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妖霊退治忍!くノ一妖斬帖  作者: 辻風一
第十二話 岩魔!外宇宙から来た妖怪
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金星天狗きたる

 谷中の田園地帯の中に、道灌どうかん山があった。

 山といっても高さ二十二メートルで、お椀型のなだらかな台地が正しい場所だ。


 江戸幕府ができる以前、室町のころ大田道灌の出城があったといわれている。


 近在の者や江戸の庶民たちが観光をし、山草や薬草取りにくる場所だ。


 そこに鳳空院のおなじみの面々……住持の尼僧・秋芳尼、巫女剣士の竜胆、茶汲み娘の黄蝶、忍び剣士の紅羽が、かごをしょって山菜取りに精を出していた。


 たらの芽、山ウド、わらび、ぜんまい、青こごみ、せり、行者にんにくなどを尼寺の厨房で皮をむいて調理する予定だ。


「あっ、一番星なのです!」


 ふと、藍色に暮れていく薄闇空を見上げた黄蝶が叫んだ。


「宵の明星じゃの……そろそろ鳳空院に帰りましょうか……」


「そうですね……」


 竜胆と秋芳尼も微笑んで同意した。


「あっ、流れ星なのですよ!!」


「よぉ~~し、お願い事をするかぁ……」


 紅羽がニッと笑って、そんなことを言いだす。


「猫ちゃんともっと仲良くなれるようにお願いします……」


「あたしはお汁粉をお腹いっぱい食べられますように……」


 そうこう言っているうちに、流れ星は道灌山のこちらまでにやってきた。

 これは大きな火球のようである。


 火球は雷鳴のような轟音をあげ、長い尾を引いて、天摩衆の近くまでやってきた。


 閃光が周囲を包み込み、世界は白く染め上げられた。


「ええええっ……こっちまで来なくても!!」


「ぴええええええええっ!!!」


 竜胆が秋芳尼の手を引き、


「秋芳尼さま、御避難を!!」


「待ってください竜胆……流れ星の様子が変ですよ」


「えっ!!!」


 一同がふり向くと、光り輝く物体は地表に落下せず、速度を落とし、上空でふわふわと浮いている。

 それは直径さしわたし七尺(約二・一メートル)ほどの光る球体状隕石であった。


「隕石が……宙に浮いているぞ!?」


「ぴええええっ!?」


「なんと、奇っ怪な光景じゃ!」


 天摩衆の面々はじとりと汗をかきながら、空中に漂う光体を凝視していた。


 すると、隕石はゆっくりと地面に着地し、輝きを停止。

 

 その隕石は二つに割れ、中から銀色に輝くものがズルリと這い出てきた。


「なんですかこれぇぇ!!」


 それは水銀のようにドロリとした液体金属で、やがて、四本足の獣のように変化していく。


「ワンちゃんみたくなったのですぅぅ!!!」


「こりゃあ……宵の明星から、流れ星に乗ってやってきた生き物か?」


「あらまあ……なにかのけもののようですねえ……」


 光体はふるふると震え、横に伸び、本当に白い犬のような姿となった。

 犬のような生命体は耳をそばたて、紅羽たちの話をじっと聞いているようだ。

 竜胆はじっと検分し、


「これは……おそらく、唐土の伝説にある天狗てんこうに違いないのじゃ!!」


「テンコウ?」


「なるほど……わたくしも訊いた事があります……天のいぬと書いて、『天狗』という、中国の伝説の妖怪ですよ。アマキツネともいいますが、こちらは犬の姿ですね……」


 日本書記などにも、637年に大空から天狗、つまり火球が目撃され、雷のような物音を発したとある。


「えっ? 鼻の長い天狗てんぐさんとは違うのですか?」


「そうですね……日本の天狗の名の由来となったようですが、まったく別物の妖怪のことですよ」


「ややこしいのですぅぅ……」


 流れ星はたいがい大気圏で燃え尽きるが、地表まで落下した火球は時に空中爆発をし、電磁波音をたてる。

 そんな天体現象を昔の人が目撃して、咆哮をあげて天から駆け降りたいぬだと思い、『天狗』と呼んだのだ。


「古来より、『天狗』は災いを知らせる凶星という……なにか江戸に災禍が起きる前兆ではあるまいか……」


「ぴええええっ!! おっかないワンちゃんなのですぅ!!」


 くだんの天狗は、やがておもむろに口を開いた。


「ウォォォォ~~~ン……」と、犬か狼のような吠え声をあげ、一同を見つめる。

 その瞳には賢者のごとき知性が感じられ、じっと、四人の娘たちを見つめていた。


「ごくり……こっちを見ているぞ……この天狗……」


「敵対する素振りはないようじゃが……」


「ワンちゃん……こんばんはなのですよ……」


 おそるそおる黄蝶が話しかけると、白い犬のような生き物は口を開け、


「ワォォォ……クゥゥン……キュイィィィ~~ン……」


 と、甲高い声で鳴き続け、それがやがて人語のようになった。


「……みなさん……こんばんは……」


 と、落ち着いた男性の声で挨拶をした。


「犬がしゃべったのですぅ!!!」


「犬がしゃべるだとぉ!? そ~んな莫迦なぁぁぁぁ……」


「私の……主人の言付けをお聞きください……」


「御主人さま?」


 天狗の両眼がキラリと光りだし、犬の姿が崩れ、銀色の液体金属となり、ふたたび盛り上がって、女人の姿になっていった。

 彼女は額が広く、やや吊り眼で灰緑色の瞳を持つ、褐色肌の美しい女性である。

 貫頭衣に八芒星が描かれた王冠を被り、槌矛ミトゥムをもっていた。


「こんどは女人にょにんに化けたァァ!?」


「この姿は……天界に住むという、天人てんじんかのう?」


「乙姫様か弁天様みたいなのです」


「……わたしは……金星のイシュタル王朝……最期の統治者……イナンナ……地球に危機が迫っています……恐るべき侵略者が……」


 そう言いかけて、身体が崩れ、地面に溶け落ちていく。


「どうしたのですか、ワンちゃん!!」


 黄蝶と紅羽が駈け寄るが、女人像がドロドロに崩れ、液体金属の水溜りになってしまった。

 

 だが、最後の力をふりしぼったように、液体金属が一ヶ所に集まり、銀色の球体になる。

 

 その後、なんの反応もない。


「なんだぁ!? 夜空から来たワン公は死んでしまったのか?」


「いや……ただ、力が尽きたのかもしれん……休眠しているのではあるまいか?」


「……ともかく、この天狗は何かを知らせようと、ここへ来たようですね……」


「ところで、天狗ちゃんはチキュウといってたですけど、何のことですかねえ?」


 黄蝶がふしぎそうに竜胆を見上げた。



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