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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第三話 邪眼!百の目をもつ通り魔
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怪奇!幽霊駕籠

 茜色の夕日が空と隅田川を赤く染める頃、通りを駕籠かきが早足でやってきた。春も終わりに近いが、日暮れともなると冷える季節。


「ふぅ~~、今日も働いたな……まずまずの稼ぎだろ。駕籠を池尻屋に返したら、ひとっ風呂浴びてから長屋に帰ろうぜ、熊吉」


「おうよ、いいね、八っつあん。その後はワインでキュッとやりたいね」


「なにがワインだ、バカヤロウ。お前は南蛮人かっ! 日本人なら酒か焼酎だろが……」


「そうだったな、八っつあん」


「まあ、金がないから濁酒どぶろくだがな……」


「いいじゃねえか、どぶろく美味いぜ! ジュルリ……」


「コノヤロウ……ワインがどうとかいってた癖に……」


 この気のいい駕籠かきは、同い年で、深川のナマズ長屋に住む若者。先棒を担ぐのは八郎兵衛といい、やや細見で、坊主頭にねじり鉢巻きの鉄火肌。後棒をかつぐのは熊吉といい、名前の通り、熊のように肥満して口髭が輪を描いている呑気者。


 花川戸から本所深川の池尻屋にむかう途中、通りの角で水車柄の赤い振袖にを着た、丸髷町人風の女が手をあげて、駕籠かきを呼び止めた。


「駕籠屋さん、ちょいと日本橋まで乗せてくださいな……」


 陰気な声だが、女は切れ長の目にすっとした鼻梁、牡丹のようにふっくらした唇の二十歳ぐらいの美女であった。


「うひゃあ~~、こらまたお美しいお嬢さんで……汚い駕籠ですが、是非ともどうぞ、どうぞ!」


「汚いは余計だ、熊吉! ささ、こちらへ……紐をしっかり握ってくださいな……行くぞ、熊吉」


「あいよ、八っつあん」


 美人の客にデレデレの熊吉を諌める八郎兵衛だが、内心は満更でもない。垂れ幕をおろし、駕籠をかつぐ。疲れた足腰も現金なもので、エイホッエイホッと威勢よく吾妻橋あづまばしへむかっていく。


 吾妻橋は八年前の安永三(1774)年に完成した新しい橋で、江戸時代、隅田川に架かった最後の橋である。百年以上前の明暦の大火で江戸の町は十万人もの犠牲者がでた。幕府は人口の増えた武家地、町人地に火除け地や広小路をつくるため、武家屋敷、寺社、町家を隅田川向こうの本所・深川へ移転させて復興都市計画を実行。計画は成功し、人口が増えて隅田川を渡るものが多くなったため、吾妻橋は誕生したのである。


 長さは七十六間(約138メートル)もあり、八郎兵衛と熊吉は息杖をついて、勢いよく渡っていたが、妙な感触がした。駕籠が少しずつ軽くなっていく感じがしたのである。橋の中ごろへつくと、空駕籠をかつぐのと同じ感触となった。それを知らない通りすがりの天秤棒かつぎや丁稚小僧がすれ違っていく。


 八郎兵衛と熊吉は吾妻橋を渡りきる頃には、肩と腰に伝わる感覚は空っぽの駕籠を担いでいると教えている。だが、後棒の熊吉は中の女がこっそりと抜け出たところなど見ていない。それに駕籠のなかには誰かがいる気配がした。


 ――もしかして幽霊か……それとも狐狸のたぐいに化かされているのか?


 二人の駕籠かきはぞっとした気分で、駕籠を隅田川沿いの往来を進んでいく。おりしも、日はすでに暮れてしまい、夕闇があたりを包み込み、周囲に人の通りが無い。柳の枝が夕風で、そよそよと幽霊女の髪のようにそよぐ。


「なあ、八っつあん……駕籠が妙な感じがするんだが……」


「お前もか……」


 震え声の熊吉にうながされ、怪訝な表情の八郎兵衛が駕籠のなかの女に声をかけた。


「もし、お客さん……乗り心地はいかかですかい? 腰が痛くはないですかい?」


 八郎兵衛の呼びかけに返事はなかった。さらに声を何度もかけるが同じく返事が無い。


「もしかして、具合が悪いのですかい? 駕籠をいったん、止めますよ……」


 駕籠が地面に下ろされた。駕籠は空だと、肩が伝えているが、駕籠のなかに人の気配はいまだにある。


「熊公、垂れ幕をあけてみろい……」


「ぶるるっ……嫌だよ八っつあん……お化けが出たらどうしよう……」


「デカい図体の割に小せえ肝っ玉だな……オイラにまかせろ!」


「さすが、八っつあん、頼りになる……」


 八郎兵衛の怖気おじけが、相方を叱り飛ばす事で軽減した。おそるおそる垂れ幕に手をかけた。熊吉はガタガタ震えながら


「お客さん、もしかして病気で? 返事がないようなので、失礼しますよ……」


 心臓の鼓動が早鐘のように打たれるなか、八郎兵衛がゴクリと唾を呑みこみ、垂れ幕を一息にあげた。


第三話は、2018年7月から8月にかけて連載したものを再掲載しました。


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