終章
「いけないよ……黄蝶ちゃん!」
捕縛された又三郎が叫ぶ。だが、黄蝶は一歩も引かなかった。
「待て待て……意固地になるでない、黄蝶。らしくないぞ……」
竜胆が仲裁に入って止める。紅羽もキッとなって羽黒山伏に物申した。
「いいか、轟竜坊のオッチャン、あんたが酔っぱらって寝込んだ間に私たち妖怪退治人と鎌鼬三兄弟で巨大カマキリを倒したのよ!」
紅羽も腰の太刀の柄に手をかける。交渉決裂になるなら、刃をまじえるのも辞さない心算だ。
「オッチャンではないわい! むむむ……もしや、十番馬場であがった火柱は……」
「そうだよ、あたしの必殺技・朱雀落としだよ!」
紅羽が胸をはって親指で自分をさす。
「しかし……絵馬は?」
「その鎌鼬の背負った絵馬は私が封印したものじゃ。妖気の残骸を封じ込め、カマキリ妖怪を追跡してきた三兄弟に餞別として送ったのじゃ」
「うむぅぅぅぅぅぅぅぅ……じゃが、証拠は?」
「その妖怪たちから血の匂いはするかのう?」
竜胆の言葉に轟竜坊は鎌鼬三兄弟を妖縛条で吊り上げ、クンクンと匂いを嗅ぐが、血臭は感じられなかった……
「確かに……血の匂いはせん……」
羽黒山伏は妖縛条にこめた霊力をとき、鎌鼬三兄弟を解放した。彼等は三人娘に涙ながらに感謝した。
「黄蝶ちゃん……私たちの代わりに抗弁しれくれてありがとうだっちゃ……」
「いいのです、又三郎さんたちは何も悪い事をしてないのですから……」
別種族であれば争いもわだかまりもあるであろう。しかし、話し合えばわかることもあるのだ。
すっかり夜が明けて、東の山が明るくなってきた。瓦屋根や木々の葉が陽光に乱射してまぶしくなってきた。
「ひっく、やれやれ……骨折り損のくたびれもうけじゃった……だが、くノ一ども、次回会う時はこうはいかんぞ!」
「また酔いつぶれるなよ、轟竜坊のオッチャン!」
「オッチャンは余計だというに!」
紅羽のからかいにプリプリして轟竜坊は去った。天摩流くノ一達は再び鎌鼬三兄弟と別れを告げ、鳳空院へと帰路を向けた。
その日の昼――柳厳山鳳空院。
紅羽、竜胆、黄蝶はやっと寝床から起きて、庫裡にいる秋芳尼に報告した。
「あらあら、まあまあ……大変でしたね……」
「これはカマイタチさんにもらったお薬なのです。よく効くのです!」
「まあまあ、珍しいですわね……」
秋芳尼は貝殻に入った又三郎の膏薬を手に取った。
谷中の鳳空院へ戻ったくノ一達は、興奮状態から覚めて、どっと疲労が出てそれぞれの寝床で綿のように眠り込んだのだ。浅茅が用意した食事を食べながら、今回の事件の詳細を語る。
「ですが、良い経験となりました――」
竜胆が姐御と呼ばれて困惑した鎌鼬兄弟たちのことを思い出す。今ではそう悪くなかったかも、と。
「それにしても、ようやった……よく大妖怪を倒したな、お前たち! それだけの大妖怪じゃ、きっと寺社奉行所の懸賞金も上乗せされるに違いないわい!」
小頭の松影伴内が喜色満面で三人をほめたたえる。が、三人の女忍者は浮かない顔だ。
「秋芳尼さま……今回の事件であたし達の力およばず、麻布十番町の皆さんの家が壊されてしまいました……」
紅羽の脳裏に巨大肉食妖怪から逃げ去る人々、泣き叫ぶ赤い着物を着た少女が思い浮かぶ。
「三人で話し合ったのですが、今回の妖怪を倒した懸賞金は……」
「待て待て、紅羽……もしや……その先を言うてはならぬぞ!」
伴内が慌てて口止めをしようとする。
「被害にあった庶民の皆さんに渡したいと思うのですぅ!」
「黄蝶ぉぉぉぉぉぉぉ……」
松影伴内は畳に突っ伏した。
「そうですね……それが良いと思いますわ!」
秋芳尼も慈悲の笑顔で三人の妖怪退治人の意見を尊重した。
「嗚呼……やっぱり、そうなるのですな……」
「いいじゃないの、あんた。貧乏をしても、心はあったか御飯だよ」
伴内の奥さんである浅茅が突っ伏した夫の肩をバンと叩く。
「なんじゃい、そりゃ……」
境内の梅枝にウグイスが飛び交い、笑い声が聞こえてきた。
今度はどんな怪事件に出会うのか……それはまた、次回の講釈で――




