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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
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白子宿

 秋芳尼一行は下練馬宿から、道標の一里塚をいくつか越えた。


 四半刻ほど歩くと次の宿場・白子宿しらこじゅくだ。


 白子は古代に渡来人が開拓した土地で、もとは新羅と呼ばれていたのが、いつしか白子に転訛したようだ。


 豊富な湧き水にめぐまれ、酒造りが多い宿としてにぎわった。


 白子宿は天正十五(1587)年に開設したというから、太閤秀吉が九州遠征をした頃からあるようだ。


 秋芳尼一行は曲がりくねった新田坂しんでんさかをくだり、八坂神社を横目に、白子橋をわたると、上・中・下宿からなる白子宿が見えた。


 旅人や馬子などでにぎわっている。


 今度は瓦偶駒の手綱を紅羽がにぎり、黄蝶と先頭を歩き、真ん中に馬上の秋芳尼、その後ろで竜胆と松田が連れ添って歩いていた。


「この宿場町もにぎわっているなあ……」


「あっ……なにか飛んできたです」


 黄蝶が指差すと小さな影が行く手の往来の地面に飛び込んできた。


 「すわ、敵襲か?」と紅羽が刀の柄を握り締め、黄蝶が帯から円月輪をだし、竜胆が薙刀を構える。


 その姿に松田同心がギョッとした。


 が、小さな影は木製の粗末な独楽こまであった。


「なんだぁ……オモチャの独楽かぁ……」


「びっくりしたのですぅ」


「マキビシか火薬玉かと思ったのじゃ……」


 構えをといた三人娘に呆れる寺社役同心。


「おいおい……こんな往来で襲われるわけでもなし、大げさな奴らだなぁ……」


「……いや、ちょっとね……あはははは」


「ごめんよぉ……お姉ちゃんたち……」


 路地から洟垂はなたれ坊主が三人ばかり飛び出してきてあやまり、独楽をひろった。


 路地に戻ったのをのぞくと、子供たちが独楽を地面に投げ合ってぶつけるケンカ独楽で遊んでいた。


 だが、独楽がうまく回転しないで止まったり、回転するが斜めになったりして、すぐ止まってしまう。


「ちぇ……うまく回らないなぁ……」


 そんな子供達をほほ笑ましく見守り、


「やれやれ……男の子は腕白な遊びをするなあ……」


「ともかく、先を急ごうぞ……」


「出発なのです!」


 気を取りなおして先を見ると背後から声がかかる。


「おおっ!? そこもとたちは……さきほどの尼御前!」


 大きな声におどろいて振り返ると、板橋大木戸でなくした通行手形を占った浪人先生とお共の下男・富吉がいた。


「あらまあ……さきほどの……」


「あっ、大木戸で裸ん坊になった、ふんどし侍さんですぅ!!」


「おいおい、妙な仇名あだなで呼ぶな……そこな珍妙な髪型をした女童めわらべ……」


「きゃはっ、ごめんなさいですぅ……黄蝶というですぅ」

「わたくしは秋芳尼と申します……こちらは紅羽と竜胆……」


「俺は松田半九郎ともうします」


「これは丁寧に……わしは戸賀崎熊太郎とがさきくまたろうと申しまして、麹町こうじまち神道無念流しんとうむねんりゅうの道場をひらいておる者ですわい」


「えっ……神道無念流だってえ!?」


「なに……神道無念流となっ!?」


「知っているのですか、紅羽ちゃん、松田のお兄ちゃん!!」


 戸賀崎熊太郎と称する浪人先生はふんぞり返り、

「ふんすっ!」と鼻息を荒くした。


「いや……訊いたことがないなあ……」


「俺もはじめて訊いたでござる……」


「ずんこけ~~~!!!」


 戸賀崎先生もしょんぼりと猫背になり、大きな身体が縮んだようだ。下男の富吉が背中によりそい、


「センセェ……元気を出しておくんなせえ……」


「おお……すまん、富吉……わしの知らぬ間に有名になったかと思いきや、現状を突きつけられて、ちょいと凹んだ……」


「センセェ……」




 神道無念流といえば、江戸幕末期に斎藤弥九郎の神道無念流・練兵館道場とし名を馳せ、千葉周作の北辰一刀流・玄武館、桃井春蔵の鏡新明智流・志学館とともに高い人気をほこった『江戸三大道場』のひとつである。


