海竜大決戦
忍法・朱雀落としを、みずから分離することで回避した大海蛇。
その岩塊の群れが紅羽を襲った。
「天摩流風術・つむじ風!」
矢倉から戻った紅羽の危機を見て、黄蝶が円月輪を交差させ、小規模の旋風を発生させ、飛来する岩塊の勢いを殺した。
その間に紅羽は安全圏――後方の甲板にある矢倉の上に飛び降りた。
外れた岩塊は甲板前方に集まっていった。
「ありがとう、黄蝶!!」
「なんのなんの、なのです!」
その間にもバラバラの岩塊は甲板前方に次々と激突して積み重なり、やがて首長竜エラスモサウルスに似た巨体を再生し始めた。
船が傾き、その重量で沈んでいく。
楯板が外れて転がり、固定した大砲が外れて海面に落下していった。
「わああああっ!!」
「このままでは、船が沈んでしまう!!」
「嗚呼……わしの船が……船員たちがぁ……」
頭を抱えて膝をつく船手奉行と、あわてふためく船手組の同心や水主たち。
「あらあら……大変なことになりましたねえ……」
「その声は……」
紅羽たちがふり向くと、矢倉の入り口から休んでいた秋芳尼が出てきた。
介抱していた伴内と金剛が背後に並び立つ。
紫紺の忍者装束にぶっさき羽織という出で立ちに着替えている。
先に首と頭部が再生した首長竜がそちらを向いてギョッとした。
「ギャオオオオ!! こ、これはまさか……ブリューレギか……」
大海魔がふるえ、思わず三人を避けるようにヒレを動かし、巨体を後退りさせた。
体の下半分が完成し、船が傾いていく。
「大海蛇がしゃべったのですぅ!!」
「いや、岩魔だから、しゃべりもするだろう……それよりも、顔を見せるだけでひるませるとは……」
「さすが天摩衆一の霊力を持つ秋芳尼さまと忍術名人の小頭と金剛兄じゃ!!」
紅羽と竜胆が誇らしげに三人を見やった。
「秋芳尼さま、松田のお兄ちゃんの具合はどうですか?」
「わたくしが治療法をほどこし、今は船室で眠っております。打ち身だけで、骨は折れてないようですよ」
「良かったのですぅ……」
「ところで……イーマよ」
竜胆が金星犬イーマに駆け寄った。
「なんですか、竜胆さん」
「あの岩魔……“ぶりゅーれぎ”とかいったが、どういう意味じゃ?」
「さて……わたしも訊いたことがありませんねえ……」
伴内が弟子たちに渋い顔を見せ、
「なんじゃい、お前達!! この失態は……このままでは船が沈んでしまうじゃろがい!!」
「だって、小頭……」
「だっても、伊達巻もないわい! 金剛、兄弟子のお前が、なんとかせい!!」
「はっ!! これを借りるぞ!!」
金剛は舷側にあった四頭ある四爪碇を持ち上げた。
四方に飛び出た爪をもつ碇は数十貫もあり、海から引き上げるには大勢の水主を動員する……それを一人で持ち上げ、反動をつけて首長竜めがけて投じるとは、なんという怪力か。
ブオオオオンッ!!
四爪碇は岩蛇の長首に巻きつき、グルリと一周してとまった。
それを大柄な忍者がグイッと引っ張ると、大海竜は苦鳴をあげて引っ張られた。
「グオオオオッ!!」
岩海蛇が首を回転させ、鎖の先の金剛を分銅のように海の方角へ飛ばした。
思わず鎖を放して、甲板に降りたつ金剛。
「ふうぅ……奴のほうが馬力が、上か……」
「ギャオオオオオオッ!!」
再生途中の海魔の長首が伸びて金剛を噛み砕かんと牙を剥いて襲う。
金剛は素早く結印し、九字の呪文を唱えながら、指の刀で臨を横に切り、兵を縦に切り、「闘・者・皆・陣・烈・在・前」を五横四縦に切り払った。
これは九字結印法といって、もとは真言密教の護身法であり、いわゆる精神統一法である。
それと同時に金剛は臍下丹田にため込んだ〈神気〉を全身の全身に送り込み、体表組織を収斂させた。
「天摩流金術・銅面!!」
金剛の全身の肌が赤く染まっていき、赤銅の肌――文字通り合金の硬さをほこる体表組織となったのである。
妖霊退治人は一個の弾丸となって首長竜に飛んでいく。
大柄な忍者は海魔の牙を避け、甲板を蹴って頭部の後ろへ廻った。
そして、黄金に光る腕を背中にかざし、灼熱の手刀を叩きこんだ。
「金剛烈空刀!」
硬い岩石の表皮が熱に溶けたバターにナイフを入れるように突き刺さり、背中を真っ二つに両断していった。
「ガアアアアアアッ!!」
亀裂から首長竜全体もバラバラに崩壊し、岩塊のほとんどが海へ吹き飛んだ。
天明丸の傾きがもどり、沈没はまぬがれた。
「おおっ!! さすが、金剛兄!!」
「素手で岩魔を倒したのですぅ!!」
「う~~む……巌をも斬る金剛烈空刀……さすがじゃ……」
とつぜん、周囲にある岩塊がふるえ、輝石に集まっていった。
「再生をはじめたのです!」
「金剛兄、きゃつの本体を!」
「おうっ!」
怪物の残った破片の中に、熾火のごとく赤く光る漬物石ほどの物体があった。
「あれか!!」
金剛の右腕だけが赤銅色に変化。
忍法・銅面は体の一部分だけ変化させることもできる。
彼の手刀が赤い輝石を打ち砕かんと迫った。
突如、突風が巻き起こり、みなが周囲の帆柱や矢倉などにしがみついた。
その時……体に黒い影がさし、思わず天を仰ぎ見る。すると、霧雨の中から黒く、巨大な翼が見えた。
霧をかきわけ、大きな爪が赤く光る石をつかみとり、宙に舞いあがった。
「な、なんだ……あれは……」
「化物鳥なのですぅ!!」
「海の魔物の次は、空の魔物……空魔じゃな!!」
「キエエエエエエエエエエッ!!」
突如あらわれた白い怪鳥。
いや、それは鳥といえるのだろうか?
まるで鳥と蝙蝠を合わせたような奇怪な容姿の魔物であった。




