金星王国戦記
「いろいろ聞きたい事があるのじゃが……まず、お主はどうして日本語が話せるのじゃ?」
竜胆のもっともな質問に、黄蝶たちも好奇心旺盛な視線をむけた。
「……それは……わたしの人工知能には変話装置があり、あらゆる宇宙言語を翻訳して話すことができるのです」
金星犬イーマ十六の秘密のひとつ。
イーマに内蔵された人工頭脳は、記憶容量が一兆一千ビットもあり、高速演算が可能だ。
六百種族の宇宙言語を自動翻訳し、人工声帯で流暢に話すことができるぞ。
「おおっ!! 凄いのです!!!」
「頭のいいワン公なんだなあ……算術犬よりも賢いかも……」
「それよりも皆さん……紅羽さん、黄蝶さん、竜胆さん、秋芳尼さん……この間は失礼いたしました……地球へ無事、到達しましたが、エネルギーを使い果たし、充填するのに手間取ってしまったもので……」
「えっ? “えねるぎい”ってなんですか?」
「人間が食べ物を口にして動き、焚火が薪をくべて燃えるように、わたしは太陽の光を浴びることで動くことができるのです」
金星犬イーマ十六の秘密のひとつ。
イーマは全身の表皮から太陽光エネルギーを吸収し、体内にある集熱器を熱変換し、動力炉に送ることで活動ができるぞ。
「お陽さまの光で動くのですか? お花や草木みたいですねえ……」
「それで、今まで眠っていたのかあ……」
金剛の炭焼小屋の熱と窓からの日光でエネルギー補充をしたのであった。
「はい……まずは、わたしの主人の言付けを聞いてください……わたしはご主人様の生きていた頃の姿に変身することができるのです……」
金星犬イーマ十六の秘密のひとつ。
イーマに身体は液体金属でできていて、人工知能から液体金属各部に電荷をかけて操作することで、自由に形を変えることができるぞ。
「まあ……この間の変身を……是非、もう一度、見せてくださいませ」
天狗の両眼がキラリと光りだし、犬の姿が崩れ、銀色の液体金属となり、ふたたび盛り上がって、女人の姿になっていった。
額が広く、やや吊り眼で灰緑色の瞳を持つ、褐色の肌の美しい女性のようだった。
貫頭衣に八芒星が描かれた王冠を被り、槌矛をもっている。
「おおっ!! なんと美しい御方だ……」
いつの間にか木から降りた金剛が感心して女王を見ていた。
「おや、金剛兄……好みの女性かい?」
「茶化すな紅羽!!」
「……余は……金星のイシュタル王朝の最期の統治者……イナンナと申す……」
「いなんな? これまた、不思議な言葉だなあ……」
「まあ……宵の明星から来た女王さまでしたか……わたくしは近くの尼寺の住持で、秋芳尼と申します」
「あたしは紅羽……」
「黄蝶なのですぅ!」
「竜胆と申します……」
「伴内ですじゃ……しかし、宵の明星からの御使者とは……こりゃまた、途方もない話ですなあ……」
天摩忍群たちの丁寧なあいさつに、イナンナ女王は微笑みを浮かべた。
金星の統治者イナンナ女王は眼をつむり、かつての繁栄をほこった故郷を回想しているようだ。
「かつて我が金星では、イシュタル大陸、アフロディーテ大陸、ラダ大陸などがあり、独自の金星文明が栄えておりました……我が都では生命の樹……世界樹がそびえたち、半球状のドームで覆われた建物がたち、人びとが行き交う、聖なる楽園のようなイシュタル市がありました……」
「まあ……楽園とは素敵ですねえ……一度行ってみたい都ですねえ……」
「しかし、ほとんどの住民は息絶え、都市は残骸に、森林は荒れ野と化しました……」
「まあ……どうして、また、そんなことに?」
これには聴いていた一同も驚いた。
「それは憎き敵……宇宙の悪魔……文明の破壊者……岩魔のしわざです!!」
「岩魔だって!?」
「神田の久右衛門町に現れた岩石人間のことじゃな!!」
「すでに逢っていたのか……ならば話が早い……その忌むべき存在……暗黒宇宙ゴルゴーン星雲第五遊星Γ(ガンマ)から来たりし岩魔が、我が故郷……金星文明を滅ぼしたのである……」
「そんなっ!!」
「我々、金星文明の人々も必死に岩魔の侵攻軍に立ち向かった……が、岩魔は恐るべき力を発揮し、大陸を蹂躙した……岩魔は他の惑星に流星を装って宇宙船で侵入し、その惑星の知的生命体の姿に擬態能力で変身し、その社会に溶け込む……」
