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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十三話 激突!刺客軍団
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闇の始末屋

 北西への道を三白眼の寺社方同心を先頭に、尼僧が横座りになった駒の手綱を引いた女侍が歩き、その後ろを、薙刀を持った巫女と忍者装束の少女が歩いていた。


 右側に田園が広がり、左側に武家の築地がそびえる。


 菅笠をかぶって荷物を背負った行商人や鍬をかついだ百姓などが歩いていた。


 秋芳尼の乗っている駒は、鳳空院を出がけに、休憩に庫裡にきた松影伴内が土術『瓦偶駒がぐうこま』でつくりだした埴輪はにわの小馬だ。


 往来を歩いても不審に思われぬよう、本物の駒のような見た目に擬装調整している。


「ほほほ……また小馬さんに乗れてうれしいですよ」


 秋芳尼が瓦偶駒のたてがみを優しくなでる。


「ひひひ~~ん」


「瓦偶駒がもふもふの尻尾をふりふりしているのですぅ……面白いのですぅ」


「黄蝶、子供みたいにはしゃぐでない。我らは妖怪退治の御用の途中ぞ」


「は~~い、なのですぅ……」


 先頭の半九郎が振り返って駒を見て、感嘆の表情になる。


「しかし……瓦偶駒とやらは前にも見たが土偶を大きくしたようであった……このように本物の駒そっくりにもできるのだなあ……」


「ああ……小頭はあんな顔をしていて、神気忍法は精妙きわまりないからねえ」


「……紅羽、お前は師匠筋の伴内殿をけなしているのか、ほめているのか?」


「イヤイヤ……ホメテマスヨ、ホントダヨォ……」


「なんで、棒読みでいう……」


 そんな天摩忍群御一行を、遠くの商家の屋根から見つめている影があった。


 紅羽と竜胆がなんとなく視線を感じて周囲を見回すと、それを察したかのように黒影は屋根から姿を消し、野良猫が屋根瓦で居眠りをしているのが見える。


 二人は気のせいだと思って前に進んだ。




 両国の一画に、大きな口入屋くちいれや戸羽口屋とばぐちや』があり、ひっきりなしに人が出入りしていた。


 この店は、表向きは武家奉公人や人足に仕事先の職を周旋など、いわば人材斡旋を生業なりわいにしている。


 商家の裏側にまわると土蔵が幾つもならび、その奥にはおおきな庭園があって、ひっそりとしている。


 風流な瓢箪池の真ん中の石橋をわたって、二つの影が歩いた。


 戸羽口屋の大番頭が客人の御高祖頭巾おこそずきんの武士を招いているのだ。


 その先に見事な花園があり、さらに奥の突き当たりに築山があり、その手前に離れ屋があった。


 六尺以上もあるのっぽで青白い顔の大番頭は方兵衛ほうべえといい、もう七月だというのに首に白い襟巻えりまきを巻いていた。


 方兵衛が離れの中を案内すると、中は質素な畳敷きの和室だ。


 方兵衛が先にたって床の間にある違い棚の唐獅子の置物の首をひねると、ギギギギ……と音がして床の間の掛け軸のある壁が回転して、ポッカリと空洞が生じた。


 どんでん返しのカラクリ壁だ。奥は地下へ続く階段になっており、板壁には龕灯がんどうの火が照らす。


「こちらへどうぞ……」


「うむ……」


 二十数段降りると、大きな板戸があり、大番頭が帯にはさんだ鍵を取り出して南京錠を開ける。


 板戸の奥は案外と広い地下室があった。


 いや、地下室というよりも、ぜいを凝らした広座敷であった。


 ところどころに百眼蝋燭ひゃくめろうそくの灯台が並んで煌々と室内を照らし、御高祖頭巾の武士が嗅いだこともない高価な香料の匂いが部屋に充満している。


 南蛮数寄なんばんすきの調度でそろえられ、飾り棚には異国の品々が置いてあった。


 阿蘭陀オランダ)洋灯ランプが置かれた南蛮卓子テーブルの上には大きなギヤマンの水槽があり、中に動く生き物たちがうようよと泳いでいるが見えた。


 よく見ればそれは川や池にいるイモリであった。


 ――なぜ、こんなものを飼っている?


