空中帆船・天空丸
左七郎や小助が見上げる中、陽炎のようにこつ然と姿を消した空中帆船・天空丸。
いったいどういうことなのか? ここで時間を少し巻き戻そう……
天空丸の甲板外縁部の楯板から下の景色を見る紅羽たち。
彼女たちがいた鋸山の奥地にある岩魔砦跡は巨大な穴となり、倒した岩魔二号の破片が散らばっているのが見えた。
「いやぁ……戦っている時は夢中で意識してなかったけど、えらく高いところにいるもんだ……」
「空飛ぶ船からの眺めは、山に登ったときとはまた違う感じですねえ……」
「あの雪が降って樹氷のようになっておるのは、岩魔によって水晶にされた森じゃな……」
水晶の森は雪が降ったように陽光に反射している。
半九郎はちらりと外を見て、顔を青くした。
上空300メートルの高さにくらくらする。
「お前達、よく見られるなあ……」
「ふう……久々に術を連発して疲れたわい……一休みさせてもらおうかな……」
天摩忍群小頭の伴内は矢倉の壁に腰掛けて仮眠を始めた。
「では、わたしも……お前達も今のうちに休むといいぞ……」
先輩忍者の金剛は甲板の上に胡坐をかき、指をくんで瞑想を始めた。こうして体を休めて、神気を臍下丹田に蓄積しているのだ。
「神気を大量につかったけど、若いからまだ元気があるよ」
「天空丸のあちこちを一回りしてみないですか?」
「それもそうじゃな……日本や異国の船のともちがう他の星の技術で造られた船じゃからのう」
「きゃはっ……みんなで見学するのですぅ!?」
若い三女忍は戦闘のあとだというのに好奇心いっぱいであるようだ。
甲板の背後へと向かう紅羽と竜胆のあとに続く黄蝶に、金属犬イーマが寄り添った。
「みなさん、お元気ですね……操縦室を案内しましょうか?」
「あっ!? そうですよ、イーマちゃん! 船の舵取りをしている秋芳尼さまが心配なのですよ……」
「そうでした……秋芳尼さまに操縦をまかせきりでした……」
金属犬イーマはイナンナ女王の姿に戻り、矢倉から船内の操縦室へ行った。
黄蝶が追いかけると、その後を少しふらついた半九郎がつづく。
「あっ……俺も行こう……秋芳尼殿が心配だ」
「松田のお兄ちゃん、足がふらついているけど、船酔いなのですか?」
「ん……まあな……」
「あっ! ……そういえば、たしか松田のお兄ちゃんは高い所が苦手だったのです!!」
「ぎくっ! いや……違うぞ、別に俺はだな……」
頬を赤らめて否定する松田同心。
そんなやりとりの間、イナンナ女王は空中帆船矢倉の操縦室に入り、途方にくれる秋芳尼と運転を交代した。
「もおぉ……遅いですよぉぉ……イナンナさんたら!」
「すまぬ、秋芳尼殿……しかし、怨敵のひとり岩魔二号を撃破できた……本物のイナンナ女王と金星の民たちへの供養ともなろう……」
「まあ……そうでしたの……」
イナンナは両手を全面に伸ばし、透明電子スクリーンやタッチパネルに浮かぶ記号や文字などを両手で上下左右に動かしはじめた。
「ここで空飛ぶ船を操縦しているのか……絵草紙にでてくる異国とも違った不思議な部屋だなあ……」
「仙人の国みたいですぅ」
入口から半九郎と黄蝶がはいってきた。
「まあ、ふたりとも見学にきたのですか?」
「ええ……まあ……その……外の景色はもういというか……」
「イナンナ女王さま、両手を動かして、なんだか踊っているみたいですねえ……」
「これはジェスチャー式ユーザー・インターフェイスであるが、傍から見れば踊っているように見えるであるか……」
空中帆船の太陽光エンジン、反重力制御システムや航空推進機器は安定している。
「この船には反物質バリアの他にもさまざまな機能……カラクリ仕掛けがあるようである……」
イナンナの褐色の指があちこちのスイッチを撫でると、前方に大きな電子映像スクリーンが空中に投影された。
マルチディスプレイに甲板後部にある八角錐の水晶のような気象センサーを興味津々に見学する紅羽と竜胆が映る。
「あぁぁ!! 紅羽ちゃんと竜胆ちゃんそっくりの絵が浮かびあがったのですぅ!!」
「しかも……この絵は動いているぞ……凄いカラクリだな」
「……あらまあ……なんだかわたくしの法術・浄天眼で映る鏡像のようですねえ……」
「そういえばそうなのですぅ!?」
すると、ディスプレイの中の紅羽と竜胆が驚いたように宙を見上げた。
「わおっ!! どこからか声がするぞ!?」
「これは黄蝶たちの声じゃ……どこにいるのじゃ?」
キョロキョロと見廻す二人の退治人。
「二人の声も聞こえるですよ!!」
「甲板や船内には小型撮影機と集音機が設置され、船員に連絡できるようになっておる……これも異星のカラクリだ」
「そうなんですかぁ!?」
操縦室に紅羽と竜胆も入ってきて、絡繰り仕掛について種明かしをした。
「へえぇ……こりゃまた凄い」
「興味深いのじゃ……」
素直に感心する紅羽と好奇心に眼を輝かせる竜胆。
「むっ!!」
イナンナ女王がタッチパネルに赤く光る計器があるのを見つけた。
自動レーダー装置が未確認飛行物体を発見したのだ。
「北方より……敵が来るようだ」
「敵……ですか!?」
「おそらく岩魔の遊星ボート……しかも六機」
「遊星ボートだって……それはもしかして、神田久右衛門町の才槌長屋に出現した空を飛ぶカラクリ船のことか!?」
松田半九郎が数日前に目撃した遊星兵団の宇宙偵察艇を思い起こす。
「それはおそらく数人乗りの小型遊星ボート……これは中型の戦闘用遊星ボートと思われる!」
南の空からこちらへ、光り輝く六つの飛行物体が高速でやってきた。




