼬現象をつかった闇の技である。
黄蝶が風の神気を制御して真空破を発生させるのに対し、須佐美源蔵は居合抜きの素早い速さで、三日月型の真空を自在に作ることができた。
竜胆が敵を睨んだまま紅羽に低声で、
「真空斬りは、抜き身を一度、鞘に戻さぬと出来ぬとみた……」
「すると、抜き身を戻す前に決着を付ければいいわけか!」
「じゃが、二人とはいえ、間合での近接戦で勝てるかどうか……」
「うだうだ考えている暇はないぞ、竜胆! 時間を無駄にすると、秋芳尼さまと黄蝶が気がかりだ……一か八かに賭けよう!!」
紅羽が懐から棒手裏剣を連続打ち、須佐美が刀剣ではね返す間に、斬り込みをかけた。
「……うむ、ここは紅羽の言う通りじゃ!!」
続いて竜胆も追いかけた。
紅羽が右の紅凰で横から打ち込み、須佐美が刀で弾く。
その間に左の赤鳳が須佐美の太股を殴打せんと迫る。
だが、闇の始末屋の返す刀が弾く。
その最中に竜胆が右側から横薙ぎの薙刀の峰を須佐美の左脇におくった。
だが、これも飛燕のごとき素早い返し刃が弾いた。
紅と青の猛烈な乱打が続き、すべて刺客に弾かれた。
竜胆の石突が須佐美の鳩尾を狙う。
だが、半身となって避けられた。
「なぬ!?」
薙刀の柄を須佐美源蔵がガッキと脇と左手でつかみ、柄ごと竜胆を持ち上げた。
半回転して紅羽に放り投げる。
「きゃうぅ!?」
紅羽は竜胆を傷つけないよう、両手の比翼剣を投げ捨て竜胆を受け止める。
その反動で二人は抱き合いながら地面を転がる。
そこへ須佐美が竜胆の薙刀をつかんで投げた。
「うわぁっ!!」
慌てて紅羽が竜胆を抱きかかえたまま左に避ける。
今までいた地点に薙刀の刃が地面に突き刺さった。
「ふっ……よくぞ、短時間で真空斬りの弱点を見抜いたなぁ……確かに刀を鞘に収めさせない策は面白い……だが、わしの間合を取れぬでは話にならぬわっ!」
「くそぅ……」
二人はすぐさま立ち上がり、薙刀と二刀を取りに戻る。
その間攻撃されなかったが、すでに魔剣は納刀されている。
なんとなしに小休止となり、紅羽と竜胆は武器を須佐美源蔵の眼にすえて、互いににらみ合った。
紅羽と竜胆が肩で息をついているのに対し、須佐美を見ると、
「彼奴め……息は整っているようだぞ……」
「うむ……最低限の動きで我らの乱打を躱しているからじゃな……」
「くそう……奴に弄ばれているのか……」
「またあの真空斬りが来るぞ……避ける用意をするのじゃ」
「だけど……さっきの技……真空にしては、禍々しい殺気があふれていたぞ……まるで真空に殺気を刀に込めたような……」
須佐美源蔵がニヤリと嗤い、
「よくぞ見た……あの気魄はわしの身体から生み出される猛気が正体よ」
「モウキ!? ……なんだよ、それ?」
「……その字のごとく猛々しい気性が生みだす神気じゃ……善き心が使えば勇気となり、悪しき心が使えば邪気となる……貴様は猛気使いのようじゃな」
「つまりは神気術……練丹法の流れを組む使い手だったのか!?」
神気術を使う術者は天摩流だけではなかったと気がついて慄然とする思いだ。
「妖霊退治人というだけあって、よく知っているな……わしの猛気を妖刀・天逆毎で倍増させて真空の刃と化すのよ」
須佐美源蔵は抜き身の刀を手間に突きだして見せびらかした。刀文が陽光にあたり妖しい光を放つ。
「妖刀じゃと……神話において天逆毎は、暴風雨の神様である素戔嗚尊が体内に蓄積された猛気を吐き出し、その猛気から生まれた女神のことじゃな……」