 その奥には長椅子にねそべった大柄な男がいて、まるで北の海に住むというトドかセイウチのようだ。


 生ける肉塊のような五十代の男に、四人の赤い薄着の女たちが按摩あんまのように体をもみほぐし、うとうととしていたが、方兵衛と武士が近づくとパチリと眼を開けた。


「おお……御客人かい、こいつは失礼……おおい、起こしてくれ……」


 人間トドとでもいうべき巨体を四人の女たちが起こし上げて長椅子に座らせた。


 体重が六十貫もあろうかという肥満体で、波打つ布袋腹に短い手足が生え、ガマガエルに似た大きな頭が胴体にめりこんでいるようだ。


 この男は口入屋『戸羽口屋』の主人・弥平であるが、裏の顔があった。


 異名を灰塚山はいづかやま元締もとじめといって、両国の賭場の元締であり、密輸業者、やくざ、破落戸ごろつき、詐欺師、用心棒や殺し屋を大勢抱えていた。


 弥平の指示で女達は珍しいギヤマンのわん葡萄酒ワインをつぎ、武士と方兵衛にもふるまった。


「ありがとうよ……お前達は下がっておいで……女中部屋で南蛮菓子をつまむといい……」


 赤い薄着の女たちは静々と灯りの届かぬ闇夜に消えた。


 他にも地下秘密室の出入り口があるようだ。


「ささ……どうぞ、鵜殿軍次うどのぐんじ様……」


 鵜殿といわれた武士は頭巾の前布をひらいて碗を口にした。


「うむ……まるで血のように赤い酒だが、慣れれば、これはこれで癖になるものだ……」


「そうでしょう、そうでしょう……異国酒のさかなにこいつはどうです?」


 弥平はギヤマン水槽に右手をつっこむと、イモリを一匹取り出し、生きたままのイモリを大きな口に放り込んだ。


 バリボリといやな咀嚼音そしゃくおんが聞こえる。


「……なっ!?」


「ぶわははははは……イモリの踊り喰いだ……どうだね、客人も?」


「いや……わしはいい……しかし、そんなものを生で喰って腹を壊さんのか?」


 客人の武士は御高祖頭巾のなかで顔をしかめた。


 生ける肉塊はポンポンと太鼓腹をたたき、


「ぶわはははは……そんなヤワな胃袋ではないわい。イモリは黒焼きにするより、生で喰う方が精力になるのですぞ、鵜殿さま……」


「……いや、それよりも、例の件だ……蛭沼ひるぬまさまより江戸表にまだかまだかと、矢の催促がきて叶わぬ……」


「……ああ、谷中の尼寺の住持の件ですな……しかし、いくら急かされても江戸御府内での殺しは請け負いかねますぜ」


「わかっておる……江戸で殺しがあれば、不浄役人どもが下手人を探すのに躍起になる……」


「……江戸幕府の開闢かいびゃく以来、百七十年余り……町方同心や岡っ引きには代々積み重ねた捜査方法があり、こちらがいくら巧みに擬装しても、意外な手掛かりを見つけ出し、猟犬のように真相を嗅ぎつけますからな……それは手前の方も、鵜殿さま方にもよろしくない……」


「そうだ……蛭沼さまはそこのところが呑み込めておらぬ……しかし、彼奴きゃつらが、いったん御府内を出れば……」


 鵜殿と弥平がニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。


「御府内の外は、天領や旗本御家人の知行地がいりくむ土地……多少は不審な殺しがあっても、調べるのは宿場役人や代官所の手代……いわば捜査の素人で、こちらの尻尾をつかむこともできずに迷宮入りするでしょう……」


「そうだ……それが狙い目だ……でだ……さきほど、秋芳尼が鳳空院を出た……手の者の調べでは、寺社奉行所からの妖怪退治の依頼で武蔵の引又宿へ行くという……」


「ほう……朱引きの外へ……これはまたとない好機ですな……鵜殿さまは運がいい。今、この店には手練れの殺し屋が二名いるのですぞ」


「おおっ、そうか!! ……しかし、向島に送った刺客のようなヘマはしないだろうな……」


「ヘマ?」


 灰塚山の弥平がいぶかしげに眉をしかめ、方兵衛が耳打ちする。


「大旦那さま……先月、尼僧一行を仕留めに、飛永一角ら四名の浪人者を刺客に送り出しました……が、どうやら返り討ちにあったみたいで、行方知らず……屍体も見つかりません」


