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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
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天摩の護衛忍

「あらまあ、それは心強い……」


 竜胆が割ってはいり、


「あいや、その心遣いは痛み入りますが、我らの行先はこの先を折れて別の村へ行く途中……お気持ちだけ受け取ります」


「さようか……しかし、我らも遠回りついでにあなた方を送ってまいった方がよいのでは?」


 なおも食い下がる戸賀崎に、松田同心が興味を惹かれ、


「おおっ……さようですか。俺も神道無念流という流派に興味が……あいたっ!」


 竜胆が松田同心の尻をつねったのだ。


 涙目で抗議の視線を送る半九郎を、竜胆は背中に手をやって前に押し立て、


「それに、この松田半九郎殿は中西道場で小野派一刀流の免許皆伝の腕前。頼りになる用心棒じゃ」


「おっ、おお……まあな……」


 柄になく照れる寺社役同心。


「おおっ……今や江戸の二大道場のひとつと言われる、あの……しかし、一人きりでは……もしも集団の賊でも出たら……」


 竜胆が紅羽と黄蝶に目配せする。


「ほへ?」


「……ああ、竜胆のいう通り、気持ちだけ受け取るよ、戸賀崎先生……それにあたし達は天摩流という武芸を学んでいて腕に覚えがあるんだ」


 紅羽が柄をポンと叩き、竜胆も薙刀を一回りさせた。


「なんと、天摩流!?」


「有名な流派なんですかい、センセェ?」


「……いや、初めて訊いた……」


「ずんこけ~~!」


「そのやり取り、さっきもあったのですぅ……」


 川越の方角から材木を乗せた荷車を運ぶ馬と馬追いたちの群れがあり、一同は脇によって道をゆずった。


 馬追いたちは何かを唄っていた。




 〽わしは(ハイ)馬方 ハア 西川(ハイ) エー育ち(ハイーハイ) 


 かかは(ハイ)ハァ飯能の(ハイ)エーななこ織(ハイーハイ)


 天気雨かよ ハアやらすのエー雨か 


 今日の ハァ七国へエー通り雨 


 雨のハァ模様でエー横に降る




 これは馬が材木などの荷車を引いたときに馬子たちが唄った、西川馬方節という道中歌である。


 武蔵国に西川という地名はない。


 明暦の大火ののち復興のため、飯能や日高、毛呂山、越生などの杉、ヒノ牛、桜などがいかだ流しで、入間川や高麗川、越辺川おっぺがわから荒川を経て、大量の木材が流送された。


 江戸から見ると西の川から、川や馬で木材を運んだので、これらの木材を西川材といったようである。


 木材のほかにも、石灰焼き・青梅縞などの特産物は川を利用して舟使や、こうやって街道を往復する陸路使の馬方衆によって運ばれた。




 ゆるい坂を上り、戸賀崎主従は川崎へ進み、秋芳尼一行は右の脇道に折れ、北の荒川沿いの道に向かうことにした。


 秋芳尼一行と戸賀崎主従は手を振ってわかれた。


 尼公は富吉を見つめ、


「……富吉さんは、このまま仇が見つからずとも、ああやって戸賀崎殿の下男として、ときに独楽をつくり、子供たちと遊んでいたほうが幸せなのかもしれません……」


「……そうかもしれないなあ……仇討ちより独楽作りの方があっている人だったよ」


 手綱をひく竜胆の横に黄蝶が寄ってきて、


「だけど、竜胆ちゃん……どうして、戸賀崎先生の同行を断ったのですか? 一緒にいるだけで悪者がよってこなかったと思うのですが」


「あれか? ……あれはのう、秋芳尼さまに身元不確かな者を近づけるわけにはならぬからじゃ……もしも、あの御仁が好人物を装った送り狼であったらなんとする」


「えっ!? ……送り狼って……とてもそうは見えなかったですけど……」


「そうですねえ……貧していても、心は高潔な道場主に見えましたが……」


「うむ……もしかしたら、本当に親切な御仁かもしれぬ……じゃが、万が一刺客であったらなんとする……あの御仁はかなりの腕の使い手と見たぞ。仮に敵になったら厄介な相手じゃ」


「……でもぉ……」


 口をとがらせる少女忍者に対し、紅羽も考え深げに、


「いや、竜胆のいう通りだ……黄蝶、秋芳尼さま……たとえ、あたし達の考えすぎで不義理を重ねたとしても、さっき逢ったばかりの人物をやすやすと同行はさせるわけにはいかないよ」


