表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
377/429

丸屋の阿茶狐

 谷中の鳳空院から歩いて一時間半ほど北西の地に板橋宿があった。


「さすが四宿のひとつというだけあって、にぎわっておるのう……」


「馬糞もたくさん落ちているですぅ!」


「踏んづけるなよ、黄蝶……そそかっしいところがあるからな」


「失礼ですね……大丈夫ですよ!」


 板橋宿は日本橋から二里八町あり、中山道の初めの宿場であった。


 ここは品川・内藤新宿・千住とならび『江戸四宿』として栄えた。


 宿場町には茶屋・酒楼・飯盛旅籠がのきをつらね、旅人や見送り人、馬方、商人、飛脚などでごった返していた。


 板橋宿は長さ二十町九間(2,2km)もあり、宿場町は江戸に近い東から下宿・平尾宿・仲町・上宿で家数五百軒以上あり、旅籠は五十四軒あった。


 平尾宿がわりと閑散とした料理屋・妓楼など中心の町で、仲宿が武士相手の本陣から町人相手の平旅籠や商店が多かった。


 上宿には木賃宿(商人宿)や馬喰宿(馬子宿)などもあり、そんな客層目当ての安い一杯居酒屋などもあってにぎわった。


 脇本陣は三町にひとつずつある。




 五人は中宿と上宿の間にある石神井川しゃくじいがわに架かる長さ九間、幅三間ある板製の橋を渡った。


 橋梁は三本の支柱が三ヶ所打ち込まれ、橋はタルのように少し沿っている。


「この橋が板橋の地名の由来じゃそうだ」


「ぴえっ……そんな由緒ある橋を土足で歩いていいのですか?」


「いんじゃない……みんな歩いているし」


 巳刻半よつはん(午前十一時)を知らせる鐘の音が聞えた。


 寺社方同心が駒の上でお尻の位置を変えている尼僧を見やり、


「秋芳尼殿、少しはやいですが、料理茶屋で休んでいきましょうか?」


「そうですね、松田殿……食事にしましょうか」


「わ~~い……お昼ごはんですぅ!」


 美貌の尼僧は眼にはいった看板を見て、


「あちらの丸屋まるやにまいりましょう」


「そうですね」


 板の橋をはさんで南北両側に料理茶屋があるが、どちらも『丸屋』といった。


 川に面した部屋は懸崖造りで、川をながめながら飲み食いができる。


 表の杭に駒をつなぎ、五名が店にはいると、茶汲み女が奥の川が見える畳敷きの席に案内した。


 めいめい菜飯や蕎麦などを注文して、おいしく食べはじめた。


「あっ、上流からいかだが来るのですよ」


「あれは川越などの山から運ばれる西川材じゃな……」


 石神井川は現在より水量も多く、魚も住んでいて、上流から木材などを運ぶ筏や、特産物をのせた船がとおるのが見える。


 ちょうどいい松の木が土手から川にせりだして庇をつくり、川端で子供達が釣りをしているのが見え、なかなか風流なものだ。


 松田半九郎も何気なく板橋を見ると、行き交う人々の中から見知った顔を見つけた。


「むっ……あの二人は……」


 なにか子細しさいありげな表情が妙に気になった……


「どうしたのですか、松田のお兄ちゃん?」


「いや、ちょっと……知り合いがいたので逢ってくる……お前達は食事をすませたら、大木戸に行っていてくれ!」


 松田同心は急いで蕎麦をかきこむと、差料さしりょうをつかんで料理茶屋を出て行った。


「へんな松田のお兄ちゃんですねえ……」


「食事はゆっくりと味わって食べないともったいないのにな」


 見送った黄蝶たちが視線を座敷の膳に戻す途中、


「あっ、こっちの壁に龍の絵があるのですよ!」


「雲龍図の掛け軸じゃな……龍が雲間を飛ぶ見事な絵じゃ……」


「ほほほほ……龍神は水を司る神ですから、店を火災から守る願いでもあるのでしょう」