「そうだったのかい……だが、今回の御仁は『闇の始末屋』……殺しの玄人なんで、しくじりはないでしょう……しかし、ちいとばかり値が張りますぜ」


「『闇の始末屋』か……ふむ、頼もしそうだ」


 始末屋とは、遊女屋で無銭遊興した客の代金を取り立てることを生業とした者のことだが、『闇の始末屋』とは金ではなく、標的の生命いのちを取り立てる裏稼業の者のことだ。


「この先生方は前の食い詰め浪人より倍の腕前ですぜ……もっともその分、お代金ぜぜも倍で、標的一人につき十両になりやすが……」


「よかろう……だが、今回は腕をみたい」


「腕を……まあ、いいでしょう……先生方、こちらへ……」


 地下部屋の後方、百眼蝋燭の届く限界の薄暗がりに、突如、二つの影法師が出現し、鵜殿はギョッとした。


 灰塚山の弥平が芋虫のような指を右の大柄な影法師をしめし、


「こちらは人斬りで名の知れた須佐美源蔵すさみげんぞう先生で……」


 黒頭巾をかぶった大柄な武士は、腰の差料の柄に手をかけたかと思うと、灯台の百眼蝋燭にむけて、剣光一閃、真横に闇が切り裂かれた。


 手前にあった百眼蝋燭の先が切り取られ、辺りは薄闇になる。


 が、戻した剣尖に蝋燭が乗っていて、再び灯心に火がともる。


「おおっ!! 居合か……しかも、蝋燭の断面は鏡のように水平だ……斬撃は縦切りや斜め切りよりも、水平に切る事が非常に難しい……かなりの腕利きとみた……」


 鵜殿軍次は感嘆の眼差しで大柄な影法師を見た。


 そして、隣の中肉中背の黒頭巾を見やり、


「しかし……こちらの御仁は体格からして、武芸の心得のない町人のようだが……大丈夫なのか」


 中肉中背の影法師は懐からなにかを取り出し、床に放った。


 鵜殿が下を見ると、子供の遊び道具の独楽こまだった。


 ブ~~~ンと音を立てて回転する、鳴り独楽という玩具だ。


「!?」


 鵜殿軍次が背中に冷水を浴びたように寒気が走った。


 慌てて腰の刀の柄を握るが、右の首筋に冷たい金属の先端が当たっている。


 前にいたはずの影法師が、いつの間にか闇をかいくぐって鵜殿の右横に移動していたのだ。


「い……いつの間に!?」


 頬に冷たい汗がしたたり落ちる。


「こちらは地独楽じごま文吉ぶんきち先生といって、殺気を押し殺して標的に近づき、ちょいとした隙に標的の命を取り立てやす……」


「わ、わかった……その方の実力はわかったから、これをどけてくれ……」


「先生……」


 地独楽の文吉と呼ばれた殺し屋はきりのような武器をしまい込み、スススス……と、り足で元の位置に戻った。


「う~~む……二人ともかなりの技倆わざの持ち主だ……」


「ぶわはははは……両先生とも裏稼業界隈では名うての闇の始末屋でして……」


「よし、その方達に頼もう! ……これが標的の人相書きだ!!」


 御高祖頭巾の武士は懐から四つ折りの人相書を卓子の上に開いた。


 秋芳尼の顔が描かれていた。


「第一の標的はこの尼僧だ……だが、こやつにはいつも腕利きの護衛がいる……今回、同行する三人だ……」


 紅羽、竜胆、黄蝶の人相書きだ。


「………………」


 殺し屋から不服げな視線が弥平にむく。


「まあまあ……こいつらは若い娘っ子たちですが、天摩流とかいう武芸の達人でして、前回の刺客もこいつらにやられましてね……」


「………………」


「それに、寺社奉行の同心で松田半九郎というのが同行する……なんでも小野派一刀流の達人で、厄介な奴だ……それに、木っ端役人とはいえ、丹後田辺藩の家臣だ。事を構えたくない……できれば奴がいないすきに倒して欲しいが……やむを得なければ殺してくれ。あとで別料金を払おう……」


「……承知」


 中肉中背の影法師がつぶやき、大柄な影法師もうなずいた。


 方兵衛が左手の指を四本立て、


「標的一人につき、十両……計四十両となります」


「わかった……」


 卓子に金子が置かれ、大番頭の方兵衛が受け取る。


「まいど……」


 弥平は仲介料を差し引いて闇の始末人に前金を渡すのだ。


「ふふふふふ……秋芳尼たちめ……今度こそ年貢の納めどきだ……」


「ぶわははははは……楽しみですな」


 地下秘密室で陰険きわまりない哄笑が響きわたった。

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