 だが、天明元年の頃の剣術界は、中西忠蔵子武の中西派一刀流と長沼史郎左衛門国郷の直心影流が隆盛であった。


 武蔵国(今の埼玉県と東京・神奈川の一部をふくむ)では、岡部藩の無限流、岩槻藩の直心影流、忍藩の浅山一伝流、川越藩の鐘捲流が藩士によって修行されているくらいだった。


 戸賀崎熊太郎暉芳てるよしは神道無念流宗家の二代目であり、このときは数多くある新興の中小流派道場にすぎなかった。




「いまはまだ世間に知られていねえけども、剣術道場は江戸にも日本中にも、いっ~ぱいあるけんども、戸賀崎センセェの剣術が一番だよ!」


 すると、戸賀崎先生の背筋がのび、


「富吉……そういってくれるのは涙が出るほど嬉しい……だがな……」


「へい?」


「他流をそしるべからず! 剣を知らざる人に向いて、おのれの芸をほこりとすべからず、だぞ」


「へへぇ……そうでした……大センセェ……」


 富吉が深く頭を下げる。


「ううむ……なんと立派な御仁だ……江戸の在野ざいやにこれほど高潔な人物がいたとは……」


 松田半九郎は目を見開いて戸賀崎主従をあおぎ見る。


「あらまあ……己のほっせざる所は人にほどこすなかれといいますが、いかなる場合も実行している方はそうはいません……なかなかのお人のようですね」


 黄蝶が紅羽と竜胆に振り向いて、


「己のほっせざるなんとかって、どういう意味ですか?」


「え~~と……ホッセざるというおサルさんが住むところは、ホドコすなというスナがあるってことかな」


「えっ!? ホッセ猿なんていたんですか?」


「全然ちがうわ……自分がして欲しくないことは、他人に対してしないほうがよい、ということじゃ……要はどんな時も“思いやり”が必要ということじゃな」


「なるほどぉ……あやうく紅羽ちゃんにだまされる所だったのです」


 黄蝶がジト目で紅羽を見上げる。


「あはははは……」




 神道無念流の開祖は福井兵右衛門嘉平といって、下野国で牧野円泰に一円流をまなび、武者修行ののち信濃戸隠山の飯綱大権現に参籠して剣術の奥義をさとり、神道無念流を打ち立てた。


 福井兵右衛門嘉平の一番弟子が戸賀崎熊太郎であり、神道無念流宗家を継承する。


 戸賀崎熊太郎は武蔵国埼玉郡清久きよく村(今の埼玉県久喜市)出身で、富農の家に生まれた。


 先祖は武家であった誇りと、幼きころから恵まれた体格と向上心があり、剣士に憧れ十六歳のときに江戸四谷にある福井道場に入門した。


 一番弟子の彼は二十一歳の若さで免許皆伝を授かり、同流の宗家となった。


 その後、諸国を七年間武者修行し、七年後に故郷の清久村に戻って道場を開き、近所の者に剣術を教えた。


 三年前の安永七(1778)年、三十五歳の戸賀崎は江戸麹町裏二番町(今の千代田区麹町二番町)の門奈孫一郎邸内に道場を開いた。


 それから三年が経ち、戸賀崎熊太郎は三十八歳となっていたが、この頃の神道無念流は無名であり、門弟は少なく、経営は苦しかった。




「わしの実家は清久村の富農であるが、元をただせば城持ちの武士であった……戦国の頃に帰農して、隠れ郷士となったが、わしの魂は武士の出であるという誇りがある……剣士として名を上げるのが夢であった……しかし、道場経営はなかなかうまくいかず、貧乏所帯よ……今も米櫃こめびつが底をつきそうなので、実家に金を借りにいく始末……とほほほ……」


「センセェ……しっかりなすってくだせえ……」


 富吉が親身になって戸賀崎先生をはげましているのを見た黄蝶は、


「それにしても、富吉さんは戸賀崎先生を尊敬しているんですねえ……」


「へい! もちろんですとも! おらは下総の早尾村生まれの百姓ですが、ゆえあって家を出て旅している最中、行き倒れているところをセンセェに拾われましただ……」


「あらまあ……そうだったのですか……よい方に拾われましたねえ……」


「ええ、そうなんです、秋芳尼さま……おらはセンセェの下男の仕事をさせてもらって、空いた時間に剣術を教えてもらってますだ……なんせ、道場の月謝が払えねえもんで……」


 富吉は背中の帯にさした木刀を取り出して、「エイヤァ」と素振りの真似をした。


 その足許にまた投げ独楽が飛んできてぶつかった。


「うわあっ!! ひええええええっ!?」


 富吉は足を斬られたかのような悲鳴をあげた。


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