翼竜海魔の伝説
突如あらわれた白い怪鳥。
それは鳥と蝙蝠を合わせたような異形の姿であった。
歯のないクチバシが、あり大空を滑空するが、その翼は蝙蝠の被膜のようであり、開いた大きさは約9メートルもあった。
頭部に烏帽子のようなトサカがあり、翼手に比べ、足は短い。
それは、中生代白亜紀に棲息した翼竜プテラノドンの最大種ステルンベルギに似た怪生物であった。
全身に白い羽毛が生えているのは、アホウドリのように水中の魚群に気づかれないためであろう。
翼竜は上昇気流をたくみに利用し、天空を滑空した。
「新手の岩魔かっ!!」
「まさか、助っ人がいたとはのう……」
「気をつけろ……きゃつら、小糠雨で姿を隠しただけだ……気を集中して、探るんだ!!」
金剛が注意し、紅羽達が円陣を組んで、周囲をうかがう。
金星犬イーマが駆け寄る。
「ひえええ……イヌゥゥ……」
「今はそれどころじゃないよ、金剛兄、我慢して!」
「はい……」
「どうしたのですか、イーマちゃん?」
「霧雨の向こうの岩魔を探すのを……わたしにませてくださいませんせか?」
「えっ?」
一方、霧雨の向こう側では、赤い岩石の本体だけとなった岩魔五号を、翼竜姿の岩魔四号がつかんで話しかけていた。
「キエエエエエエエッ! おい、岩魔五号! どうして本部に連絡をしなかった?」
「おう、岩魔四号か……実は通信装置をどこかに落としてしまってなあ……結晶体を盗んだ原始人を始末してから戻ろうと思ったが……」
「莫迦者、そういう場合はまず本部へ戻って報告するものだ!!」
「ああ……そういうものか?」
「だが、怪我の巧妙よ……お前のお陰で良い獲物が見つかった……地球のヨウレイタイジニンが見つかったのだからな」
「こいつらのことか? まあ、この俺を破壊するとは大したものだ……」
「気をつけろ……きゃつらは岩魔六号と七号を倒すほどの実力がある……」
「なんだと? ……はん、だが一緒にするな! 俺様は奴らとは馬力が違うわい!!」
翼竜の爪に捕まれた赤い石が不気味に輝き、海底に沈んだ岩塊が、次々と浮かび上がり、本体の赤石に集まっていった。
岩塊が合体し、首長竜ではなく、今度は巨大な大蛇へと形成していく。
甲板の白犬が毛を逆立て、右舷の方角を向いた。
「なにか、あっちの方角から何か来ます!!」
「おお~~…さすが、イーマちゃんは鼻がきくのですね!」
「いえ、これは匂いではなく、電界を探ったのです」
「デンカイ?」
金星犬イーマ十六の秘密のひとつ。
動物は体内に微量ながら電流が流れていて、イーマは筋肉や脳などが発するわずかな電界の電位差を探知し、暗闇に棲む生物や、森に隠れた生物などを見破ることができるのだ。
これは鮫の持つロレンチーニ器官に似ている。
白い霧雨をかきわけ、金星犬イーマの予告通り、天明丸甲板に蛇頭が姿を現した。
「空を飛ぶ蛇なのです!!」
「まるで、雲海を泳ぐ龍じゃ!!」
「ギャオオオオオッ!!」
金星犬が背後を振り向く。
「今度は反対側の上空からも!!」
「なにぃぃ!!」
霧雨をかきわけ、白い羽毛が生えた翼竜が飛来する。
二大岩魔の襲来に、さしもの妖霊退治人たちも絶体絶命の危機だ。
「ぴえええええっ!! 二体の岩魔なのですぅ!!」
「気おくれするな、黄蝶……陽気発する処、金石もまた透る」
「金剛兄、どういう意味ですか?」
「うむ…… “陽気”は万物が生じて活動しようとする気であり、その陽気が発生すれば、金属や石のように硬いものでも貫くということ」
「ほへ?」
「要するに、どんな困難なことでも……精神を集中すればできないことは無い、と言うことだ!」
「なるほど、わかったのですぅ!!」
「おおっ!! 金剛兄が難しいことを……犬におびえた姿からは想像もできないぞ!」
「ひとこと余計だ、紅羽!!」
「それよりも、作戦はどうするのじゃ?」
「おう……二手に分かれて迎撃する。紅羽と竜胆は怪鳥を、黄蝶は俺と空飛ぶ大蛇だ!」
「はいなのです!!」
「了解だよ!」
「委細承知じゃ!!」
「ギャオオオオオオオオッ!!」
空飛ぶ蛇が空中で鎌首を持ち上げたまま、蛇体が渦巻き状に蜷局をまいた。
まるで空飛ぶ円盤のような怪物体は、真横に向き、外縁部に鋼鉄のギザ刃を出し、高速回転を始める。
岩魔五号は巨大回転鋸となって天明丸を両断すべく襲来した。
「ぴえええええっ!! でっかいノコギリが来るのですぅぅ!!」
「俺にまかせろ!!」
金剛が両手を前に突きだし、丹田に凝縮した熱い神気を放出した。
「天摩流火術・炎竜破!」
真紅の炎の竜巻が岩魔五号の回転鋸円盤を包み込んだ。
鍛冶忍者である金剛は、金術だけでなく、火術も得意であり、紅羽にも火術を教授したのだ。
「グアアアアアアッ!!」
高熱波に包まれた岩魔五号は蜷局形態をくずし、宙にうねくる岩蛇となってしまう。
金剛をにらみつけ、大口を開けて噛み殺さんと襲いかかった。
「コシャクな原始人めぇぇ……死ねえええええええっ!!」
妖霊退治人は右拳を正面突きの構えにし、一個の弾丸となって岩蛇に飛んでいく。
金剛は怪物の大きな口の中に入り、巨蛇は口を閉じた。
彼は岩蛇に呑みこまれたのか?
