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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第三話 邪眼!百の目をもつ通り魔
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百の目をもつ女

「や……ややややややや……」


「ひえええええっ!」


 駕籠のなかにいるはずの、赤い着物女はいなかった。駕籠の底部にある座布団を触ると、なぜかぐっしょりと濡れていた。


「だ……誰もいない……いつの間に出ていった? おい、熊公……女が出るのをみたか?」


「いいや……いいや……オイラは見てねえぞ……あの女……幽霊だったんじゃ……」


「まさか……夏でもない春に……幽霊女かよ……」


 おろした駕籠の底部から水が地面を塗らし、さらに二人の駕籠かきの足元まで伸びてきた。草鞋わらじに触れそうになり、大の男二人が慌てて後退あとずさりする。


「もうし……駕籠屋さん……」


 二人の背後から消え入りそうな女の声がした。八郎兵衛と熊吉は心臓が飛び出そうになるくらい驚いた。そして、恐る恐る振り向くと、長い髪を結いあげもせず、長く伸ばした女がいた。顔も長い髪で見えない。


「だ、だだだだ……誰でい!」


「お化けだあああ……ひえええええ……」


 震え声で相手を誰何する八郎兵衛。熊吉は相方の後ろで震えながら覗いている。


「失礼ねえ……私だよぉぉ……」


 長く垂らした女の髪が風でふき流され、素顔が見えた。青白い顔だが、美貌の女――駕籠に乗っていて、消えた女であった。


「い……いつの間に……俺たちの背後に……」


「それよりもさ……あんた達の……元気な目玉をおくれよ……」


「目玉だと? なんのこっったい?」


 黒髪美女がニッと笑うと、口の端が耳まで裂けた。そして、額に、頬に、顎に、首に、喉元に、腕に、足に一文字の切れ込みが生じる。そして、その裂け目がカッと見開くと、すべてが眼球になった。すべてがまぶたを閉じ、視線をキョロキョロと動かす。


「いひひひひひひひひひひひひひ……」


 八郎兵衛と熊吉は腰を抜かして絶叫した。妖怪女の手が長く伸びる。腕にも目玉がたくさんついていた。両の掌を二人の男の双眸に置く。氷のように冷たい手である。


「ぐああああああああああああっ!」


 女が手をどけると、八郎兵衛と熊吉の両目が無かった。目のあった眼窩には、肌肉が覆いかぶさり、のっぺらぼうのようになっている。


「目……目がああああ……」


「何も見えねえよ……真っ暗だあ……」


「おいらの……目玉を……返してくれよぉぉ……」


 八郎兵衛が両手で目のあった位置を何度も触りたしかめる。熊吉は地面に両手をついて、はいずり回っていた。


「ほほほほほほほほ……元気な目玉が手にはいったわ……」


 女が両手を広げると、左右の掌に男の目玉が二つずつ埋め込まれ、ギョロギョロと動いていた。これが江戸を騒がした妖怪百々目鬼どどめき騒動の幕開けであった――




 十代将軍徳川家治じゅうだいしょうぐんとくがわいえはるの時代――天明てんめい元年四月下旬、西暦でいえば1781年の宵の頃。


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