「ほへぇ……なるほどなのです……」


 黄蝶が視線を戻す途中、隣の席を見て、


「あっ、あそこにいるのは……」


「どうした、黄蝶?」


 黄蝶がとてとてと屏風で仕切られた隣の席に歩いていった。


 背中越しに稲荷寿司をパクパクと食べ、甘酒をゴクゴクと飲んでいる若い娘がいるのだが、黄朽葉色生地に『キツネにアラレ』という洒落た江戸小紋を着ている。


「あの江戸小紋……どこかで見たような……」


 黄蝶が前を覗きこむ。


「やっぱり、阿茶あちゃちゃんですよ!」


「ぶふぅぅぅ!! ……いつぞやの人間たちかい!?」


 江戸小紋を着た娘が驚いて、思わず頭から耳、お尻から尻尾が出てしまった。


「わわわっ……いけない、変化がとける!!」


 阿茶は両手で頭の耳をおさえて隠す。


「わ~~もふもふの尻尾なのですぅ!」


 黄蝶が阿茶の尻尾に抱きついて頬ずりした。


「ひゃん!! そこは敏感なところだよ!」


「なんじゃ……以前出会った狐の国に住む阿茶娘か!?」


「そういえば、板橋から王子権現はすぐ近くですねえ……」


 紅羽がやって来て、ジト目で、


「阿茶……まさか、お前……また木ノ葉のお金でただ食いしようって魂胆じゃないだろうな」


「ぎくぅぅぅ……いやいや……ソンナコトナイデスヨー」


 阿茶が眼を右に泳がせた。


「まあまあ……ここはわたくしたちが代金を払いましょう……狐の国の幸菴狐こうあんぎつね殿にいただいた変化玉へんげだまのお礼です」


「まあ、確かにそうですが……」


「わ~~い……さすが秋芳尼さまはお優しいよ!! 大好きぃぃ!!!」


 阿茶が尼御前にピョンと抱きついた。


「こらっ!! キツネ!!!」


「気やすく秋芳尼さまに抱きつくでない!!」


 竜胆と紅羽が阿茶狐の左右の肩を両側からガッシとつかんで、ひっぺがした。


「いやん……ご無体なぁぁ」


「何がご無体だ!!」


「あらまあ……ほほほほほほ……」


挿絵(By みてみん)


 ともかく阿茶も席にくわわって、一ヶ月ぶりの再会であれこれと近況などをおしゃべりした。


「なんだってぇ!? 武蔵の国に河童退治に行くって!?」


「おお……そういえば、阿茶たち妖狐一族は、河童妖怪と交流があるのか?」


「いや、ないねえ……地底の狐の国には狸や猫又といった妖怪やお化けも来るけど、河童は来たことがないねえ……縄張りが違うのさ」


「縄張り?」


「ああ、そうさ……武蔵国は川が多くて河童たちが多くて河童の縄張りさ……小畔川こあぜがわの小次郎、伊草いぐさ袈裟坊けさぼう、小沼のかじ坊なんかが有名さ」


「へえぇぇ……武蔵国は河童が多いんだなあ……」


「そして、さらに利根川には関東の河童一族をたばねる河童の女親分、禰々子ねねこ河童が縄張りにしていて有名だねえ」


「河川池沼が多い武蔵国は、さしずめ河童天国じゃな」


「ともかく、河童は得体がしれないところがあるからねえ……尻子玉を抜かれないように気を付けたほうがいいよ」


「尻子玉かあ……まあ、せいぜい気を付けるよ」




 秋芳尼たちが座る丸屋の懸崖造りの座敷から外……橋をはさんで南側に建つもう一軒の丸屋の席……その薄暗がりに、二つの影法師がいた。


「……あれが標的の尼御前一行か……」


「思っていたよりも小娘の護衛ですな、須佐美の旦那……」


「ああ……しかし、天摩流とかいう武芸の達人だというぞ……」


「一応、きゃつらの手の内をみておきますか……」


「ああ……引又宿までの道のりは長いからな……」


 影法師たちは手酌で酒をあおった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