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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十二話 岩魔!外宇宙から来た妖怪
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赤い悪夢

 暗闇の中、女剣士が太刀を握って素振りをしている。


 汗が肌からしたたり落ち、肌着がべとべとになって気持ち悪い。


 しかし、女剣士は取り憑かれたように素振りをやめない。


 さらなる熱気が左側から感じられ、首を向けると、暗中に赤い壁が見えた。


 いや、壁では無い。

 赤い鱗の蛇の巨体だ。


 家より大きい蛇体は身をくねらせると、右方から巨大な竜の顔がこちらを向いてやってきた。


「くっ……邪竜め……」


 娘剣客は恐怖の表情を浮かべて巨竜の頭に力をこめて太刀を打ちこんだ。


 しかし、重い衝撃で手が痺れ、太刀がはね返される。


「ギャオオオオ~~ン!!」


 赤い巨竜の首は五つに増え、娘剣客に向けて鋭いを牙をむきだし、人間を丸呑みできるほどのあぎとを開いて襲いかかった。


「やめろぉぉ……くるなぁぁ……」


 女剣士……紅羽は太刀を滅茶苦茶にふるい、抵抗した。




「うわぁぁぁ……はっ!!」


 紅羽は目が覚めた。

 胸がどきどきと早鐘のように動悸している。


 ここは湯治宿の女部屋だ。


 寝間着がぐっしょりと汗をすって気持ち悪い。


 上半身に小さな足がのっかっていた。

 隣に寝ていた黄蝶のあんよだ。


「ったく……寝相が悪いぞ、黄蝶……」


「すぴぃぃ……もう、食べられないのですよぉ……」


「やれやれ……幸せな夢を見てるよ、もう……」


 溜息をつく紅羽だが、思わず笑みがほころぶ。

 隣で寝ていた竜胆が寝ぼけまなこで、


「なんじゃ……悪夢でも見たのか?」


「ん……まあね……龍に襲われる夢を見ちゃったよ……」


「龍……五ツ首ネルガルのことじゃな……」


「昨日はああいったけど……まだ心の奥底で悪い夢を見るほどの恐怖心や臆病な心があるみたいだ……」


「そうか……」


「だけど、あたしは天摩の負けじ魂を忘れちゃいない……この試練に打ち勝ってみせるよ!」


「その意気じゃ、紅羽」


「おしっ!」


 紅羽は起ちあがって帯をとき、寝間着を脱いで着物袴姿に着替え、長い髪を結んだ。


「なんじゃ? どうした紅羽……」


「ちょいとね……」


 太刀を引っさげ、まだ寝ている黄蝶と秋芳尼が起きないようにそろりそろりと忍び足で廊下へ出て階段を降りた。

 

中庭に出た紅羽は比翼剣紅凰を構え、素振りを始めた。



「えいやぁっ!! とおおぅ!!」


 ――弱い心に負けるな、あたし!! 天摩の負けじ魂を見せてやるっ!!


 天摩衆の忍法の根本である神気は人間の精神から生まれる。


 強い気力を持てば、強力な神気術を使える。


 だが、弱気や臆病な精神状態だと弱い神気術しか発揮できない。


 五ツ首竜ネルガルへの恐怖心を、紅羽は武道の鍛錬をすることで、「なにくそっ!!」と勇気を奮い立たせているのだ。


 邪竜ネルガルを胸に思い描き、仮想敵に対して素振りを続ける女剣客忍者。


 いつもの鍛錬を続ける内に自然と元気がでて、揺れ続けた精神も落ち着いてきた。


 目の前に薙刀の切先が突きだされた。


「竜胆……」


「どれ……一人稽古では物足りぬであろう……私が相手じゃ」


「おうっ……一汗かこうか!」


 カッ! ビュッ! カシンッ! パシッ!! 


