破船の危機
岩魔四号の科学妖術によって船体に穴を穿かれた軍船天明丸。
横波が打ちこむたびに穴から海水が船内に入り、沈んでいく。
紅羽達は甲板に妖術・隠し枷で全身が重くなり、身動きができない。
「くっ……この妖術さえ……解ければ……」
「わたくしが……解呪の法術を……きゃっ!!」
秋芳尼が印を結ぼうとするが、重力がかかって動けない。
「無理しないでください、秋芳尼さま!!」
「ならば、わしが……ぬぐぐぐぐっ!!」
伴内が顔を真っ赤になって手を動かすが、どうにも自由にならない。
「小頭、年なんだから無理しないで!」
「わしを年寄あつかいするじゃない、紅羽!!」
黄蝶が横の金星犬イーマを見ると、両眼がカチカチと光って何か考えているようだが、半分が銀色の液体金属となって甲板に溶けているように見えた。
「イーマちゃん、大丈夫ですか!!」
「……大丈夫です……岩魔の反重力攻撃……いま、解析が終わりました!!」
イーマが口を開け、甲板に向かって吠えた。
すると、口から輪状の超音波が次々と打ち出され、甲板に描かれた異星の光る文字と図形が歪み始め、次々と分解して消え去っていった。
すると、天摩忍群の体にかかっていた重い枷が消え、自由に動けるようになる。
「おおっ!! 動けるぞ!!」
「どうやったのですか、イーマちゃん!!」
「岩魔の反重力発生護法陣に異なる振動波をぶつけ、無効化させたのです!」
「はんじゅーりょく……とにかく、凄いのです、イーマちゃん!!」
「助かったぞ、イーマ!!」
黄蝶と紅羽が白い犬の頭を撫でる。が、その時、船が大きく傾いだ。
「まだ、脅威は去っておらんぞい!!」
「そうですね……このままでは沈没してしまいます……」
「ここはわしにまかせてくだされ、秋芳尼さま!」
「まかせます、伴内!」
矢倉の下の漕手の船室では、大櫓をふたりがかりで漕ぐ水主たちが、幅四尺もある穴を、板きれで押さえて、釘をうって防ごうとするが、継ぎ目から浸水して、板切れが飛んでしまう。
破壊孔からの海水が船体の板の結着をゆるませ、淦道という裂け目まで生じてしまった。
こうなった船は、水船となってしまい、破船して海底に沈む運命しかない定めだ。
「もう、駄目だあ……」
「船を捨てるしか……」
船手奉行の向井将監も無念の顔で、
「公方様から預かった大事な船だが、水主たちの命には代えられん……全員、船を捨て……」
「あきらめるのは早いわい!!」
そこへ階段を降りてきた初老の男……松影伴内がいた。
「お主は妖霊退治人の……」
「ここはわしにまかせよ……天摩流氷術・霜花!」
松影伴内が臍下丹田に溜めた神気を氷結波に変えて、穴の開いた船壁を打ちこんだ海水ごと氷漬けにした。
忍術師匠の伴内は土術をもっとも得意とするが、竜胆の得意とする氷術も、紅羽の得意とする火術も、黄蝶の得意とする風術も使えるのだ。
「こんな季節に厚い氷が!?」
「なんという不思議な技だ……あなたは仙人様か?」
「仙術ではなく、忍法じゃい! おっと、この事は内緒にしてくれよな……」
かくて天明丸の沈没はまぬがれ、夕暮れの木更津の湊へ、無事に入津ができた。
しかし、巨大軍船・天明丸は淦道による損害が酷く、船大工に頼んで修理させるが、もう船として使えないかもしれず、廃船となるかもしれなかった。
山辺同心や水主たち大事な部下を失い、船まで失うかもしれず、向井将監の失意は計り知れなかった。
木更津は江戸時代から港町として栄えていた。
