怪鳥対巨人
地上では、水晶の森を抜けた秋芳尼たちが開けた窪地に出た。
漁村から追っている小型の人面岩は窪地の一角へ飛び、ゆっくりと下がっていった。
その時、ボォォォ~~~~ンと鐘のなるような音が聞えた。
「また鐘の音が……俺が見てきます!」
「気を付けてください、松田殿……」
松田半九郎が身を屈めて偵察にいき、戻ってきた。
「……窪地の下に坂のような細道が沿って続いています……擂鉢状の窪地の下は十町四方ほどの空き地となっており、明鐘岬の漁村にいたような虚ろな表情の人夫たちが、洞窟から数十人も出てきました」
瓦偶駒から降りた秋芳尼と伴内がそれを訊く。
紅羽たちが巨大人面岩に乗ってやってきた場所であるが、中央部に巨大人面岩は見当たらない。
「人夫たちが?」
「ええ……他の方角からも人面岩が五つほどやってきて、人面岩の口にあるお供え物を取りだし、釜や鍋で穀物を抱き出したり、魚を焼き始めたりを始めました……」
「まあ……そういえば、もうそろそろお昼の時刻ですしねえ……あの鐘の音は食事の合図だったようですね」
「岩魔どもは近隣の村人たちを集めて、何かを造らせているのかもしれませんなあ……」
「陽が沈んて、人夫たちが眠ってから、侵入しましょうか?」
「あいや、松田殿……飯時なので、警戒がゆるんでいるでしょう……こっそり侵入してみましょう」
「えっ!? こんな真っ昼間に? さすがに岩魔に気づかれるのでは……」
「真っ昼間だからこそですぞい……忍術には、闇夜にまぎれて敵地に侵入する陰術が有名ですが、昼日中に敵地に侵入する陽忍の術というのもあるんですじゃい」
「陽忍の術とはいったい?」
「ようするに、謀計の術をもって、己の姿を現したまま敵地に忍びこむ術ですわい」
「忍術にはそんな術が……いったい、どうやって!?」
「本来は、あらかじめ数ヶ月から数年をかけて敵地を調べてから入る『遠入りの法』が確実じゃが、今回はそんな時間はない……そこで短期間で入る『近入りの法』ですわい。その中でも『水月』の術がふさわしい!」
かくて、三人は小型人面岩が下っていった坂のような細道を歩いて降りていった。
他の村人のように、虚ろな眼差しにぼんやりとした表情で進む。あちこちで炊飯の煙や五徳で焼く魚の焦げる匂いがただよう。
そこを松田半九郎、秋芳尼、松影伴内が通るが、誰も気にしない。
馬の土人形に乗った尼僧など、相当目立つはずだが、人夫たちは歯牙にもかけない。
「……けっこう、うまくいくものですな、伴内殿……これが『水月の術』……」
「いかにも……『水月の術』とは、水中に写る月のごとく、状況のしだいにあわせ、臨機応変に忍び入る術……漁村での村人の無関心ぶりから、これでうまくいくと思っておりましたわい」
「ほほほほほ……忍術にかけては、伴内は詳しいですから……」
三人は人夫たちが出てきた洞窟の入り口を目指した。
そこは紅羽たちが入った場所でもある。その途中、岩石人間の兵士がふたり見えた。
右手に鉄球にトゲの生えた星球の長柄をもって人夫たちを監視しているようだ。
「……岩魔の兵士がいるぞ……」
「なに、松田殿……虚ろな表情でいけば、大丈夫ですわい……」
「……そうですな……いざとなれば、刀で……」
三人が岩魔兵士に近づいて通り過ぎようとすると、敵兵は鼻のあたりを押さえた。
「うっ……なんだ……この匂いは……」
「これは……ブリューレギだ……まさか地球にブリューレギが!?」
「そこのお前だな!!」
岩魔兵士が星球棍棒を尼僧に向けるが、匂いに我慢できず、タジタジと後ろに下がる。
「えっ!? ……わたくしですか? 昨日旅館でお風呂に入りましたが、そんなに匂いますか?」
「なにをたわけた事を……」
岩石人間が左手で鼻を押さえ、意を決して、星球棍棒を秋芳尼に向けた。
「ここまでか!!」
「かくなる上は戦闘じゃい!!」
「おっと、待ちな……そいつらは妖霊退治人だ!」
岩魔人間兵士の背後から、三度笠をかぶり、合羽をまとい、振り分け荷物を肩にしょった旅人が現れた。
「わしたちの正体を知っているとは、貴様、只の股旅ではないようじゃな!!」
「いかにも、二度目の再会よ……あっしは岩魔四号でござんす……最初に逢ったときとは姿が違うがな……」
「もしかして……竜胆と金剛を連れ去った鳥岩魔ですか?」
「おおっ!? そこの女は勘が鋭いねえ……てっきり、今頃は海の藻屑となったと思ったがな……ブリューレギを持っているのだろう……そいつを渡してもらうでござんすよ」
