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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十二話 岩魔!外宇宙から来た妖怪
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怪船銀鮫丸

 卯刻半むつはん(午前七時)、旅籠屋通りにある上総屋では、二日酔いの松田半九郎がようやく起き上がる。


「くぅぅぅ……頭が痛い……顔を洗ってくるか……」


 起き上がって寝間着を脱ごうとすると、右足が硬い物にぶつかった。


「あいたっ!」


 銀色の二尺ほどの球体だ。


「なんだこれは?」


 半九郎が眼を凝らすと、銀球体はふるふると震え、秋田犬の姿になった。


「なんだ、イーマだったのか……どうしてそんな姿に?」


「はい……私は陽の光を糧に動きますので、夜間はこうして休眠状態となり、燃料を節約しているのです」


「ほほお……冬眠みたいなものか?」


「そうですね、松田さま」


 そこへ、すでに身支度を整えていた伴内が襖をあけてはいってきた。


「おお、伴内殿……早いな……」


「松田殿……実は朝早く、船を調達させに波止場に行かせた紅羽と黄蝶が戻らんのですよ……」


「なんだって? まさか、騒動に巻き込まれたのではないだろうな……」


「念のため、探してきますわい……」


「いや、俺が行こう……伴内殿は秋芳尼殿についていてくれ……」


「しかし……二日酔いでは?」


「いや、大丈夫だ……それに、毎朝、藩邸の回りを早駆けし、素振りをする日課なのだ……走っている内に、シャキッと眼が覚めるよ」


「松田さま……私も御供おともします!」


「おう!」


 松田同心とイーマが木更津湊へ女忍を捜しにいった。


 漁師たちに娘剣客と二つ結びの少女のことを訊くと、かなり目立っていたようで、


「ああ……あの風変わりな娘っ子たちなら、南の船着き場の方へ行ったよ……」


「ありがとう!」


 渡海屋の蔵の前、すでに千石船が内房へむけて出航するところが見えた。


「二人ともどこへ行ったのか……」


「松田さま、これを……」


 白犬イーマが前足で指示したのは、桟橋に落ちていた円形の忍具・円月輪であった。


「これは黄蝶の円月輪……まさか、かどわかされたのか!?」


「周囲を探してみます……」


「おお……そんな事ができるのか? 頼む!!」


 金星犬イーマは身を伏せて黄蝶と紅羽の行方を索敵はじめた。


 金星犬イーマ十六の秘密のひとつ。


 イーマは内蔵された超探知レーダー装置で生命体の熱や電荷を探査することができるのだ。


「松田さま……あの海へ出た船から黄蝶さまと紅羽さま特有の電荷反応がありました!!」


「あの千石船か!! しかし、もうかなり離れてしまった……」


「私におまかせ下さい!!」


「あっ、イーマ!!」


 イーマが桟橋から海へ飛び込んだ。


 犬の体が空中でドロドロに崩れて液体金属となり、上顎が刀のように鋭く伸びたカジキマグロのような魚の姿に変形した。


 波飛沫なみしぶきをあげて海面に潜り、高速で泳いで千石船を追いかけていった。


「なんと、魚に変化した……頼むぞ、イーマ!!」




 その頃、暗い船倉の一角からうめき声が聞こえた。


「う~~ん……もう、食べられないや……」


 紅羽は寝返りをうち、頬が硬いものにあたって、眼が覚めた。後ろ手に縄で縛られているようだ。


「なんで木の床に寝ているんだ……ここは……あっ!!」


 船着き場で抜荷を発見して、渡海屋の連中と大立ち回りとなったことを思い出した。


 周囲を見回すと、小さな明かり取りの窓から差し込む光で、薄暗い船倉だとわかった。


 全体が地震のようにゆらゆらと揺れている。そして、身近に黄蝶も後ろ手に縛られて眠っていた。


「くそっ……あたしの愛刀が取り上げられている……起きろっ!! 黄蝶!!!」


