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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
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刺客・須佐見源蔵

 嫌なせきの音と、異様な気配を感じて紅羽と竜胆、戸賀崎主従が振り向くと、やけに肌が黄色みをおび、蓬髪ほうはつが肩までのび、病み衰え、やせこけた浪人が立っていた。


「戸賀崎……逢いたかったぞ……ごほっ……ごほっ……」


「その声は……まさか……砂庭主水さにわもんどか!?」


「うっ……ぐふっ……そうだ」 


 砂庭主水は咳き込んで、血泡をふいた。


 紅羽はいぶかしげに、


「知り合いかい? 戸賀崎先生……」


「ああ……因縁の相手だ……ここはわしにまかせて、お主たちは他の刺客どもを……」


「わかった……まかせるよ……」


 紅羽と竜胆は他の刺客に立ち向かっていった。


 一方、戸賀崎熊太郎と砂庭主水は……


「主水……お前は昔、西国のある藩に剣術指南役で仕えたと風の噂で訊いていたが……」


「ああ……たが、役目をしくじって浪人した……今では、三両ぽっちで尼や女子供を襲うクズに成り下がった……笑いたければ笑うがいい!」


「主水……きさま……酒毒しゅどくに犯されているな……」


 妙に黄色い肌は、黄疸おうだんの症状である。


 重い肝不全でアルコールが解毒できない肝不全になり、自家中毒症をわずらっているようだ。


「センセェ……あいつは?」


「こやつはかつて……わしと同じ江戸四谷にある福井道場で、ともに神道無念流を習い、互いに競い合った男よ……わしより一歳だけ上のはずだが……」


 病み衰えた肉体は一回り以上老けてみえた。


 富吉が心配げに戸賀崎熊太郎を見上げ、


「ええっ!? ……それじゃ、兄弟弟子ってやつですかい?」


「そうだ……ともに道場の板の間を雑巾がけし、撃剣試合をし、切磋琢磨した仲よ……だが、主水は若い頃から素行が悪く、新入生をいびって怪我させたり、町人などを脅して金を巻き上げ、喧嘩沙汰で人を傷つけ、再三注意していた福井先生も、怒って奴を破門しまった……」