「おお……岩魔は地球の人間の男女にも、小さな猿にも、巨大な怪物にも変化したが、擬態能力というのじゃな……」
「金星王国に擬態能力で忍び込んだ岩魔はイシュタル王朝の科学大臣リリスを始め、陸軍大臣、守備隊帳、貴族や軍人に化けて金星文明を調べつくし、王国を守護する戦車や軍船、超科学兵器を破壊する工作を行った……」
「そのような悪辣なことを……」
「隣人が実は宇宙から来た妖怪かもしれない……親しい友人が突然、牙を剥くかもしれない……金星の民たちは疑心暗鬼に取り憑かれ、人との接触をおそれた……余が大陸中の指導者に同盟を組むことを提案したのだが、ことごとく拒まれた……これも疑心暗鬼による弊害であろう……」
「人と人が信じられぬとは……悲しいことです……」
秋芳尼たちはその様相を想像して、心が痛んだ。いや、他人事ではない。日本国も……いや、世界中でも起こり得る、岩魔の策略の脅威だ。
「岩魔とは、何者なのですか?」
「我が王国の密偵や科学師たちの調べによると、岩魔はゴルゴーン星雲からやってきた妖怪であり、珪素生物であるようだ……」
「ケイソ生物?」
「珪素とは、半金属シリコンであり、この星……地球の地殻も、三割は酸素、七割方は珪素でできている……珪素生物はいわば、ものを言う岩石……生きた鉱物である」
「生きている石かあ……たしかに年経た石や岩は妖怪になるけど、そういうことか……」
「岩魔は火山惑星である遊星Γ(ガンマ)で噴煙と硫化水素の大気に包まれた火山地帯に生まれたと考えらておる……原住生物を捕食し、死滅させ、それでも足りずに他の惑星も略奪する、宇宙の悪魔、文明の破壊者だ……」
「う~~む……なんと恐ろしい妖怪じゃ……」
「岩魔は硬い肌を持ち、たいていの武器をはね返す……そして、擬態能力の他にも、催眠術や科学兵器を使う……特に岩魔の持つ能力……“死の眼差し”で、金星の兵士も民間人も、動物も、植物も、ありとあらゆる生命体は死の結晶体となり果てた……」
「岩魔六号が見せた妖術・結晶眼のことだな……あれは厄介だ……竜胆がいなければ、あたしたちもやばかったよ……」
「なんと!! すでに岩魔は地球に来ていたのか!!」
「ああ……岩魔六号と七号とかいう奴で、赤毛の大猿や大口トカゲに変化して厄介だったよ……まあ、なんとか倒したけどな……」
「それは凄い……たいしたものである。地球の呪術師にも傑物がいると見える……」
「いやあ……それほどでも……」
「もっとも、トドメは岩魔一号とやらが、作戦失敗の罪とかで倒したのじゃが……」
紅羽がしみじみと昨夜の死闘を思い起こした。金星王女イナンナは眼をつむり、
「それでも対抗しえる力があるのは立派なものだ……実はイーマを地球に送るとき、宮廷占星官に岩魔に対抗できる国なり、戦士なり、呪術師なりがいる地点を占わせて送ったのだが……確かであったようである」
「まあ……それで、道灌山に現れたのですね……」
「岩魔は岩石人間の兵士や、巨大怪物、超兵器を装備した遊星兵団を指揮し、我ら金星王国の軍隊と戦った……その結果、かつて、地球と金星の大気物質はほぼ同じものであったが、今はまったく違う物質と成り果て、文明は破壊し尽されたのである……」
「……どうやら、容易ならぬ相手のようですね……」
「岩魔は金星に来る前にも、ケンタウルス座アルファ星、エリダヌス座イプシロン星、牛飼い座ミュー星、カノープスなどの生きとし生けるものや文明を壊滅させたようだ……」
「えっ? 南蛮人みたいな名前で覚えられないや……けど、たくさんの国の人々を滅ぼした恐ろしい妖怪だってのは、わかるぞ」
「我らも善戦したが、ついに岩魔には勝てなかった……が……姉妹星……地球の民よ……岩魔を見つけ……強大化する前に……倒してくだされ……汝らの健闘を祈る……」
そういって、金星王国の最期の統治者、イナンナ女王の言伝は終わり、その姿が崩れて、銀色の液体金属と化し、金星犬イーマの姿に戻った。
「ひええええっ!! イヌぅぅぅぅ!!!」
ふたたび金剛が悲鳴をあげて松の木によじ登った。




