宿改め
「いったい、なんの用だ、お前たちは?」
「御用の筋だ! 宿改めをさせてもらう」
「なんだって!?」
「お前達のなかに、化け岩とかいう妖怪がいるかどうか調べさてもらう」
「化け岩だって?」
「おうよ……半年前から安房や下総の空に光物が現れ、岩肌をもつ人間のような姿の妖怪・化け岩が人をさらい始めやがった……今までの目撃情報から化け岩は人間に化けることもできるって話だ」
紅羽たちは顔を見合わせた。
「……岩魔のことだな」
「房州では化け岩と呼んでいるのですねえ……」
「安房国では江戸より有名になったようじゃな……」
「んんん……お前達、何か知っているようだな……代官所へ来てもらおうか!!」
「えええええっ!? なんでぇ!?」
「うるせい、つべこべいわずに来いってんだ!」
「権柄ずくだな……第一、お前は役人じゃないようだが、何者だっ!!」
紅羽がきっと赤ら顔の十手持ちを見上げた。
「俺かぁ……俺はな、ふだんは口入稼業の貝髷屋の主をしているが、揉め事や犯罪がおきれば代官所の手先を務める……いわばお上の代理人さな……泣く子も黙る貝髷の権十様たぁ、俺のことよ!」
貝髷の権十は左手で十手を前に突きだし、これ見よがしに、右手の平にペシペシと叩いて見せびらかした。
「貝髷の権十だとぉ!?」
「そうだ、恐れいったか!」
「いや……そんな奴、はじめて聞いたよ」
「がくぅぅぅぅぅ!!! 俺様を知らないとは……さては、余所者だな……おめえら!! ますます怪しい……」
むくれる貝髷屋権十にたいして、娘剣客は眉根をよせ、
「二束草鞋という奴だな……中には代官の権勢をかさに、あくどいことをする者がいると訊くぞ……」
「なっ……なんだとぉぉ!? 生意気な口をきく小娘だ……代官所に連れて行くまえに礼儀作法を教えてやるぜ!」
貝髷の権六が十手を紅羽の右の肩に向けて殴りかかった。
だが、大きく空振りして前につんのめり、ずてんどうと転んだ。
「あいたぁ……奴が消えてしまった!!」
「消えたんじゃない……お前が遅すぎるんだ!」
紅羽が素早く横に移動したため、権十は紅羽の残像を叩いたのだ。
「くそっ!? 恥かかせやがって……佐吉、長助、弥兵衛! 構わねえから、こいつら畳んでやれ!!」
「おおうっ!!」
手前の小者たちが六尺棒を頭上にふりあげたが、天井にぶつかり思わず上を見上げる。
そこを竜胆がしゃがんで手前の男の足を払い、転ばせた。
他の小者も将棋倒しに転んでいく。
「あいたぁぁ!!」
「室内でそんな長物をふりあげるからじゃ!!」
「このぉぉ!!」
「待てい、権十!!」
大音声があがり、権十たちがピタリと動きを止めた。
ごくりと唾を呑みこみ、
「あっ……これは……この声は……亀石さま……」
「……手先の者が失礼した……わしは亀石壱岐守定征といって、勘定方の要職で安房国の代官たちを差配する役目の者である」
陣笠をかぶり、錦の着物を着た身分の高そうな武士が部屋に入ってきた。
赤い顔をした権六が棒を呑んだように驚き、畳につっぷし、小者たちもそれに習った。
「旗本の亀石様でござるか……勘定奉行の懐刀と名高い切れ者だと訊いたことがある」
「松田のお兄ちゃん!!」
男部屋から騒動を訊いて駆けつけた松田半九郎が廊下から顔を出した。
その後ろに金剛と伴内もいる。
「お主は?」
「俺……いや、拙者は寺社奉行・牧野豊前守惟成さま配下の同心で、松田半九郎と申す者でござる……ここにいる者達は怪しい妖術使いではなく、妖霊退治人と申します」
「ようれいたいじにん…なんだい、そりゃ?」
貝髷の権十が口をあんぐり開け、訝しげな顔をする。
「妖霊退治人とは、悪霊や妖怪から人々を守る者である」
「なんだそりゃ……そんな仕事……おりゃあ、はじめて訊いたぜ……」
「これ、権十……無礼な口をきくでない。わしは江戸で妖霊退治人の評判を訊いて知っておる」
「ははぁぁぁっ、亀石様……」
苦みばしった顔立ちの三十代の武士は陣笠をとり、頭を下げてわびた。
「これは御丁寧に……わたくしは江戸谷中の鳳空院で住持をつとめる秋芳尼と申します」
「なに!? 鳳空院だと……すると、お主たちが江戸の妖霊退治人でも実力が高いと評判の天摩衆か……」
「えっ……あたし達を知っているの?」
「ああ……さいきん名をあげていると江戸の知り合いから聞き及んだ……」
「いやあ……あたしたちも名が売れ始めてきたなあ……」
「そこで頼みたい……鳳空院の天摩衆に、安房国に頻発する光物による村人の誘拐、お化け岩の脅威を解決していただきたい……」
「しかしですなぁ……我らも忙しい身でして……」
「これ、伴内、突然なにをいうのですか……」
「むろん、只でとはいわぬ……報奨金として金一封を出そう。むろん、わしたちの方からも手勢はだす」
「金一封……ふむふむ……是非ともお引き受けしましょう」
「これ、伴内……岩魔退治は寺社奉行所からすでに依頼されている仕事……報償の二重取りはいけませんよ」
「うぐっ……しかし、秋芳尼さま……これまでにも出費がかかって……」
「ははははは……よいよい、戦いに軍資金はあればあるほどよい……江戸の牧野殿に手紙を出して、妖怪退治に追加経費として了承して下さるよう、わしのほうからよくいっておく……」
「おおっ……さすが、亀石さま……乱世であれば戦術家として活躍したであろう、名御采配じゃい!」
「……調子にのってはいけませんよ、伴内さん」
「たはっ……こりゃ手厳しい、秋芳尼さま」
「ははははははっ」
荒れた空気が和やかになり、亀石たちは引き揚げ、後日、亀石が滞在している代官屋敷で、改めて岩魔退治の寄合をすることになった。
「しかし、ひと騒動おきたが、頼もしい味方ができましたな、秋芳尼殿!」
「そうですねえ、松田殿……イナンナさん、あの話を……」
「わかった……実は岩魔の企みの予想であるが……」
そして、イナンナ女王の口から半九郎たちに惑星改造計画の企みを話した。
「なんと……関東一円を毒煙地帯にする事だとは……なんという大それた企みだ……それが岩魔一号のいっていたオメガ計画とやらか……」
「う~~む……これは是非とも阻止せねばなりませぬなぁ……」
「そうじゃい、金剛。天摩衆の腕を見せつけてやるわい」
「岩魔との決戦は近いようです……」
そういって、秋芳尼は窓から西の夜空を見た。
宵の明星が見守るように輝いていた。