 紅羽が黄蝶を足で強引に揺り起こす。


「むにゃあ……もう、食べられないですよぉぉ……」


「なに、呑気な夢を見てんだ……まあ、あたしも似たような夢をみたけど……とにかく、起きろっ!!」


 揺さぶり起こされた黄蝶が、


「ここはどこですかぁ……」


「それよりも、あたし達は、渡海屋に捕まったようだぞ!!」


「……えっ? ……それって……大変じゃないですか!!」


っ、大声をたてるな……どうやら、あたし達は船でどこかに連れられていくようだ……」


「どこにですか?」


「さて……簀巻きにされて、ふかのエサにでもされるかな?」


「ぴえええええええっ!!」


「どうやら……起きたようだな」


 突然背後から野太い声がした。


 船室の扉が開き、がっちりした体躯の中年男と背の高い若侍、それに手下の紋次と捨松が入ってきた。


 紅羽と黄蝶は腰を起こしてにらみつける。


「お前は……西海屋繁蔵!」


「ぐふふふふ……お前は男装をしているが、娘であったな……ここはわしの持ち船のひとつ、銀鮫丸ぎんざめまるよ」


「あたし達をどうする気だ!!」


「鮫のエサにする気なのですかぁ!?」


「なに、殺しはしねえから、安心しな……お前達は町方の手先らしいが、刀を取り上げられたら、何もできまい」


「言っておくが、あたしたちは町方の手先じゃないぞ!」


「寺社奉行所に仕事を依頼された妖霊退治人なのですぅ!!」


「ヨウレイ? ……まあ、どっちだっていいさ……水晶の積荷を見たからには只じゃ返さねえ……」


 紅羽が渡海屋をにらみ、


「くっ……だけど、廻船問屋として成功したお前が、なぜ、こんな危険な仕事の片棒をかつぐんだ?」


「片棒? それは違うなあ……わしは元々抜荷でのし上がった男よ……若造の頃から抜荷船一味で働き、長崎の小島に根城をつくり、独立してからも、玄海の海賊船や役人船と渡り合い、海の地獄を生き抜いてきたのよ」


「元から抜荷買い一味だったのか……」


「そうさ……わしのことより自分の身を心配したらどうだ?」


「やっぱり、簀巻きにして鮫のエサにする気だろ?」


「ふふふふふ……威勢のいい娘侍だ」


 渡海屋が不気味に笑い、左七郎が顔色をかえ、


「おい、待てよ、渡海屋……こんな可愛い娘たちを殺すなんて、可愛そうじゃねえか!!」


「ああ、殺さないよ……」


「なんだ、そうなのかよ……言ってみるもんだな!」


 左七郎が少年らしく快活に笑った。


「せっかくの美形の娘たちだ……抜荷の商品となってもらうよ……外房(太平洋)沖に亜米利加あめりか船のマキューラ号が補給にくるんでな、ついでにラパッシュ船長と取引する予定だ。さぞかし、上海しゃんはい比律賓フィリピンの奴隷市で高く売れるだろうて……」


「ぴえええええっ!!」


「なんだとぉ!!」


「おい、待てよ……渡海屋、異国に売り飛ばすなんて、そりゃ、あんまり可哀想じゃねえか!!」


 左七郎が腰の刀に手をかけた瞬間、右手と柄が黒い鞭で巻きつかれた。 


 渡海屋繁蔵の右袖からのびた鞭の早業が縛ったのである。


「くそっ!」


「妙な気を起こすんじゃねえ、左七郎!」


「お頭、左七郎もふんじばりますかい?」


「ああ……ちょいと、ここで頭を冷やしてもらおうか……」


 左七郎も紋次と捨松に、後ろ手に縛られ、船室に転がされた。


「こいつも奴隷市で売りさばくんで?」


「いいや……そんな事はせん……左七郎は俺の跡継ぎにする」


「えええええっ!?」


「そうなんですかい?」


 紋次と捨松が顔を見合わせた。


「ふざけるな、渡海屋!! 俺は浪人していても魂は武士だ、商人になんてならねえぜ!!」


「いいや……跡継ぎにさせてみせる」


 渡海屋の凄味のきいた貫禄に、さしもの左七郎も押し黙ってしまう。


「左七郎……おめえは俺の若い頃に似ている……武家社会のくだらねえ身分制度や仕来りに嫌気がさし、はみ出してしまったところ、恨み辛みがあるところ……世をすねて粋がって、莫迦な真似をするところも、そっくりだ」


