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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
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悪弥太

 ここで、少し時間を戻し、松田半九郎が丸屋を出て往来に出たときを語る。


 松田半九郎は板の橋を越えて西へ歩く、見知った二人が弧状の後姿を追いかけた。


「やっぱり……岸田殿と町蔵親分じゃないですか!」


 ふたりが振り返る。


 八丁堀ふうの小銀杏髷に、三つ紋着流しを着て、朱房の十手を持つ三十代の男は南町奉行所の定町廻り同心・岸田修理亮きしだしゅりのすけだ。


 もう一人の四十代の男は岸田が手札てふだを渡している岡っ引きで錣引しころびきの町蔵という。


「おう、半九郎か……」


「これは、松田半九郎様……」


「こんな江戸の外れで逢うとは珍しいなあ……お前の寺社廻りの受け持ちは浅草から上野あたりじゃなかったのかい?」


「いえ、武蔵国の引又宿へ河童退治に行くところです」


「河童だぁ? そんなもの、本当にいるのか?」


「ええ……たぶん」


「どうせ、猿かカワウソでも見間違えたんだろう」


「しかし、すでに馬や人が尻子玉を抜かれ、血を吸われた水死体で見つかっていますよ」


「どうせ、妙な水死体を見て、地元の者が河童の仕業だと思ったんだろうよ」


「いやいや、妖怪は本当にいてですねえ、げんに俺も何度も妖怪を目撃して……」


「あいにく、おいらは自分で見たものしか信じねえ」


「相変わらず、頑固ですねえ……」


「まあまあ、お二人とも……往来で立ち話もなんですし……」


 錣引の町蔵親分が町方同心と寺社方同心をなだめる。


 丸屋のある小道の隣にもう一軒料理屋があり、その隣は板橋上宿の脇本陣・板橋市左衛門の屋敷前で、二本差しの武士が見送られて出てこようとしていた。


 ここで口論するのは外聞がわるい。


「こちらへ……」


 町蔵は二人をその先にある平旅籠と商店のあいだの路地へ引っ張った。


「そういえば、お二人はどうして板橋宿に?」


「ああ、それがですねえ……松田様……こんな男を見なかったですかい?」


 錣引の町蔵親分はふところから四つ折りの紙を出して開いた。


 月代さかやきが伸び放題で、鋭い目つき、顎の四角い、荒々しく引き締まった浪人者の人相書きであった。


 右のこめかみに赤痣あかあざがある。


「手配書ですか……ずいぶん、悪そうな顔の浪人のようですなぁ」


 岸田修理亮は声をひそめ、


「ああ……こいつは垣内小弥太かきうちこやたといって、本所深川界隈でユスリタカリをしている元御家人の鼻つまみ者よ」


「元御家人?」


「おうよ……垣内小弥太は、元はれっきとした御家人だった男だ……」


「すると、曲がりなりにも御直参……」


「ああ……それがずいぶんと落ちぶれたもんよ……」


「この男はですねえ……悪いことばかりしているので、親が勘当して、跡継ぎを廃嫡したんですよ……それで少しは大人しく反省すりゃしおらしいが……ユスリなんかを続けて、“悪弥太あくやた”という仇名で呼ばれているんですよ……牢に何度か入ったんですが、懲りない奴で」


「悪弥太……もしや、その男がここ、板橋に来ていると?」


「そうなんですよ、松田様……実は垣内小弥太のやつ、三日前に本所深川の堀川町で両替商をしている淀屋よどやの主人・仙之助を刺して逃げたんですよ……可愛そうに重症で今も床でうなっているはずです……」


「刃傷事件か……それで深刻な顔をして橋を渡っていたんですね……」


「見てたのか……悪弥太は淀屋を強請ゆすっていたんだ。仙之助てのは、元は淀屋の小僧上がりの番頭だったが、前の主人に見込まれて一人娘のお種の婿になった」


「入り婿ですね……大出世じゃないですか」


「ああ……だが、外でレコをつくった」


 岸田が右の小指をピンと立てて見せた。


「レコ?」


「松田さま、仙之助は水茶屋で見初めた茶汲み女のおせつって女を、店に内緒で囲ったんですよ……いわゆる情婦おんなって奴です」


「なっ……それはけしからんですなあ……」


「だがまあ、仙之助も事情があってな……御新造のお種は大店の娘を鼻にかけて威張っているし、隠居した両親も健在で眼を光らせている……で、おもしろくねえから、外でこれをつくった」