「紅羽ちゃんまで……」


「それが天摩の護衛忍の務めじゃ、黄蝶……秋芳尼さまは我らが灯火ともしび……灯火は一度消えてしまったら、二度とつかぬのじゃぞ」


 黄蝶が吐胸をつかれように、


「……わかったのですぅ……」


「……わたくしも、護衛忍の配慮を失念しておりました……ごめんなさい」


「いいえ、秋芳尼さま……差し出がましいことを申しましたのじゃ」


「ともかく、気持ちを切り替えて引又村へいこうよ……あたしたちの使命は妖霊退治でもあるし、ね」


 松田半九郎はあっけにとられ、なんだか板橋での岸田同心とのやり取りを思い出した。


 以前、岸田修理亮が町方同心とは疑うのが商売の因果な稼業といっていたが、忍びの者の術を使う彼女達もそうなのかもしれない。


 しょんぼりした黄蝶の背中がやわらかく温かいもので包み込まれ、振り返ると優しい尼僧の顔が見えた。


 瓦偶駒から降りた秋芳尼が黄蝶を背後から抱きしめたのだ。


「わたくしは天摩の護衛忍がいるお陰で、こうして遠出もできます……不義理を重ねてしまうのも、わたくしが原因です、許してくださいね」


「そんな……秋芳尼さまぁ……」


 秋芳尼が竜胆と紅羽を手招きし、はせ参じてきた二人を両手で抱え込んだ。


「あなた達を信じております……」


 神妙な顔で「秋芳尼さま……」とささやいて四人は抱きしめあった。


 取り残された松田半九郎は頬をあからめ、四人がはなれてひと段落すると話かけた。


「なあ、待て、待て……なんだか秋芳尼殿が何者かに狙われているような話をしているが、それは真実まことなのか?」


 三女忍が気まずげに顔を見合わせた。


「……はい」


 秋芳尼がすこし悲しげに答えた。


「そうだったのですか……」


「……松田殿、このことは天摩衆の問題です……仔細は訊かないでくだされ……」


「頼むよ、松田の旦那……天摩忍群にもいろいろあるんだ……」


「………………」


 突然の打ち明け話に、しばし押し黙った松田半九郎。


「うむ……武士として、他家のことを興味本位で詮索することはしないでござる……しかし、逢ったばかりの人物というが、かくいう俺も四月下旬に逢って以来、まだ二月半ほどにしかならぬ……俺が妖霊退治に同行せぬほうが良かったかなあ?」


 他の寺社方同心は妖霊退治を依頼するだけで、同行する者はほとんどいない。


「あらまあ、ほほほほほほ……松田殿は別でございますよ」


「えっ!?」


「そうじゃなあ……松田殿は、顔は強面こわもてじゃが、真面目で堅物で信頼できる御仁じゃ」


「松田のお兄ちゃんとは、今まで一緒に妖怪や悪者と戦ってきたじゃないですか!」


「そうだな、不器用でまっすぐで、それで貧乏くじを引いて……とても裏で悪事をやっている男には見えないよ」


「お前達……嬉しいことを言ってくれるじゃないか……」


 半九郎の眼尻に熱いものが込み上げてくる。


「この道中でもしも刺客が襲ってきたときは我らで対処いたします……田辺藩藩士である松田殿は手を出さないでくだされ」


 だが、松田半九郎は口の端をあげ、


「そう、水臭いことをいうな……男は敷居をまたげば七人の敵あり、という……八人目の敵が加わってもたいして変わらんさ」


 そういって寺社方同心は莞爾かんじと笑う。


「しかし、松田殿……」


「それに秋芳尼殿やお前達に非があるとはどうしても思えん……小野派一刀流は正義の剣、俺が刀術を学ぶのは大事な人たちを守るためにある。何と言われようと助太刀するぞ」


「……やれやれ……松田の旦那は頑固でもあるしなあ……」


「ああ、そうさ……俺は頑固一徹、一度決めたことは、そうそう曲げぬ」


「ありがとうです、松田のお兄ちゃん!」


「かたじけない、松田殿……」


「ふふふふふ……頼もしい御方ですね、松田殿は……」


 青空の下、とんびがピーヒョロロロロ……と鳴いていた。


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