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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十二話 岩魔!外宇宙から来た妖怪
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人面岩

 巨大人面岩の頂上では、紅羽たちが降り落とされないよう、必死に礒岩島につかまっていた。


「ぴえええええっ!! なんだか岩島が空を飛んでいるみたいですぅ!!」


「しっかり捕まっていろ、黄蝶!!」


「島が空を飛ぶだなんて……おいらは夢でも見ているのか!?」


「夢だったらいいが、どうやら現実のようだ……」


 やがて岩塊の浮上は終わり、空飛ぶ岩島はゆっくりと房総半島へ向けて移動していった。


「半島へ移動しだしようだ……」


「どこへ行くのですかぁ?」


「さっぱり、わからん……なあ、イーマ。これも岩魔の機巧からくりなのか?」


 金星犬イーマは岩のでっぱりに下半身を液体金属化させて付着している。


「おそらくは……金星でも半重力装置をつかって空飛ぶ舟を使用しておりますが……」


「すると、この岩島は……岩魔の船なのかなあ?」


「もしかしたら……これは宇宙の隕石かもしれません……岩魔は他の星々へ潜入するときは隕石に潜りこむらしいという話です……しかし、それは小型の流星隕石だと思っていましたが、これほどの大容量の岩塊を浮上させるとは……」


「ぴえええ……この岩の塊に潜んで地球にきたという事ですかぁ……」


「おそらくは……そして、銀鮫丸やマキューラ号を引き寄せたのはこの隕石の引力だと思われます……岩魔の科学力は底がしれません……」


「インリョク? 前にイーマがいっていたジュウリョクみたいなものか?」


「はい……引力とは地球の物体が地面に近寄る現象です。この隕石物体の質量が重力場を発生させ、任意性引力によって、船を引きつけたのではないかと思われます。そして任意性引力を反対に作用させることで、空中を飛行することが可能だと思われます」


「う~~~~ん……なんだか難しすぎて、さっぱりわからん……」


「黄蝶もですぅ……頭痛がしてきたのですぅ……」


 紅羽と黄蝶が右手で額をおさえた。それを聞いていた左七郎は、


「おいおいおいおい……金星ってのはなんなんだ? 空飛ぶ舟ってのは? 空を飛ぶ島ってのは? だいいち、なんで犬がしゃべるんだよ!?」


「うるさいなあ……話が長くなるから、今は大人しくしていろよ……」


「大人しくしていられるか!? なあ……これだけは教えてくれ……渡海屋繁蔵たちは本当に死んでしまったのか?」


「ああ……左七郎……お前も見たろ?」


「……ああ……ああ……岩蛇に喰われたみたいだった……だけど、あまりに突拍子もなさ過ぎて、現実感がねえ……信じらねえんだ……」


「……左七郎さんは、渡海屋繁蔵の跡継ぎに見込まれるほど、仲が良かったのですか?」


「そういうわけじゃねえよ、黄蝶ちゃん……あいつはどうしようもない悪党だが、最後は怪物に喰われるなんて、あんまりじゃねえかよ……」


「………………」


 紅羽と黄蝶が顔を見合わせる。


「左七郎……なんだかんだいって……渡海屋のことを……」


「……ああ……縁を切ったさ……あいつは黄蝶ちゃんやお前を異国に売ろうとした極悪人だ!!」


 口を大にしてわめく悪童侍。だが、しょんぼりした様子となり、


「だけど……だけど……おいらは、あいつのこと……嫌いじゃなかった……それに、あいつは、おいらがこの先なるかもしれなかった、もう一人の自分のようにも思えるんだ……」


「……そんな事はないと思うですよ……渡海屋は渡海屋……左七郎さんは左七郎さんなのです……考えすぎなのよ……」


「ん……考えすぎか……そうかもなあ……おいらはおいらだよな……」


「……この空飛ぶ岩島もそのうち陸地に降りるだろう……そのときに逃してやるから、江戸へ帰って、この事は忘れな……」


「そうですよ……賭け事や悪い人の用心棒とかしないで、今度は真面目に働くのですよ」


「……ああ……そうする……兄貴に武家奉公先を世話してもらうよ……」


「お兄さんがいるのですか?」


「ああ……おいらは深川にある、さる大身旗本の用人の家柄に生まれた……」


 用人とは、江戸時代の武家の庶務を司り、主君の用向きを家来たちに伝える役目であり、家来の中から優れた者を選んだ。


 江戸徳川幕府の旗本の場合、大名でいえば家老格である重臣だ。



「なんだ……えらく偉そうな武士のドラ息子だったのか……」


「違うわ!! いや、違わないか……武家奉公ってのはなあ、それはそれは大変なんだぞ!!」


「そうなのか?」


「ああ……おいらが九歳のときに親父が亡くなり、一番上の兄貴が家督を継いだ。だけどよ、主君は十七歳の若造だった兄貴を舐めて、家禄を半分にしやがった……怒った兄貴はおふくろと妹たちを連れて主家を去って、別の旗本につかえた。二番目の兄貴はすでに余所の養子となった。それでおいら一人が残って、跡を継いだんだ。俺は九歳だったが、正直、ありがたく思ったね」


