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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
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板橋大木戸

「しっかし……江戸から日帰りで行ける場所なのに、いちいち関所があるなんてわずらわしいなあ……」


 紅羽が前をのぞくと、旅人や行商人、馬追い、御用提灯をもった飛脚などが大きな木戸の前に列をなしていた。


 大木戸のある地面には石畳が敷かれ、木戸の両側には石垣がくまれていて、通り抜けることはできない。


「正確には大木戸というのじゃ……じゃがまあ、簡易的な関所じゃな」


「まあまあ……そのうち順番がきますよ……」


「はぁ~~い……秋芳尼さま……」


 江戸の境界に近い上宿には江戸の玄関口である板橋大木戸があった。


 江戸城にむかう者には江戸に入ってからの最初の宿場町であり、地方へむかう者には江戸最後の宿場町となる場所だ。


 板橋大木戸から通行可能なのは明け六ツから暮六ツまでである。


 大木戸より内側を『江戸御府内』または『朱引き』、『墨引き』の中といい、板橋大木戸から外側は中山道、江戸の外であった。


 当時の刑法でいう江戸払いの刑は、この大木戸から外に追い出すことをいう。


 またこの時代『入り鉄砲と出女』といって江戸内に鉄砲を持ち込むことと、女手形のない女性の旅人が出ることは重罪であり、この簡易関所で調べられた。


 それというのも、幕府が大名を統制するため、人質として江戸屋敷に住む大名の妻娘が逃亡するのを防ぐだめである。


 普段は女性を念入りに調べ、男性はあっさり通すのであるが、本所深川の淀屋仙之助刃傷事件で垣内小弥太の人相書きが手配されたため、男性も改めが強化された。


 ちなみに、江戸後期になると板橋大木戸は廃止されて無くなってしまう。




 板橋大木戸の関所役人が秋芳尼たちより前にいた武士と下男風の男が騒ぎ出した。


 武士といっても、月代さかやきを剃っていないし、色褪せた羽織袴なので浪人であろう。


「やややっ!? 通行手形がない!!」


「センセぇ……本当ですかい!!」


「おかしいなぁ……さっき通行手形を懐にいれたはずなのに……」


 浪人は懐を探るが見当たらない。


 背中に肩から腰にかけて背負う打飼袋をおろして旅行李という四角い竹籠二つを開けて、中から手拭い・薬・弁当箱・矢立・道中記などを出すが肝心要の往来手形と関所手形が出てこない。


