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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第三話 邪眼!百の目をもつ通り魔
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茶屋でまったり秋芳尼

 江戸ひろしと言えども、谷中やなかは寺が多い町として知られていた。

 この辺りは江戸町奉行の管轄ではなく、墨引きの外ゆえ関東郡代の支配する区域である。


 中でもひときわ大きい領地をもつ天王寺(感応寺)は、宝くじのルーツである富くじの発祥の地である。その周りにも中小の寺院が密集し、往来を北へ進むと新堀村にいぼりむらとなり、道灌どうかん山がある。


 名前の由来は、昔、大田道灌の砦があったことから。もっとも、山といっても高さ二十二メートルで、お椀型のなだらかな丘というのが正しく思える。江戸の庶民たちが観光や、山草や薬草取りにくるレクリエーションに便利な地だ。


 道灌山には佐竹右京大夫の広い屋敷もみえる。山を登って周囲をみわたせば、田圃と山林が多く見え、寺社の建物も点在している。道灌山からさらに北へ進むと大きな川が見えた。現在の荒川であるが、江戸時代はじめから昭和のはじめまで、江戸の荒川の本流は“隅田川”と呼ばれていた。


 その途中にある小高い山に尼寺が見える。柳厳山りゅうげんさん鳳空院ほうくういんといって、秋芳尼しゅうほうにという若い尼僧が住持じゅうじをしている小さな尼寺だ。


 小春日和の昼下がり、鳳空院の石段下には、茅葺かやぶき屋根のこじんまりした松葉屋という茶屋がある。往来に面した店先には緋毛氈ひもうせんがしかれた縁台があり、真っ赤な野店傘のだてがさが差されている。


 松葉屋の縁台に尼僧が座って茶をすすっていた。鳳空院の秋芳尼その人である。ニコニコと微笑み、観音菩薩のように慈愛あふれる十八歳の尼僧だ。左の目尻にホクロがあり、スラリと背が高く細身だが、胸部は豊満なふくらみがある。その背後には中肉中背の初老の男とふくよかに太った同年代の女がいた。茶店を経営する松影伴内まつかげばんない浅茅あさじ夫婦である。


「今日は良い天気ですねえ……浅茅……」


「そうですわねえ……秋芳尼さま。朝と夜は冷えますが、晴れた日中は温かくて気持ちようございますねえ……」


 秋芳尼と浅茅が世間話をしていると、南の道から駕籠かきが息杖をついてやってくるのが見える。


「秋芳尼さま……お客人のようですぞ……おそらくは坂口さま」


「まあ、寺社奉行所の……事件の依頼でしょうね……」


「……紅羽たちを呼んでまいります……」


 松影伴内の姿がおぼろに霞み、茶屋から消えうせた。駕籠が茶屋につき、中から黒の紋付羽織を着流し、雪駄をはいた初老の男がでてきた。体も細いが、目も細い。坂口宗右衛門さかぐちそうえもんといって、寺社奉行同心である。


「おう、これは秋芳尼殿……あいかわらず、お美しい。寺から出ているとは好都合、好都合。なにせ、としをとると、石段をのぼるのが年々辛くなってきおってのお……そろそろ隠居して、甥に役目を譲りたいわい」


「これはこれは、坂口さま。浅茅、お茶とお菓子をお出しして……」


「信濃屋の芋羊羹いもようかんがあります……」


挿絵(By みてみん)



 尼僧の声に合わせたように、浅茅が縁台に座った寺社方同心に茶と芋羊羹をふるまった。そして、寺坂同心を待つ駕籠かきの男たちにも茶と甘味をふるまった。茶をすすりながら同心が口を開く。


「実はですなあ、秋芳尼殿……最近、江戸の町に人の目玉を盗む妖怪が現れましてなあ……」

「目玉泥棒……ですか?」


 秋芳尼が大きな瞳をパチクリした。坂口同心が己の膝を扇子でピシャリと叩いた。


「そうです、と、いっても人の目玉を刃物などでえぐり取るのではなく、妖術で奪い取るようでしてなあ……両の手で目のあたりを撫でると、薄皮を剥ぐようにスルリと盗まれてしまう……巷では“百目の通り魔”なぞと呼ばれて、恐れられておるのですぞ」


「まあ、こわい……」


「すでに江戸の町では五十人以上の人々が目玉を盗まれ、大混乱。南北の町奉行所も捜査していますが、なにせ相手は妖術の使い手。同心や岡っ引きまで被害にあう始末……評定所では妖怪もしくは妖術師の仕業と判断し、寺社奉行に眼球盗人退治の命がくだりましてな……」


「なるほど……妖怪退治屋の出番というわけですね……」


 幕府から妖怪退治の命がくだっても、寺社奉行同心たちに妖怪退治ができるわけではない。懸賞金をかけて、専門の妖怪退治屋を動かすが、腕利きを寺社奉行所で雇って退治に向かわせるのだ。寺社奉行所はその名のごとく、寺院の僧侶や神社の神主を支配するだけではない。山伏、虚無僧、陰陽師といった宗教者や連歌師、碁師、将棋師なども扱っている。その中には悪霊や妖怪を退治する民間の呪い師や拝み屋、退魔師、妖怪退治人も管轄にあった。


「坂口殿。此度の妖怪退治のため、我が弟子たちを呼び集めてございます……」


 秋芳尼と寺坂同心の前に、いつの間にか松影伴内がいた。背後に三人の娘たちが控えている。


「おお……これが伴内の弟子たちか……ふむ、年若い娘たちだとは聞いていたが、思いのほかより若いのお……大丈夫なのか?」


「ふふふ……コヤツらは、そこらの大口をたたくが実力のない妖怪退治屋などより、よっぽど腕の立つ術者ですぞ……さきほどの事件を解決したのもこの者たちで……」


「おう……そうだった。すでに隅田川の娘さらい妖怪事件、暗闇坂の辻斬り妖怪事件を退治したのであったな……」


 坂口宗右衛門は信じられぬ面持ちで繁々と三人の娘をながめた。


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