「……しかし……だからといって……世の道徳からいって……」


「ここでおめえに四書五経の道徳を説かれても仕方あるめえ……ともかく、仙之助は店にひた隠しにしてきためかけを悪弥太に嗅ぎつけられた。悪弥太はそれをネタに仙之助を強請っていた……最初は三両……次は五両と続け、七両、十両……これで最後だといって二十両をむしりとった……だが、町のダニが最後といって最後になった試しがねえ……」


「ユスリを続けた、と……」


「なんでも総額百三十両以上強請られたというんでさ……」


 小判一両を米価からから換算して、江戸中期では一両は今の三万円から五万円くらいで、およそ五百二十万円前後となる。


「えええええっ!! そんなにっ!?」


「調べによると、そのほとんどを賭場や遊郭で使い果たしたみたいです……羽振りがいいと思ったら、数日後にはスカンピンになって飯をたかりにきたと、知り合いが言ってまさ」


「……仙之助も、はやめに奉行所にでも相談してくれりゃ良かったんだがな……」


 岸田同心はため息をつきながら歩く。


「それでですねえ……仙之助は淀屋に内緒で百三十余両も悪弥太にわたして、追い詰められた……さすがに帳簿もごまかし切れねえ……それでも悪弥太は恐喝を続ける……思い余った仙之助は夜、神社裏で金を渡すといって悪弥太と会い、ほくほくと帰る後姿の奴を、匕首で刺そうとしたんでさ」


「……だが、失敗した……」


「そうです、垣内小弥太だって、落ちぶれたって元は御家人、武芸の心得がありまさぁ……仙之助の匕首をかわして凶器を持つ手をはっしと握ってもみ合いとなり、勢いあまって匕首は仙之助の腹に突き刺さり、怖くなった小弥太は逃げ出したんですよ。町奉行所では捕り手を繰り出し、小弥太が行きそうな場所、親類知人、悪党仲間などの家をあたっているんですよ」


 松田は思わず聞き入って、ほうっと一息つく。


「で……逃げた垣内小弥太が、この板橋のどこかに潜伏しているとでも?」


 岸田がまた右の小指をピンと立てて見せた。


「おんな、ですか……」


「この板橋に小弥太の情婦だったおさきってのがいるんだ」


「お咲……」


「そうなんですよ……なんでも、元は深川芸者の年増女で、八百屋お七の姿絵に似た美人で評判だったそうですよ」


「ほほぉぉ……八百屋お七の姿絵に……それはきっと美人なんでしょうなあ」


「もっとも、今では板橋の乾物問屋・恵比寿屋孫兵衛えびすやまごべえの後添いですがね。親と子ほど年が離れてまさあ……」


「しかし……垣内小弥太とやら、まさか捕り方に追われているのに……元情婦なんぞに逢いにきますかねえ?」


「追われた咎人とがにんてのは、不思議と昔の女に会いたがるものなのさ……」


「そうなんですか?」


「……そういう事もある、ということだ」


 松田はなんとなく二人の歩調に合わせ、ある商家の裏口についた。


 町蔵親分が店先で庭を掃いている女中にお咲を呼び出すよう伝えた。


「しまった……俺はこんな事に付き合っている場合じゃないんです……秋芳尼さま達と待ち合わせているというのに……」


 我に返った松田半九郎が後戻りしようとすると、


「あの……どちらさまでしょうか?」


 勝手口から豊満な肢体からだつきで、あだっぽい中年増なかどしまがあらわれた。


 銀鼠の地に遠山の裾模様の着物をきて、浅黄の地に遠州椿模様の帯をしめた後家である。


 二十代半ばに見えるが、おそろしく色っぽい女だ。さしもの半九郎も思わず目をみはった。


 ちなみに江戸時代では、平均寿命が五十年であり、年増の概念が現代とちがう。


 娘盛りを過ぎた二十歳前後を年増といい、二十二、三歳から三十歳までを中年増、それより上を大年増といった。


「あの……御役人さま、用事とはなんですか?」


「ああ……俺は南町番所の岸田修理亮という……実はな……垣内小弥太がここに来なかったかい」


「えっ!?」


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