 腰から差し料を抜き、背割り羽織を脱いでバンバンと払うが出て来るのはホコリだけだ。


 釣られて下男も背中にしょった風呂敷包みの行李から二人分の着替えや荷物を取り出すが手形は出てこない。


 大柄で恵まれた体格の侍はついに帯をといて羽織まで脱いで上半身裸で調べるがやはり出てこない。


「おいおい……あの侍、羽織まで脱ぎだしたぞ……いやん」


「裸ん坊なのですぅ!」


 紅羽と黄蝶が両手で顔をふさぐが、指の間を開いてしっかり見ている。


「あらまあ……あのお侍さん……通行手形を無くしたのでしょうか?」


「秋芳尼さま、眼の毒です……後ろを向きましょう」

「そうですねえ……」


 武士は裁着袴たっつけばかまも脱いでふんどし一丁になったが手形は出てこない。


 いそいそと服を着直し、


「ううむ……困った……」


「しかたないべ、センセぇ……今日のところは、麹町の道場へ帰るだか?」


「いや、それはならん! 少しでもはやく、中山道を渡って清久きよく村へ行かねば……」


 大木戸の関所役人が見かねて、


「……手形がないのであれば、途中手形をあちらの店、井筒屋で作るがよい」


「なにぃ!? もう一度手形を買えというのか? 金に困って実家に借りに行くというのに……」


 浪人は天を仰いで嘆いた。


「センセぇ……しかたねえべよ……もう一度買うだよ……」


「くううううう……痛い出費だが、しかたがあるまい……」


「あのぉ……もし」


「えっ……やややや!?」


 突然、美しい比丘尼に声をかけられ、大柄な浪人は我にかえって頬を上気させた。


「こほん……なんですかな、尼御前、さきほどは御見苦しいところをお見せしてしまい、赤面の至りでして……」


「失せ物ならば、わたくしが占いましょうか?」


「失せ物占いですと? おお……ぜひ、お願いします!」


 かくて秋芳尼一行は石垣のそばへ移動して、占いをすることにした。


「赤の他人なのに、秋芳尼さまも人がいいなあ……」


「じゃが、そのお優しいところが、秋芳尼さまの良いところじゃ」


「たしかにそうですぅ!」


「でも、秋芳尼さまって、失せ物占いなんてできるのか?」


「そういえば……訊いたことがないのう……」


 尼僧は困り果てた大柄な侍に、


「では……そうですねえ、お武家さまの持ち物をお借りしてもよろしいですか……なるべく普段からよく身にまとっている品物を……」


「普段から? ……ではこれをどうぞ」


 浪人先生が腰の脇差を比丘尼に渡した。


「では……」


 比丘尼は脇差に触れ、念入りにさわり、眼を閉じ、なにかを読み取っているようだ。


 武士主従が固唾を飲んでみまもる。


 得心がいった鳳空院住持は袈裟から懐中鏡を取り出して両手をかざし、摩利支天の陀羅尼だらにの経文をとなえはじめた。


「ナモアラタンナ タラヤヤ タニヤタ アキャマシ マキャマシ アトマシ……」


 秋芳尼の両掌があわく翡翠色に発光した。


「なんと……手鏡が光り出した!?」


 鏡面の映像がゆらぎだし、波紋が幾重にも広がる。


「天摩流法術・浄天眼じょうてんがん!」


「あわわわわ……秋芳尼さま……」


「天摩流神気術はあまり人に見せてはならぬと、小頭がいっておるというのに……」


「まずいのですよぉ!?」


 鏡面に油紙に包まれ紐でしばった書状の映像がうつった。


 秋芳尼は手鏡を浪人と下男に見せ、


「探し物の手形はこれでしょうか?」


「おおっ!? これに違いない!!」


「尼様の失せ物占いはすごいだべなぁ!?」


 ただしくは失せ物占いではない。


 秋芳尼は触れた物体の残留思念を読み取り、それを映像化することができるサイコメトリー能力ともいうべき法術が使えるのだ。


 この場合、失くした手形の持ち主である浪人が持つ特有の残留思念をもつ物体が周辺にないかどうか探るという法術である。


 いわば霊能者や超能力者が持つという透視術・千里眼ともいうべきものだ。


「映像がはっきり映るということは近くにあるようです……景色を広げましょう……ナモアラタンナ タラヤヤ……」


 懐中鏡の映像が縮小され、油紙の書状が現在ある場所が大きくなっていった。


 畳敷きの座敷で、空の膳や座布団が置いてあるのが見え、障子の外には川が映る。


 壁側には竹林にいる虎の掛け軸がかかっていた。


 紅羽と黄蝶も覗き込み、


「あれ? この座敷どこかで見た気がするですよ?」


「あっ、さっきあたし達がいた丸屋じゃないか? でも、店内の位置が鏡みたいに真逆だぞ?」


「それに、虎の掛け軸ではなくて、龍の掛け軸だったですよ?」


「おおっ!? そうだ、さきほど腹ごしらえをした丸屋に忘れていたのだ!?」


 浪人が南側に建つもう一軒の丸屋を指し示した。


「ああ、なるほど……南側の丸屋ですね……あっちは虎の掛け軸がかかっているんですねえ」


「センセぇ……さっそく取りにいくだよ!!」


「おおっ……いや、その前に尼御前に占いの礼を……」


 浪人先生が財布を取り出すが、比丘尼は両手でその手を押しとどめ、にっこりと笑みを見せ、武士は頬が赤くなった。


「いいのです、大したことではありあせんよ……わたくし達の尼寺もそれほど豊かではありませんので、我が身のように放っておけなかったのです」


「そうですか……かたじけない。お優しくも美しい尼御前……しからば御免!」


 大柄な武士と下男は慌てて南の丸屋に走って行った。


「秋芳尼さま……天摩流法術をみだりに一般人に見せてはなりませぬと、小頭が……」


「あらそうでした……なに、大丈夫です……いまのはただの占いですから……ほほほほほほ……」


「秋芳尼さまぁ……」


 そこへ入れ違うように、松田半九郎がやってきた。


「おおっ……ぎりぎりだが、間に合ったようですな」


「遅いですよ、松田のお兄ちゃん!」


「すまん、すまん……」


「引又宿へは中山道を通っていくのですか、松田のお兄ちゃん?」


「いや、川越道中を通っていく。その方が近い」


 川越道中は川越児玉往還ともいい、現在の川越街道のことである。


 中山道とほぼ並行する街道であり、こちらのほうが人や馬でにぎわったともいう。

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