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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十二話 岩魔!外宇宙から来た妖怪
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破船の危機

 岩魔四号の科学妖術によって船体に穴を穿うがかれた軍船天明丸。


 横波が打ちこむたびに穴から海水が船内に入り、沈んでいく。


 紅羽達は甲板に妖術・隠しかせで全身が重くなり、身動きができない。


「くっ……この妖術さえ……解ければ……」


「わたくしが……解呪の法術を……きゃっ!!」


 秋芳尼が印を結ぼうとするが、重力がかかって動けない。


「無理しないでください、秋芳尼さま!!」


「ならば、わしが……ぬぐぐぐぐっ!!」


 伴内が顔を真っ赤になって手を動かすが、どうにも自由にならない。


「小頭、としなんだから無理しないで!」


「わしを年寄あつかいするじゃない、紅羽!!」


 黄蝶が横の金星犬イーマを見ると、両眼がカチカチと光って何か考えているようだが、半分が銀色の液体金属となって甲板に溶けているように見えた。


「イーマちゃん、大丈夫ですか!!」


「……大丈夫です……岩魔の反重力攻撃……いま、解析が終わりました!!」


 イーマが口を開け、甲板に向かって吠えた。


 すると、口から輪状の超音波が次々と打ち出され、甲板に描かれた異星の光る文字と図形が歪み始め、次々と分解して消え去っていった。


 すると、天摩忍群の体にかかっていた重い枷が消え、自由に動けるようになる。


「おおっ!! 動けるぞ!!」


「どうやったのですか、イーマちゃん!!」


「岩魔の反重力発生護法陣に異なる振動波をぶつけ、無効化させたのです!」


「はんじゅーりょく……とにかく、凄いのです、イーマちゃん!!」


「助かったぞ、イーマ!!」


 黄蝶と紅羽が白い犬の頭を撫でる。が、その時、船が大きく傾いだ。


「まだ、脅威は去っておらんぞい!!」


「そうですね……このままでは沈没してしまいます……」


「ここはわしにまかせてくだされ、秋芳尼さま!」


「まかせます、伴内!」




 矢倉の下の漕手の船室では、大櫓をふたりがかりで漕ぐ水主たちが、幅四尺もある穴を、板きれで押さえて、釘をうって防ごうとするが、継ぎ目から浸水して、板切れが飛んでしまう。


 破壊孔はかいこうからの海水が船体の板の結着をゆるませ、淦道あかみちという裂け目まで生じてしまった。


 こうなった船は、水船みずぶねとなってしまい、破船はせんして海底に沈む運命しかない定めだ。


「もう、駄目だあ……」


「船を捨てるしか……」


 船手奉行の向井将監も無念の顔で、


「公方様から預かった大事な船だが、水主たちの命には代えられん……全員、船を捨て……」


「あきらめるのは早いわい!!」


 そこへ階段を降りてきた初老の男……松影伴内がいた。


「お主は妖霊退治人の……」


「ここはわしにまかせよ……天摩流氷術・霜花そうか!」


 松影伴内が臍下丹田に溜めた神気を氷結波に変えて、穴の開いた船壁を打ちこんだ海水ごと氷漬けにした。


 忍術師匠の伴内は土術をもっとも得意とするが、竜胆の得意とする氷術も、紅羽の得意とする火術も、黄蝶の得意とする風術も使えるのだ。


「こんな季節に厚い氷が!?」


「なんという不思議な技だ……あなたは仙人様か?」


「仙術ではなく、忍法じゃい! おっと、この事は内緒にしてくれよな……」




 かくて天明丸の沈没はまぬがれ、夕暮れの木更津のみなとへ、無事に入津にゅうしんができた。


 しかし、巨大軍船・天明丸は淦道による損害が酷く、船大工に頼んで修理させるが、もう船として使えないかもしれず、廃船となるかもしれなかった。


 山辺同心や水主たち大事な部下を失い、船まで失うかもしれず、向井将監の失意は計り知れなかった。




 木更津は江戸時代から港町として栄えていた。


 房総半島の貨物などはほとんど、この木更津湊から江戸などへ送られている。


 なぜ、木更津湊が優遇されたかというと、江戸時代初め時をさかのぼらねばならい。


 大坂冬の陣にて、木更津の水夫二十四名が徳川方について戦功をあげたが、その多くが戦火で亡くなってしまった。


 そこで徳川幕府は、戦功をあげた水夫二十四名の報奨として、上総・安房の年貢米などを運ぶ港として、木更津に江戸間の渡船営業権をわたし、日本橋に拝領地として、船着場の『木更津河岸』を与えたとされている。