「………………」


「俺の父親は肥前国佐賀藩につかえる勘定方の算盤侍そろばんさむらいだった……だが、つまらない事で詰め腹を切らされ、家禄は召し上げ、俺は流浪の身となった……十二歳で刀を捨て、両替商の丁稚となった……だが、どうにもうまくいかず、追い出された……おめえなら、その理由がわかるよなあ……」


「……元武士が町人に頭を下げ、へりくだる事なんてできねえって事だろ……」


 抜荷買いの親分はニヤリと笑った。


「そうだ……荒れていたわしは、やがて無頼の仲間に入り、抜荷一味になったのも当然だな……」


「………………」


「おめえはまだ若いから、青い事をいって正義気取りもするがな……やがて、わかるよ……この世のどうにもならねえ、薄汚ねえ現実を……」


「んなもん、知りたくもねえ!!」


 左七郎がそっぽを向いた。


「いいや、わかる……わかる時が来る……そして、この国でのし上がるには、武士なんぞより、商人だ……それも真っ当にやっていちゃ、一代で大商人にはなれねえ」


「おめえみたいに、抜荷をしろってか?」


「抜荷だけじゃねえ……幕府ばくふの法を掻い潜った商売の仕方を教えてやるよ……しょせん、この世は強い者が弱い者を踏みにじって肥え太るということを教え込んでやるさ」


「俺はしょうもねえ、半ちく者で、はみ出し者で、無頼者だが、お前みたいに女子供を売るような外道にだけにはならねえ!!」


「いいや、なるさ……抜荷を良しとしたお前は、やがて、人買いだって良しとするさ……悪事と欲には底がねえ……とことんまで、際限なく堕ちていく……人間ってのはなあ、時が経つにつれて、青い事をいうのが阿呆らしくなり、あくどく、狡猾になっていくものさ」


「……お前みたいにか?」


「そうだ」


 息巻いていた左七郎も、勢いが消沈してしまった。


「そうだ、面白くもねえ武家社会に、一泡吹かせてやろうじゃないか……そこでとっくりと考えるんだな……」


 高笑いして船室から去ろうとする渡海屋繁蔵たちに、紅羽が声をかけた。


「渡海屋繁蔵……最後に訊きたい……あの水晶の像はどこで手に入れたんだ?」


「ああ……あれか……鋸山の秘密の洞窟に、密輸品の隠し場所があるんだが、その近くの谷に、水晶の像が無造作にたくさん転がっていてねえ……」


「水晶像が転がっているなんて……」


「はたして、水晶細工の知られざる名工が作ったものか、はたまた、わしらとは別の抜荷買い組織が保管していたのか、それはどうでもいい……ともかく、金目のものが転がっていたら盗まなければ、抜荷買い一味の名折れだから、密輸船で江戸の蔵へ運んだ」


「盗人の理屈だな……」


「だが、あいにく第一の船は品川沖に運ぶ途中、嵐で難破してしまった……これは第二の貨物さ。だが、町方の手先にここまでうろつかれたんじゃあ、仕方がない……他の隠し場所に移して、ほとぼりをさます予定よ」


「悪事はいつか露見するぞ、渡海屋!!」


「ふっ……その時はその時よ。狭い日本を抜け出して、海の向こうで大暴れをしてくれるわい!!」


 憎々しげに哄笑して、渡海屋繁蔵は船室をさっていった。


 扉にかんぬきをかける音がした。


 押してもビクともしない。


 彼女達はこのまま異国へ売られてしまうのだろうか?



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