「ふっ……実力ならば俺のほうが上だ……破門されなければ、俺が神道無念流を継いでいた……その証左しょうさをここでみせてやる!」


 砂庭主水が刀を大上段から戸賀崎に向けて振り下ろした。


 鋼がうなり、病身とは思えぬ壮烈な気魄で襲いかかる。


 戸賀崎熊太郎は打刀ではね返した。


「よせ……主水!! きさまはもう……」


「いうな、熊太郎……俺の相手をせい!!」


 血泡をふきながら、砂庭主水は戸賀崎にむかって斬りかかった。


 すでに病床についていなければならないはずの体がやけに身軽に動き、太刀筋が重く骨まで断つ勢いがある。


「くっ……本来は病臥の床についているはずの身体……奴を突き動かしているのは、執念……まさに剣鬼けんき!」


「センセェ……及ばずながら、おらも助太刀を……」


「いや、返って邪魔になる……これは剣客同志の決闘だ……そこで、わしと主水の戦いを見届けよ……万が一の時は清久村の父母と弟にわしのもとどりを届けい!」


「そんな、縁起でもねえ……」


「りゃああああっ!!」


 残りわずかの命を力に変え、剣鬼の必殺剣が戸賀崎熊太郎を襲った。


 迎え撃つ熊太郎の剛剣が銀蛇を放つ。


 が、砂庭主水の痩せこけた身体はするりと柳の枝のようにかわした。


 閃く剣尖が熊太郎の頸動脈をすれすれに迫った。


 あと一歩飛び退くが遅ければ、血飛沫ちしぶきあげて倒れていた。


 戸賀崎熊太郎の頬を冷や汗が一筋流れる……




「往生しやがれ!」


 ならず者どもの白刃が閃き、男装剣士を襲撃する。


 紅羽は両手の二刀を外側に伸ばし、爪先立ちとなった。


「天摩流双刀術・回転斬り!」 


 娘剣客はスケート選手のトリプルアクセルのように宙を浮いて高速回転した。


 高速回転する紅い独楽こまの刀身が、ならず者たちの長脇差や打刀を弾き飛ばした。


長脇差どすがっ!!」


 回転の止まった紅羽の双太刀の峰が振り下ろされ、鶺鴒せきれいのように跳ねあがる。


「ぎゃああっ!!」


「うわあぁぁ!?」


 比翼剣があざやかに閃き、博徒どもの急所を叩きつけ、将棋倒しのごとく倒してゆく。




「でえええええい!!」


 薙刀の中心部を握った竜胆が得物を回転させ、怒涛のごとく押し寄せる無頼浪人どもに立ち向かっていった。


「天摩流薙刀術・水車すいしゃ!」


 薙刀が水車のごとく華麗に旋回し、刃の峰が、石突の先端が不逞ふていやからどもの刀を吹き飛ばす。


 無頼漢どもは慌てて脇差を抜いて応戦するが、鳩尾を石突でつかれ、回転する柄で転ばされ、地面を舐めさせられた。


「ぐえええっ!?」


「がふっ!!」


 白目をむいた浪人がごろごろと土手道を転がってゆく。




「大方の刺客どもは倒した……残っている奴は何人だ?」


「あと数人じゃ……はやく倒して、秋芳尼さまに合流するのじゃ」


「おうっ!!」


 その前に大柄な影……深編笠の武士が現れた。


「なかなかやるなぁ……天摩流の護衛……紅羽と竜胆とかいったか?」


 須佐美源蔵が剣尖を紅羽と竜胆にむけ、闇の始末屋とにらみ合った。


 肌が冬の寒空にいるかのように引きしまり、背中がぞくりとし、胃の腑の辺りがギュッと引き締められる感覚がする。


 他の刺客どもより明らかに格上の気を発している。


「お前が刺客団の頭目株か……」


「……貴様は何者じゃ?」


「くくくくく……冥途の土産に教えてやろう……わしは須佐美源蔵……人斬りよ!」


 深編笠をとると、額の真横と左眉尻の上下に大きな十字刀痕のある凄まじい表情の顔が現れた。


「須佐美……刺客どもの雇い主か!?」


 紅羽と竜胆が眼を凝らすと、その背後に黒褐色でモヤモヤとうごめき、三つ穴の顔のようなものが生じては消えを繰り返す、怨嗟えんさに満ちたいくつもの霊体が見えた。


「お前……背中に怨霊がついているぞ……」


「それも一つや二つではないのじゃ……何十人もの怨嗟の声が聞えるのう……」


「ほう……妖霊退治人とかいったが、本当に霊が見えるのか? くくくくく……」


「なにがおかしい!」


 須佐美源蔵は刀を前にかざし、非人間的な笑みを紅羽に向けた。


「わしの剣は人斬り包丁……今までに何十人もの血が染み込み、恨みがこびりついている……わしが斬った者どもの亡者の霊が、毎夜のように夢の中でわしを取り殺そうとする」


「貴様……亡霊にさいなまされ、それでもなお、人斬り稼業を続けているのか……」


「須佐美源蔵とやら……すこしは己の悪行の恐ろしさに懲りたかのう?」


「いいや……ちっとも……」


 須佐美源蔵は背中にまとわりついているであろう亡者たちを見やった。


「亡者どもよ……恨めしいか? 悔しいか? わしを好きなだけ呪うがよい……だが、わしは死なん……くわっははははは!」


 闇の始末屋はうすら笑いを浮かべ、剣尖を二人に向けた。


「貴様らも亡霊の群れの中に加えてやろう……わしを恨んでまとわりつくがいい……」


「こやつ……なんて奴じゃ……人の皮を被った外道めっ!!」


「あたしが比翼剣で叩きのめしてやる!!」


「待て、紅羽……こやつは我らより強い……二人掛かりでゆくぞ!」


「むっ……わかった!」


 巫女剣士が薙刀を聖眼に構え、男装剣士が両手を広げ鶴翼かくよくの構えをとった。


「ほう……いい判断だ……これは尋常の試合ではなく、殺し合いだからな!」


 紅羽が太刀をにぎり締め、右八相から須佐美源蔵に斬りかかった。


 が、重い抜き打ちの一撃が太刀をはね返す。


 その衝撃に手が痺れた。


「ぐっ……」


「ふふふ……手が痺れたか……少し遊んでやろう」


 須佐美源蔵は刀を滑るように納刀した。


 そして、刀の柄を握ったまま、両足を四股のように踏ん張った。


 その隙に間合まあいから遠く離れた。


「剣を戻した……居合か!?」


 鋭い剣尖けんさきが、居合抜きに薙いだ。


 凄まじい一颯いっさつ


「なぜ間合の遠くから居合を?」


 須佐見の抜き打ちから衝撃波が飛来し、紅羽は太刀で受けようとした。


 が、周囲の森の風景が陽炎かげろうのように歪んで見えた。


「まずい……逃げろ、竜胆!」


「わかったのじゃ!」


 とっさの勘が働き、慌てて左右に飛び退いた。


 二人のいた空間を、気魄きはくが凝縮されたようなかたまりが流れ去った。


 ――バシュッ!!


 後方にあったならの木が、中間からられて、右側に轟音をたてて倒れて行った。


「これは……」


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