「どうしてですか? 俸禄を半分にされたのですよ?」


「それがさ、黄蝶ちゃん……武家の三男なら、本来は部屋住みの冷や飯食い。家禄が半分でももらえるだけ、御の字なんだよ……それに当時のおいらは出世して、元の親爺以上の俸禄になってやるぜと息巻いてもいた……」


「いた……って、まあ、先はなんとな~く、わかるけどなあ……お前の性格じゃ、殿様につかえて武家奉公なんて合わないだろう……」


「よくわかったな……悔しいが、その通りだ……九歳のおいらはまず、主君の孫に小姓として仕えたんだ。だけどよぉ……この孫がとんでもない莫迦殿で、怒りっぽい奴でさあ……おいらは我慢に我慢をして耐えて仕えていたんだ……だけど、莫迦殿に仕えるのが嫌になり、五年後に飛び出した。そして、兄貴のところへ厄介になった。やがて他の武家での奉公先を紹介してもらったんだが、ここでもうまくいかずに数ヶ月で飛び出した……さすがに兄貴の所にも帰って合わせる顔がない。それで知りあいの家に厄介になったり、荒れ寺で野宿したりと放浪した……荒れていたおいらは賭場で憂さ晴らしをしたが、借金が溜まりに溜まって、しまってよぉ……ヤクザ共三人に追いかけられ、逆にのしてやった」


「ヤクザを撃退するとは、腕っぷしだけはあるな……」


「他のボロ寺の賭場で遊んでいると、今度はヤクザ一家が大勢で仕返しにきた。境内で大乱闘になったが、さすがに今度ばかりは俺も年貢の納め時かと思った……だが、その賭場には渡海屋がいて、間に入ってくれた。それで、借金を肩代わりしてくれる代わりに用心棒となったんだ……単純に喧嘩の腕を買われていたと思っていたが、まさか、跡継ぎ候補だったとはなあ……」


「ぴええ……波乱万丈の人生だったのですねえ……」


「そうなんだよ、黄蝶ちゃん」


「おい、待て……すると、お前は今、数えで十四歳か?」


「ああそうだぜ」


「一個下だったのか……背が高いから、あたしより上かと思った……」


「ははあ……おめえ、年上かよ……で、黄蝶ちゃんは?」

「黄蝶は十三歳なのですよ」


「一個下かあ……江戸に来たら、今度は流行のお店で御茶をしないか?」


「駄目なのです……妖霊退治人のお仕事があるから、恋愛沙汰はしないのですよ!」


「しょんなぁぁぁ!?」


「おおっ!! よく言った黄蝶!!! こんな無頼者の悪童侍なんぞと付き合うなんて、あたしが許さん!!」


「チッキショウ~~ふられたぁぁ……けど、おいらも男だ……きっぱり諦め、付きまとったりしないぜ!」


「おっ、えらく諦めがいい奴だな……奉公だけじゃなく、恋愛も諦めが早いな」


「うるせえなっ!! どうせ俺はなんでも半ちく者よ……」


「……きっと、そのうち、左七郎さんにも合う仕事が見つかるのですよ」


「うぅぅぅ……ありがとよ、黄蝶ちゃん……優しい子だなあ……」


「しかし、この岩島の船の穴に隠れた岩蛇どもが、その後、音沙汰がないなあ……」


「眠っているのでしょうか?」


「まさか……とか、言ってる間に、海から岸についたみたいだぞ……」


 一同が遠巻きに地上を見ると、洗濯板のようにギザギザの磯が見えた。その先にはノコギリの歯のようにギザギザの鋸山の尾根が見えた。




 その頃、地上では、秋芳尼たちの乗った船手組の小早が明鐘岬みょうがねみさきの磯に到着した。


 松田半九郎、秋芳尼、伴内は船手組の木下同心と水主たちに別れをつげ、岬に立った。


「石積場の湊には誰もいないようですじゃい……」


「例の化け蟹騒動で、石材屋関連の人夫や水主たちも避難しているのでしょう……」


 明鐘岬は上総国と安房国、今の千葉県の富津市と安房郡鋸南町の境目にある岬であり、標高329メートルある鋸山の険しい尾根の西のはしが、垂直の崖となって江戸湾に落ち込む地点でもあった。