房総半島の貨物などはほとんど、この木更津湊から江戸などへ送られている。
なぜ、木更津湊が優遇されたかというと、江戸時代初め時をさかのぼらねばならい。
大坂冬の陣にて、木更津の水夫二十四名が徳川方について戦功をあげたが、その多くが戦火で亡くなってしまった。
そこで徳川幕府は、戦功をあげた水夫二十四名の報奨として、上総・安房の年貢米などを運ぶ港として、木更津に江戸間の渡船営業権をわたし、日本橋に拝領地として、船着場の『木更津河岸』を与えたとされている。
江戸と上総・安房の穀物や薪炭などの貨物を運ぶ船を五大力船といい、流通拠点となった木更津の港町はおおいに栄えた。
また人を運ぶ旅客専門の五大力船をとくに木更津船と呼び、片道四時間くらいで到着し、運賃は二百文(四千円くらい)であったという。
木更津の町の中心地には八剱八幡神社があり、境内には船の名前や、氏子である漕ぎ手の名前を石に刻んでいる。
木更津の宿屋・上総屋に、妖霊退治人や寺社方同心の宿泊施設が用意されていた。
松田半九郎は船手組の宿舎に用事があって、天摩衆だけ先に旅籠にはいった。
浜菊の間に用意された箱膳には名物のアサリやハマグリ、海苔などの料理と、山菜などの精進料理がならぶ。紅羽、黄蝶、秋芳尼、伴内たち。
黄蝶の足元には金星犬イーマもいる。
しかし、誰しもが暗い顔で言葉を発しない。
大海蛇こと岩魔五号を退治したはいいが、突如あらわれた空魔こと岩魔四号に、竜胆と金剛をさらわれてしまったのだから。
「なんじゃい、そうしょげるな、紅羽、黄蝶……」
「でも、竜胆が……」
「大丈夫じゃい……金剛がついとるではないかい。奴がいればあの鳥岩魔を倒し、敵のネグラの情報をもってえ帰ってくるわい!」
「そうですよ……それに、わたくしがいます……浄天眼の術でふたりの居場所を突き止めるのです」
「おおっ!! さすが秋芳尼さまなのです!!!」
「あっ、でも、ここには浄玻璃鏡がありませんよ?」
浄玻璃鏡とは、鳳空院本堂にある直径二メートルもある銅版に鏡がはられた神秘の法具だ。
「大丈夫です……金剛にこれをつくってもらいました……」
秋芳尼は襟元から小さな懐中鏡を取り出した。
「これはな、金剛がつくった浄玻璃鏡の子供版じゃい!」
「おお……さすが金剛兄……なんて用意がいいんだ!!」
「では、竜胆の手荷物を拝借しまして……」
秋芳尼は竜胆の荷物がはいった柳行李から手拭いを取り出し、念入りにさわり、なにを読み取っているようだ。
天摩忍群一同が固唾を飲んでみまもる。
芳尼は触れた物体の残留思念を読み取り、それを映像化することができるサイコメトリー能力の法術を使えるのだ。つまり残留思念の持ち主の現在位置をおしはかる透視・千里眼能力である。
やがて鳳空院住持は手鏡に右掌をかざし、摩利支天の陀羅尼の経文をとなえはじめた。
「ナモアラタンナ タラヤヤ タニヤタ アキャマシ マキャマシ アトマシ……」
秋芳尼の両掌があわく翡翠色に発光し、それに反応するように懐中鏡に映る尼僧の顔がゆらぎだし、鏡面に波紋が幾重にも広がる。
「天摩流法術・浄天眼!」
手鏡にぼんやりとした暗い岩壁のようなものが映った。
洞窟のなかには丸い硝子製の金魚鉢のような巨大球体があり、その中に六、七名の人が浮かんでいるのが見えた。
人々は気を失ったように目をつぶり、宙にふわふわと浮いている。
その中に、長い髪を振り乱している竜胆がいるのが見えた。
「あれは……竜胆!!」