 江戸と上総・安房の穀物や薪炭などの貨物を運ぶ船を五大力船といい、流通拠点となった木更津の港町はおおいに栄えた。


 また人を運ぶ旅客専門の五大力船をとくに木更津船と呼び、片道四時間くらいで到着し、運賃は二百文(四千円くらい)であったという。


 木更津の町の中心地には八剱八幡やつるぎはちまん神社があり、境内には船の名前や、氏子である漕ぎ手の名前を石に刻んでいる。




 木更津の宿屋・上総かずさ屋に、妖霊退治人や寺社方同心の宿泊施設が用意されていた。


 松田半九郎は船手組の宿舎に用事があって、天摩衆だけ先に旅籠はたごにはいった。


 浜菊の間に用意された箱膳には名物のアサリやハマグリ、海苔のりなどの料理と、山菜などの精進料理がならぶ。紅羽、黄蝶、秋芳尼、伴内たち。


 黄蝶の足元には金星犬イーマもいる。


 しかし、誰しもが暗い顔で言葉を発しない。


 大海蛇こと岩魔五号を退治したはいいが、突如あらわれた空魔こと岩魔四号に、竜胆と金剛をさらわれてしまったのだから。


「なんじゃい、そうしょげるな、紅羽、黄蝶……」


「でも、竜胆が……」


「大丈夫じゃい……金剛がついとるではないかい。奴がいればあの鳥岩魔とりがんまを倒し、敵のネグラの情報をもってえ帰ってくるわい!」


「そうですよ……それに、わたくしがいます……浄天眼の術でふたりの居場所を突き止めるのです」


「おおっ!! さすが秋芳尼さまなのです!!!」


「あっ、でも、ここには浄玻璃鏡じょうはりきょうがありませんよ?」


 浄玻璃鏡とは、鳳空院本堂にある直径二メートルもある銅版に鏡がはられた神秘の法具だ。


「大丈夫です……金剛にこれをつくってもらいました……」


 秋芳尼は襟元から小さな懐中鏡を取り出した。


「これはな、金剛がつくった浄玻璃鏡の子供版じゃい!」


「おお……さすが金剛兄……なんて用意がいいんだ!!」


「では、竜胆の手荷物を拝借しまして……」


 秋芳尼は竜胆の荷物がはいった柳行李から手拭いを取り出し、念入りにさわり、なにを読み取っているようだ。


 天摩忍群一同が固唾を飲んでみまもる。


 芳尼は触れた物体の残留思念を読み取り、それを映像化することができるサイコメトリー能力の法術を使えるのだ。つまり残留思念の持ち主の現在位置をおしはかる透視・千里眼能力である。


 やがて鳳空院住持は手鏡に右掌をかざし、摩利支天の陀羅尼だらにの経文をとなえはじめた。


「ナモアラタンナ タラヤヤ タニヤタ アキャマシ マキャマシ アトマシ……」


 秋芳尼の両掌があわく翡翠色に発光し、それに反応するように懐中鏡に映る尼僧の顔がゆらぎだし、鏡面に波紋が幾重にも広がる。


「天摩流法術・浄天眼じょうてんがん!」


 手鏡にぼんやりとした暗い岩壁のようなものが映った。


 洞窟のなかには丸い硝子がらす製の金魚鉢のような巨大球体があり、その中に六、七名の人が浮かんでいるのが見えた。


 人々は気を失ったように目をつぶり、宙にふわふわと浮いている。


 その中に、長い髪を振り乱している竜胆がいるのが見えた。


「あれは……竜胆!!」



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