「おい、岩魔四号とやら……ブリューレギとはなんなんだ?」
「何って、その女の黒い服からプンプンと匂っているじゃねえかよ!」
「もしかして……この服のことですか?」
秋芳尼が袖を鼻に寄せると、一昨日焚いた抹香の残り香が匂った。
「秋芳尼さま……一昨日の天芳尼さまの月命日で!!」
「あっ……なるほど、もしかしたら……」
秋芳尼が懐から香炉入れを取り出し、伴内が火打石で抹香に火をつけた。
煙がわきあがり、周囲にシキミの香りが漂い出した。
「ぐわああああああっ!?」
抹香を嗅いだ岩魔兵士ふたりが苦しみだし、武器を投げ出し、悶絶して地面に倒れ、気絶してしまった。岩魔四号は耐え切れず、背後に飛び退いた。
「奴ら……岩魔は抹香の匂いが苦手なのか!?」
「抹香は仏の食べ物であり、魔除けの意味もあるのです!!」
抹香は、沈香・栴檀・シキミの葉や皮を粉末にしたお香で、法事のお焼香で、参列者がこの粉末香をつかんで、香炉入れへ落して香を焚く時につかう。
沈香や栴檀は高くて鳳空院では手が出ないが、シキミの植物は古来より、死者を守る植物としてつかっていた。
シキミは奈良時代に唐から来た僧侶・鑑真に、天竺や極楽浄土に咲く花『青蓮華』に似た花として伝えられる。
平安時代、故人を土葬していたが、遺体の腐臭を嗅ぎつけた野犬が堀り返して食べたり、悪霊や魔物が屍体に乗り移ったりしてしまうので困っていた。
そこで毒性の強いシキミを野犬や悪霊妖霊除けとして墓場に植える習慣があったのだ。
「おのれ……妖術・楯無!!」
股旅姿の岩魔四号が右足を突きだし、銀色の足輪をつかって反物質バリアを広げて、抹香の匂いから身体を守った。
「あっしは岩魔兵士どもと同じ失態はしないでござんすよ……なんせあっしは失敗しないからな!!」
岩魔四号はバリアを解除し、銀色の足輪から任意性引力波を出して尼僧の身体を宙に浮かせた。
「きゃあああっ!!」
そして、秋芳尼を大きな半透明の球体に包みこむ。
「妖術・光獄球!!」
「まずい……竜胆と金剛殿をさらった術だ!!」
股旅姿の男は合羽をひるがえした。
その布切れが伸びていき、蝙蝠のような翼手となり、後頭部に烏帽子のようなトサカが生じ、全身が白い羽毛が生え、歯無翼竜に似た怪鳥に変形した。
「キエエエエエエエエエッ!!」
翼竜は翼をはためかせ、空へ上昇。
上昇気流をたくみに利用し、天空を飛び、秋芳尼を捕えた光球体を持ち上げた。
「こいつはもらっていくぞ!!」
「そうはさせんわい!!」
松影伴内が地面に両手をつき、九字結印法を切り、大地に両手をついて神気を注入した。
掌が光り輝き、周囲に光の円がえがかれた。
「大地に宿る形無き土塊どもよ……現世に出でて歩み従う影となれ……天摩流土術・瓦偶巨人乙型!!」
輝く円陣から、トンボの複眼のような眼をもち、ふくよかな女性のような姿形に、渦巻きのような紋様が施された、身長20メートルもある遮光器土偶型の巨人が大地から出現した。
遮光器とは、イヌイットやエスキモーが、紫外線による雪目を防ぐためにつけるスノーゴーグルのことだ。
「ばに゛ゃあ゛ぁぁぁ!!」
「おおっ!! 向島で見たときの瓦偶巨人と形が違う……」
「新型の瓦偶巨人ですじゃい!! 以前の鎧兜を着たのは甲型で、こいつの名前は瓦偶巨人乙型といいますわい」
遮光器土偶巨人がずんぐりした手で秋芳尼を捕えた光球体をもぎとって下ろした。
光体の檻は消滅し、松田同心が支えた。
「おのれっ!! けったいな術を使いやがって……」
「さあ、秋芳尼様と松田殿はさきに洞窟へ……この破れ蝙蝠はわしが退治しておきますわい!!」
「わかりました……伴内殿!」
「あとをお願いします、小頭……」
松田は秋芳尼の乗った瓦偶駒の手綱を引いて洞窟へと駆けた。
「待て……逃すか!!」
「おおっと、そうはさせんぞい……わしが相手じゃい、破れ蝙蝠!!」
「誰が破れコウモリだ!! あっしの名前は岩魔四号だ、髭爺い!!」
「誰が髭爺いじゃい、わしは松影伴内じゃい!!! 天摩流忍術の師匠格じゃぞ!」
「知るかぁぁ!!」
遮光器瓦偶巨人がのしのしと大地を揺らしながら宇宙翼竜につかみかかった。
怪鳥竜は翼をはためかせ、強風を起こして巨大土偶人形を牽制し、上空に舞いあがった。
銀の足輪を巨人像と初老忍者に向けた。
「髭爺いめ……これで消え去れ……原子分解光線!!」
足輪の先に高熱エネルギーが生じ、伴内に向かって放射された。