「あたしも訊いたことがある……たしか、天狗や天邪鬼を生み出した妖怪の母神だったな……」
天逆毎とは、高い鼻に長い耳と牙を持つ獣面女神で、ものごとが己の思う通りにならないと暴れる荒神である。
「くわしいな……そうとも、魔剣・天逆毎の真の力を引き出す技が、冥眼影流の刀法よ」
「冥眼影流だと!?」
「はじめて訊いたのじゃ……」
「それはそうだろう……裏の暗殺術を教える、闇の流派だからな」
「……すいぶんと親切に種明かしをしてくれたものじゃな」
「くくくくく……冥土の土産よ……わしは暗殺稼業とは別に、強き武芸者を見つけて斬ることを至上の喜びとしているのでな」
納刀していた須佐美源蔵がふたたび抜き打ち、見えない真空塊を紅羽におくった。
「喰らえ、真空天魔雄斬り!!」
天魔雄とは、天逆毎がひとりで産みだした子供の暴神で、ほかの荒神や魔神を従わせて九天の王となった。
「くそっ……またあの技か!」
疲労のたまった紅羽の眼は、朦朧とかすみ、周囲のもの全てが歪んで見える。
そのイビツな視界が、紅羽に向かって迫ってくる。
「避けるのじゃ、紅羽!!」
ハッと気づいて、紅羽は右に飛び退き、そのあとを真空の衝撃波が流れ過ぎ、むなしく背後へと流れ去る。
その先に、紅羽を背後から斬ろうと近づいていた博徒がいて、真空塊が彼の左肩から右の腰骨にかけて斜めに切り裂き、真空の衝撃波はそのまま後方の木に命中し、これも斜めに伐り倒した。
「ぐうぅぅ……がふぅぅ……」
「ちっ……さ余計な真似をするからこうなる……」
「己之助ぇぇぇ!!」
源蔵に両断された博徒の兄・魚沼の辰造が駆け寄り、腕をとり、頭を膝にして、声をかけたが、己之助はほどなく絶命した。
辰造が大声をあげて泣き喚いた。紅羽と竜胆が痛ましげに見やり、須佐美源蔵に視線を向ける。
「仲間を斬るとは……なんてことを……」
「仲間だと? ……こいつらはお前達の腕を見るため雇った野良犬……つまりは捨石よ……烏合の衆ではきさまらを倒せんと、初めから踏んでいた」
「なんて奴だ……人の命を何だと思っている!」
「策略のために人を踏み台にする……まさに悪鬼邪神の生まれ変わりじゃな……」
「ふん、田久保勘助らから話を訊いた……お主らが容易ならぬ武術の使い手だとな……天摩流とは、忍びの流をくむ武術と見た」
「なっ……そんなことまで分かるのか?」
「ああ……わしは以前、ある藩で隠し目付をしていた……隣藩から送られた間者や、幕府が潜入させた御庭番を見つけ、処断するのが役目よ……つまり、忍者狩りはお手の物ということだ!」
そこへ狂乱した魚沼の辰造が長脇差を振り回し、須佐美源蔵に斬りかかった。
「てめえ……須佐美のドグサレ野郎! よくも弟を!! 己之助を!!!」
「……莫迦な奴……弟とともに根の国へ旅立て!」
闇の始末屋が居合抜きで鎌鼬を送った。
刀から飛来した気魄に対し、魚沼の辰造が長脇差を前に出して防御した。
だが、見えない真空塊は長脇差の刀身を折り、そのまま顔面に命中した。
血飛沫が飛び、肉が柘榴の実のように割れていた。
前のめりに辰造は地面に倒れ、血の池が広がった。
さきほどの技が三日月型の真空の刃なのに対し、こちらは毬状の真空の砲弾を撃ったのだ。
「冥眼影流……真空柘榴割りよ……」
「なんと……真空斬りは鋼の刀をも切断できるとはのう……」
「こりゃあ、黄蝶の鎌鼬よりも威力が強いぞ……比翼剣でも防げるかどうか……」
ただならぬ強敵に対し、紅羽と竜胆の頬に冷や汗がつたった。