否、彼は岩蛇の体内で金色に輝き、右拳を前に突きだしたまま、内部を破砕しつつ、突進し続けたのだ。
大岩蛇の表皮がひび割れ、衝撃波が割れ目から吹きだし、頭部・頸部・胴体の順にバラバラに崩壊していった。
「これぞ……天摩流金術奥義……金神爆砕撃!!」
金剛が跳躍して、矢倉の上に飛び乗る。
「金神に触れたものはすべて滅ぶ……迷わず成仏してくれい……」
金剛の全身が赤銅色からふだんの肌色に戻る。
忍法『金神爆砕撃』は莫大な神気を消費するのだ。
だが、崩壊した大蛇の岩塊が軍船天明丸の甲板や矢倉に落下して、破壊していく。
「天摩流風術・つむじ風!」
印を結んだ黄蝶が臍下丹田に蓄積した神気を解放し、突風を起こして軍船を襲う岩塊を海へ吹き飛ばした。
飛散した岩塊の中で、赤く光る岩石が宙に浮かび、
「おのれ……まだまだぁ……俺様の底力をみせてやる!!」
莫大なエネルギーを持つ岩魔五号は何度も分離合体や再生ができるのだ。
赤い輝石を中心に三度目の再生が始まる。
だが、途中で岩塊の動きが止まり、岩石群が落下していった。
「なにぃぃぃ……なぜ……ぐわあああああっ!!」
赤く光る石にヒビが入り、真っ二つに割れ、岩魔五号の本体は、粉々に砕け散った。
一方、紅羽と竜胆は有翼怪鳥の岩魔四号と交戦していた。
紅羽の火焔弾や竜胆の氷風を、高速飛行・切り返し・錐揉み飛行など、たくみな飛行術で回避する岩魔四号。
「なんてすばしこい奴だ……」
翼竜の額にある第三の眼が開いた。
「キエエエエエエッ!! 今度はこちらからいくぞ……宇宙妖術・結晶眼!!」
赤い巨眼から結晶化光線が二女忍に向かって放たれた。竜胆は薙刀を斜めにあげ、両手で回転させた。
「天摩忍法・氷面鏡!!」
青い神気が円を描き、車輪より大きな円形の氷を形づくり、氷面鏡は結晶化光線をはね返した。
「なにぃぃ!? あっしの結晶眼をはね返しただとぉぉ!!」
紅羽が有翼怪鳥に太刀をむけ、刃先から炎の鳥が生じた。
「天摩流火術・火炎鷹!」
燃え盛る炎の猛禽を翼竜にぶつけた。
「妖術・楯無し!!」
火炎鷹が翼竜に到達するまえに、半球状の薄く光る壁にぶつかり、忽然と消滅した。
「なにぃ!! 火炎鷹が消えた……」
「へっへっへっ……あっしにはそんなものは効かないでござんすよ!」
「ならばっ!!」
紅羽は臍下丹田に溜めた神気を太刀にこめる。
「天摩流火術・朱雀落とし!」
紅羽は蓄積した神気を解放し、全身に赤い闘気が陽炎のように螺旋にうずまく。
比翼剣から生じた紅の斬撃破を翼竜に叩きこんだ。
翼を広げた朱に燃える朱雀の一撃が、空魔にぶつかる。
が、見えない壁に当たり、炎が四方に飛び散った。
「あたしの必殺技も効かないのか!!」
「キエエエエエエッ!! もっとからかってやりたいが……遊びはここまでだ!! 妖術・隠し枷!!」
翼竜が足首の銀輪をかざすと、甲板上に魔法陣のような光の反射が浮かぶ。
その上にいた妖霊退治人たちの身体が急に重くなった。
たまらず、四つん這いとなり、必死に抗う、
「おのれ……またしてもあの妖術を……」
「なんだこれ……まるで体に見えない錘がまとわりついているみたいだ」
「これは……岩魔の……重力攻撃です!」
金星犬イーマが叫ぶが、彼も見えない枷にはまったように甲板に縫いつけられている。
金剛が顔を真っ赤にして起き上がろうとするが、ビクともせず、床に固定されてしまった。
「ヨウレイタイジニン……岩魔に抗える者たち……これは実験標本として価値があるぞ!」
翼竜の両眼が妖しく赤く輝いた。
それを見た者たちは、頭がぼんやりし、催眠状態になってしまう。
「しまった……」
「あの眼を見ちゃ……だめじゃ……」
翼竜が銀の足輪をかざすと、甲板に縫いつけられた者のうち、竜胆と金剛が浮かびあがり、空へ飛んだ。
そして、岩魔四号の足元で止まり、二名は大きな半透明の光の球体に包まれた。
「原始人呪術師の男女二対……こいつらはもらっていくぞ!! キエエエエエエッ!!」
「待て……岩魔……みなを返せ!!」
「お前達は必要ない!!」
岩魔四号は足首につけた銀の足輪を天明丸の横腹に向けた。
すると、小型の高熱エネルギー弾……原子分解光線が撃ち出され、船体の横腹、喫水線近くに幅四尺の真円の穴が出来た。
穴から軍船内部へ、波が寄せるたびに海水がつぎつぎに船内に侵入していく。
このままでは水船になって沈没してしまう。
「待って……なのですぅ!!」
「竜胆ぉぉぉ……金剛兄ぃぃぃ……」
紅羽と黄蝶の必死の叫びもむなしく、岩魔四号は二人を入れた球体監獄を持ち去り、房総半島の方角へ飛び去った。
残った紅羽たちは海底の藻屑となってしまうのか!?