 温泉宿の中庭で剣客娘と巫女剣士の練習試合が白熱していった。

 

 二階の男部屋の障子がひらき、寝間着姿の松田半九郎と金剛、伴内が顔を出した。


「朝から騒がしいと思えば……紅羽と竜胆が修行をしていたのか……」


「うんうん……妹弟子ながら、感心、感心……ああして互いに技を競い合う……青春ですなあ……」


「なるほど……ふたりは同い年で好敵手同士……甘酸っぱい青春の一場面というところか」


 金剛が腕をくんで「うんうん」とうなり、半九郎も笑みがこぼれる。


「ふぁぁぁ~~あ……やれやれ……騒々しいやつらじゃい……わしはもう一眠りするぞい……」


 伴内があくびをして布団にもぐる。


「どれ……俺も一汗かこうかな」


「おおっ……では俺も……」


 中庭の鍛錬に男ふたりも加わった。


「なんだ、松田の旦那と金剛兄も特訓かい」


 松田同心が同田貫を抜き、金剛が特大金剛杵をふるって撃剣試合をはじめた。


「ああ……安房国は一刀流中西派の流祖である小野忠明おのただあき殿の生誕の地……岩魔なんぞに蹂躙じゅうりんされてたまるものか……」


「金星王国を滅ぼされたイナンナ女王の英霊をなぐさめるためにも、岩魔を倒さんとなっ!!」


 四者が元気に修練をする様子を、二階の窓から秋芳尼はほほ笑ましく見守っていた。


 黄蝶はいまだ布団のなかでむにゃむにゃと、幸せな夢を味わっている。




 朝食をすませた一行は、浜路宿ちかくにある天空丸を隠した森へいった。


 イナンナ女王の指示で空中帆船の修理をはじめた。


 五ツ首竜に壊された空中帆船の帆柱や船体は木を伐り倒して修復できるが、帆布の形をした太陽光集積器シートは現在の地球の科学レベルではなおすことができなかった。


「その太陽なんたらシートというものが無いとどうなるのですか、イナンナさん?」


「うむ……三本マストの残りの帆だけでは太陽光エンルギーを集めるが遅れるのである……」


 操縦室のメインコンピューターを調べていたイナンナ女王は、


「船底の格納庫に予備の太陽光集積器シートがあったのである!」


「まあっ!! 良かったですわぁ……」


 外では半九郎、金剛、伴内は切り出した木材をかんななどで整えて帆柱や壁板に整えている。


 紅羽と竜胆、黄蝶は焼け焦げた壁板を外していた。


 近くの寺から真昼ここのつを知らせる鐘の音が聞えた。


「ふぅぅ……そろそろ昼休みにするかいのう……」


「さあ、みなさん……浜路屋さんで作っていたいただいたお弁当がありますよぉ……」


 秋芳尼がお茶を用意して支度をしていた。


 イナンナ女王は金属犬の姿に戻り、横に転がった。


 日向ぼっこをして太陽光エネルギーを取り込んでいるのだ。


 午後、秋芳尼は紅羽、竜胆、黄蝶をつれて、岩井の温泉町で必要なものを買い物にでた。


 当座の食糧や必需品、そして仏具商で抹香を大量に買い取った。


 風呂敷包みを背負った黄蝶が、


「抹香がたくさん手にはいって良かったのですぅ……」


「あんなに強い岩魔に対抗できるの、昔からある抹香とは、不思議なものですええ……」


「きっと、仏様の御業なのですよ!」


「ほほほほほ……」


 和やかな雰囲気で森の中の修理場へ戻る四人。そのとき、


「あっ……また地揺れだ……」


 温泉町の商家の天水桶が崩れ、屋根瓦の一部が落ち、通りすがりの湯治客や商家の者が悲鳴をあげて逃げ惑った。


「あらあら……まあ、大変!」


「秋芳尼さまっ! 広い場所へ逃れましょう……」


 竜胆が比丘尼の手を引っ張ると、大地の鳴動は途絶えた。


「あっ……もう、やんだのですぅ」


「イーマはこの地震ないも岩魔の仕業といっておったのう……」



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