 明鐘岬には鋸山の房州石を船で江戸などに送り出す石積場の湊があり、石材問屋の持ち船、房州石の置き場や番所などがあるが、人の姿は見えない。


 鋸山の採石場では、石工が金槌とノミで穴を掘り、崖から石を切りだし、数トンの大きさに整える。


 それを人夫たちが修羅というソリに乗せて、明鐘岬の湊まで運んでから、石船に積み込むのだ。


 別の方角の磯場には小さな漁村がみえた。


 魚見櫓や魚見小屋、干した網や浜に上げた漁船が見えるが、こちらも人気がない。


 波は比較的におだやかだ。ここはクロダイ、メバル、ウミタナゴなどが釣れる漁場でもある。


 そこから南へ行った先の海には兜岩かぶといわという磯がつき出している。


 兜岩と明鐘岬のあいだにある小島はアソ下ハナレと呼ばれ、干潮時には歩いて渡れるが、海が荒れると危険で歩けない。


「ここが明鐘岬の磯かぁ……胡麻塩ごましおみたいな石だらけだな……」


 胡麻塩のような岩は火山灰がかたまったゴマシオ状凝灰岩という。


「まるでせんたく板のようにギザギザですねえ……そういえば、なぜこの岬を明鐘岬というのでしょう?」


「ああ……船手組から聞きましたが、その名称の由来は岬近辺の海中から『妙な鐘』が現れたからといわれております。妙鐘がいつしか、明鐘となったらしいですね」


「妙な鐘ですかぁ……一度、どんな鐘の音がするか、聴いてみたいものですねえ……」


「なあに、他愛もない昔話じゃて……きっと、鳳空院の鐘の音色がいいに決まってますわい、わはははは……」


「まあ、小頭ったら……ほほほほほ……」




 水戸光圀は『甲寅紀行』に、父の実母の墓参りのため、延宝二(1674)年の四月下旬、水戸から下総・上総を通り、金谷湊から三浦半島に渡ったのだが、明鐘岬に立ち寄っている。


「鋸山の出崎の小なる路を、岸に沿いて通る……明金(鐘)の内に八町(約870メートル)許り難所あり。荷付馬通る事ならざる間、一町半あり。明金が崎にて、山も石も、皆、南と、北と、西方へ傾き向ふなり。これによって両国の境界は、自ら分かるなり」と記述されている。


 現在は国道127号線がはしる道も、当時は磯伝いに人一人がやっと歩ける道しかなったのだ。


 水戸光圀がわざわざ遠回りしてみたのは、有名な難所が気になった、というのもあるだろうが、富士山を眺める景勝地として有名であったのも立ち寄る理由であったのではないか。


 明治時代に新道が開通し、夏目漱石も学生時代に房総一周旅行をしている。漱石は保田海岸に長逗留をして海水浴をし、鋸山の日本寺にも登ったことを「木屑録」という漢詩にしている。




「おっ!」


 松田が右手をひさしにして、内房うちぼう東の方角へ向き、感心した表情となる。


「どうしたのですか半九郎殿?」


「遠くに富士山が見えます……」


「まああ……きれいですねえ!!」


 江戸時代後期、安藤広重は明鐘岬を二度おとずれている。


 浮世絵『富士三十六景 房州保田海岸』と、うちわ絵『房州の名所 房州保田の海岸』という風景画を残した。


 鋸山の突端にある明鐘岬は海面より一段高い平場がひろがる海岸段丘である。


 波にけずられて平らになった波食台が大地震の影響で高くなり、断層や凝灰岩が見られる。


 昔からこの明鐘岬越えの路は関東でも有名な天険難所であり、急峻な鋸山越えをさけ、海岸の平場を歩いて岬を越えるしかなかったようだ。


「お二人とも、富士山に見とれている場合ではないですぞい!」


「おお、そうでした……」


「早く紅羽たちを助けねば……」


 空中を飛行する人面岩は鋸山の尾根を越えていった。


 三人は洗濯板のような海岸段丘を越え、海蝕崖を横目に、磯慣いそなれの松を過ぎ、鋸山を目指した。


 途中、漁師の住む集落が見えたが、人気はない。


 化け蟹騒動で避難したと思われる。


 ボォォォ~~~~ン!


 人気のない小さな漁村の何処からか、不思議な鐘の音がしてきた……



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