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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
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下練馬宿

 上板橋宿を出て西へ二十五町三十七間(およそ2.8km)、四半刻ほど歩くと飯島弥十郎家の築地越しに、名物の大きな五本けやきがの屋敷林が見えた。。


 次に子育て地蔵が見え、その先には宝暦三年に建立された大山道道標がある。


 なぜか道標の上に不動明王様の像が乗せられている。


 不動明王に見送られ、秋芳尼一行は木戸をくぐって下練馬宿にはいった。


 木下家本陣、内田家脇本陣、平旅籠、木賃宿、問屋場といやば、商家などが立ち並び繁昌している。


「あっちに大きな御屋敷が見えるぞ……」


「ここは常憲院様(五代将軍徳川綱吉)が寛文の頃、鷹場にしたという……その名残の鷹場御殿でござろう……」


「へええ……学者将軍といわれた綱吉公も鷹狩なんてしたんだ……」


「そういえば、常憲院様が将軍になるまえ、脚気かっけになってな……脚気に大根が効くと訊いて、百姓の金兵衛に大根をつくらせたそうだ。その大根を食べるとたちまち脚気が治ったという。その後、将軍になった常憲院様は金兵衛に献上させた大根を、脚気に効く大根として大名たちにふるまったことから、練馬大根は全国津々浦々にひろまって有名になったそうだ」


「へええ……犬公方じゃなくて、大根公方ってところだね」


「そんな呼名、聞いたことないですぅ」


「どいた、どいたぁ~~~!!」


 そのとき、板橋のほうから二人組の継飛脚つぎびきゃくが往来を走ってきた。


 股引に脚絆をはいて、上半身は汗止めのハチマキに諸肌脱ぎの姿である。


 書状か荷物を入れた御状箱を棒の先にくっつけて肩にかつぎ、『御用』と書かれた札をもっている。


 飛脚はナンバ走りという走法で一日に10キロメートル走り、ときには一日100キロメートルを走ったという。


 下練馬宿の問屋場に何かを届け、白子宿へまた駆けていった。


 問屋場から帳付ちょうづけ役人が往来にでて、高札場こうさつばになにかを貼りだした。


「いったい、なんでしょう?」


 気になったので貼り紙を見てみた。


「どれどれ……ええっ~~と、指名手配の人相書きだな。悪そうな顔してら……」


 月代さかやきが伸び放題で、鋭い目つき、顎の四角い、荒々しく引き締まった浪人者の人相書きであった。


 右のこめかみに赤痣あかあざがある。


「本所深川の浪人、垣内小弥太という者の指名手配書じゃな……」


「あらまあ……どうしました、松田殿……」


 比丘尼が寺社方同心の顔色がかわったのに気づく。


「……実は板橋宿で岸田同心と町蔵親分に逢いまして……」


 松田半九郎は板橋での一件を話した。


「……と、いうわけで、二人は深川堀川町の両替商・淀屋仙之助をゆすり、刺して重傷を負わせた罪で追っていたのでござる」


「あらまあ……わたくしたちと別れてそんな事があったのですねえ……」


「いや、待たれよ、松田殿……この者の罪はそれだけではないのじゃ」


 竜胆が人相書きの文句を読み続けた。


「……板橋上宿の乾物問屋・恵比寿屋孫兵衛と手代・梅吉を殺害した疑いがあり、逃亡中とあるのじゃ」


「まあ……おそろしい……」


「なんだってぇ!? 俺は恵比寿屋の裏口で孫兵衛の後添いに逢ったばかりだぞ……どういうことだ!?」


「えええっ!?」


「……おそらく、松田殿と岸田殿たちが離れた直後に事件が起きたのでしょうな……」


「……そんな……わずかの間にか? ……信じられない……」


「ふぅ~~む……すると、この垣内小弥太って凶状持ちは川越道中を逃げているかもしれない……ということだな?」


「ぴえええっ!?」


 黄蝶がおびえて竜胆にしがみついた。


「大丈夫じゃ、黄蝶……お主の腕なら凶状持ちのひとりくらい倒せるのじゃ」


「そうはいってもですねえ……」


「黄蝶の危惧するとおりですよ……追い詰められた獣はとんでもない力を発揮することもあります……油断をしてはいけませんよ」


「はっ……そうですね、秋芳尼さま……侮りは思わぬ失敗を招くのじゃ」


「その小弥太という人も、大人しく罪を認めて自首すべきなのですが……」


「いや……自首しても、打首獄門の刑でござる……いや、よくて終身遠島の刑かな……道中、気を付けましょうぞ」


「そうですね、松田殿……」


 下練馬宿をでると、馬にまたがり、憤怒ふんぬの表情で拝む石仏がみえた。


「おや、この地蔵は……観音様にしては珍しく憤怒の表情だな……」


「これは馬頭観音ですね……この辺りは馬追いが多いですから、荷駄を運ぶ馬の供養のためでしょう……」


 秋芳尼が瓦偶駒から降りて、馬頭観音の前で念仏をとなえた。


 黄蝶たちもならって念仏をとなえる。


 瓦偶駒が悲しげにいなないた。


 この辺りは『捨て場』といわれ、死んだ馬や牛を捨てた場所だという。


 馬頭観音はそんな牛馬を弔うためにある。


 また荷役馬や農工馬などの無病息災を祈る信仰もあった。




 水田の広がる地帯から、森しか見えない道となった。


「あれ? 何か落ちているですよ……」


 道中の草叢くさむらの中で、赤い背負い紐の籠が落ちていた。中身の山菜がこぼれ落ちている。


「むっ……ただ事じゃなさそうだなぁ……」


「あっちに草鞋わらじが落ちているぞ!」


 松田が近くに落ちている片っ方だけの草鞋を見つけた。


 不穏な空気がただよう。


「こっちの藪に、紺の布地の切れ端があるのじゃ!」


追剥おいはぎか? ともかく見捨ててはおけぬ……秋芳尼殿たちはここで待っていてくだされ!」


 松田同心が藪の中の獣道けものみちらしき隙間を走っていった。


「松田の旦那はあいかわらず正義感と熱血漢であふれているなあ……まあ、そこがいい所なんだけど……あたしも見て来るから、秋芳尼さまを頼むぞ、竜胆、黄蝶!」


「わかったのじゃ」


「了解なのです!」


「気を付けてくださいね……」


 男装の娘剣客も熱血同心の後に続いた。


 駒に乗った尼僧を巫女と忍者装束の少女が守っていた。




 それを遠くの藪の中から見つめる影法師がふたつあった。


(うまい具合に寺社方同心と娘剣士が秋芳尼から離れましたぜ……)


(またとない好機……天摩流の小手調べなどしなくても、一気に三人とも始末してしまおうか……)


(そうしやしょう……)


 ――シャン、シャン、シャン……


 白子宿の方から、菅笠すげがさ白衣はくえ輪袈裟わげさを着こみ、右手に金剛杖をつき、左手に持鈴じれい念珠ねんじゅを持った巡礼たちが列をなしてこちらにやって来た。


秩父巡礼か大山詣とおもわれる三十余名の一団である。


影法師たちは舌打ちして藪の中に身を隠す。


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