森の中で
森の奥では、垢じみた羽織に山袴をはいた浪人ふたりが、粗末な着物の村娘をかついで広場のような場所にでた。
炭焼き小屋があるが、誰もいない。
二人組は田久保勘助と川口喜惣次といって、元は御家人だが、恐喝や賭博などの罪で江戸払いとなった浪人だ。
再仕官の当てもなく、宿場の地回りの用心棒の口を求めても満員で断られ、今や追剥に落ちぶれていた。
江戸払いになっても深川が恋しく、板橋大木戸前をうろついている。
両名は村娘を広場の草むらに横たわらせた。
山菜採りをしていた娘を背後から籠をつかんで引きずり倒し、気絶して無抵抗な娘に不埒な行いとしようと運んできたのだ。
「ひひひひひ……田舎娘にしては可愛いつらをしてやがる……きっと未通娘に違いないぜ」
「まずは俺が味見してやるぜ!」
「おい、待て、俺からだ!」
「仕方ねえ……三すくみ拳で先駆けを決めるか」
「いいともよ」
三すくみ拳とは虫拳ともいい、ジャンケンの元になった拳遊びだ。
ルールはジャンケンと同じく、人差し指だけ出したヘビ、親指のカエル、小指のナメクジの三すくみで勝負を決める。
「さん、さん、三すくみで、恨みっこなしよっ!」
両名が威勢よく手を出すと、四つの手が出てきて、勘助と喜惣次は人差し指だけ出したヘビ、他の二つの手は小指だけ出したナメクジである。
「くそぉぉ……負けたか……」
「って、誰だ、この手は!?」
田久保勘助と川口喜惣次が眼をむいて手の持ち主を見上げた。
松田半九郎と紅羽であった。
「何者だ、てめえらっ!?」
「通りすがりの者だ……貴様ら、娘をかどわかして悪戯しようとは、武士の端くれとして恥ずかしくないのか!!」
「女の敵、ケダモノどもめ……金輪際ゆるさないっ!」
「う、うるせえ!!」
田久保勘助が腰の刀の柄に手をかける。
その柄頭を松田が右手でギュッと押しつけた。
これでは刀が抜けない。
「なっ!?」
勘助がギョッとして柄頭と松田の顔を交互に見つめ、混乱した頭で背後に下がって刀を抜こうとする。
が、松田がピタリをくっついて抜かせない。
そして、追剥の頬を左の拳固に肩から体重をのせてぶん殴った。
「うぎゃろっ!?」
田久保勘助が弧をえがいてふっとび、大地にもんどり打って叩きつけられ気絶した。
一方、川口喜惣次は刀を抜いて、紅凰を正眼に構える紅羽と対峙していた。
「……刀が錆びているじゃないか……ちゃんと刀の手入れをしないと使えなくなると、金剛兄が言っていたぞ!」
「誰だよ、金剛兄って……知らねえよ!!」
「そんな錆び刀じゃ、あたしに勝てっこないってことさ!!」
喜惣次が右八相から紅羽に斬りかかる。
娘剣士は半身で躱し、男の伸びきった腕に太刀の峰を打ち据えた。
「ぐげぴっ!!」
追剥浪人はあまりの痛みに刀を落としてしまい、紅羽はがら空きの首筋を柄の小尻で打った。
「むっ……うぐぅぅぅ……」
喜惣次は喪神して、ぶざまに倒れた。
追剥二人組を炭焼き小屋にあった縄で近くの杉の大木に縛りつける。
紅羽が村娘をゆすり起こすと、赤いほっぺたのおみちが目覚めた。
「ここは……あっ!?」
「大丈夫だったかい」
「はい……お武家さまぁ……」
「名前はなんというの?」
「……おみちといいます……あの……お武家さまのお名前は?」
「あたしは紅羽だ……通りすがりの寺侍さ」
「まあ……紅羽さま……」
黙っていると見目麗しい女剣士の紅羽に、おみちは頬を上気させて、うつむいた。
そこへ、騒動を訊いて炭焼き小屋の持ち主の百姓がやってきた。
「いったいぜんたい、どうしたというんだ!?」
「ちょうどよい……こいつらは追剥のようだ……近くの宿場役人か代官所に知らせておいてくれ」
「へ、へい……わかりましただ!」
炭焼き小屋の男が宿場に連絡に走り、紅羽と半九郎は秋芳尼達と合流し、おみちを近くの農家に送り届けることにした。
おみちは紅羽の右手にべったりと取りすがって、夢見心地で歩いていた。
「あたし……紅羽さまにお情けをかけられたこと……一生忘れません……」
「なあに、いいってことさ……って、なんか誤解されるような物言いだなあ……」
「やだっ……あたしったら……でも、紅羽さまなら……きゃっ」
「あははは……赤いほっぺがもっと赤くなったよ、おみちちゃん」
「いやだ、からかわないでください、紅羽さまったら……」
そんなやり取りを、後ろから瓦偶駒の手綱を持つ竜胆と秋芳忍がほほ笑ましく見ていた。
「秋芳尼さま、少しおくれましたが、この道を通りかかってよかったですね……おみちの貞操が守られたのじゃ」
「そうですね、竜胆……御仏の導きかもしれません……それにしても……」
「なんですか、秋芳尼さま?」
秋芳尼が紅羽にべったりのおみちを見て、
「うふふふふ……いい構図ですわねえ……二人を絵姿にしてとっておきたいわ」
「秋芳尼さまぁ……」
最後尾を歩く黄蝶と松田半九郎は、
「……それにしても……松田のお兄ちゃんも助けたのに、おみちちゃんは紅羽ちゃんにべったりですねえ……もっとお兄ちゃんにもお礼をいうべきなのです」
「ははははは……おみち坊は怖い思いをしたんだ、少しはいい思いをしてもいいだろう……」
「松田のお兄ちゃんは心が広いのですぅ」
その頃、森の中の炭焼き小屋近くの大木の両側に縛りつけられた追剥浪人ふたりはようやく眼を覚ましていた。
「とほほほほ……情けないことになったなぁ……」
「このままじゃ、宿場役人に捕まってしまう……逃げないと……」
二人が縄を抜け出ようとするが、がっちり縛りつけられ逃れられない。
あきらめたとき、二人の顔に影がかかって振り向く。
逆光で顔がよく見えないが、大柄な武士と中肉中背の町人がいた。
「お前たち……さっきの侍たちに復讐しようとは思わんか?」




