遊星よりの怪物体Γ(ガンマ)
このお話は、六月中旬、紅羽達が武蔵屋に出現した妖怪退治をしていた頃の出来事である――
陽が沈み、夜も更けたころ、村はずれの海岸の岩場に提灯の火がふたつ、蛍のように輝き、やがて合流した。
近くの草原の草ノ葉がそよそよと風になびかれている。夏の虫が音楽会を開いていた。
近くには潮騒の音が聞こえてくる。
「栄六さん……」
「お杏、逢いたかったよぉ……」
「見て、一番星だわ……」
「宵の明星だな」
「きょうはよく星が見えるわ……」
蒼い夜空を見上げると、北極星、ひしゃく座などが見える。
「船乗りは夜の漁に出るときは、北辰を頼りにするだ……あの星はいつでも動かない雄一のお星さまだからなあ……」
「天子さまのお星さまだね……」
「そして、妙見菩薩さまのお星さまでもあるだぁ……」
ふたりとも十八、九歳の平凡な容姿だが、熱い情熱を裡に秘めた男女で、ひしと抱き合った。
男は栄六といって、安房館山の鋸山にある石切り場で房州石を切りだす石工である。
房州石は凝灰岩で細工がしやすく、採石は昭和時代まで盛んに利用された。
鋸山は本当の名前を乾坤山といい、神亀二(725)年に開基した日本寺の境内でもある。
ここで空海は石仏の大黒天を彫り、円仁は金剛力士を彫ったといわれている。
九世住持・高雅愚伝の依頼で、上総国望陀郡桜井村の石工・大野甚五郎英令が門弟二十七人と二年前の安永八(1779)年より五百羅漢像の石仏を彫っており、そのための石材を調達する仕事をしていた。
お杏の父は甚五郎の門弟の一人で、桜井村から家族で赴任してきた。
なにせ二十年以上かかる仕事である。
栄六が石材をおさめる際にお杏を見初め、わりない仲となっていった。
ふたりは昼間の仕事が終わり、海沿いの丘で逢瀬を楽しむ。
なんとなしに蒼く染まる西の夜空を見上げると、ひときわ明るく輝く夕星が見えた。
「なあ、栄六さん、あたしたちのお星さまもあるだべか?」
「そうだなあ……」
栄六は指で右方の星々を差ししめ、
「きっと、あの星がおらとお杏ちゃんの星だぁ……」
「まあ、うふふふ……綺麗なお星さま……」
「あら、流れ星……」
宵の明星が輝く夜空のあたりから、夜空に尾を引いた流星が降ってきた。
鋸山中腹の方角で飛んでいく。
「ほんとけ……よし、地上に落ちる前に願い事をするべよ」
「んだなぁ……」
二人は眼を閉じて、願い事をする。
が、まぶたが妙に明るいので、眼を開くと、流れ星がこちらに向かって落下してくるのが見えた。
それは血のように赤黒く、禍々しい輝きを発した妖霊星である。
「ひええええええっ!!」
「逃げるだよ、お杏!!」
慌てふためいた栄六がお杏の手をひき、死にもの狂いで近くの森へ逃げ出した。
二人がいた岩場が閃光でそまり、恋人たちの頭上に高熱をともなった火球が通過する感覚があった。
火球とは、流星のなかでも特に明るいものをいう。
栄六とお杏は、流星が森林の方角に向かい、大地に巨大な隕石が衝突するのを目撃。
衝撃波で大地が震動し、遅れて大砲のような轟音が反響する。
世界は赤一色の領域となる。
おそるおそる眼を開けた栄六とお杏は生きた心地がしない。
「まさか、流れ星が近くに落ちてくるとはなあ……」
「ねえ……はやく村の宿舎に帰りましょうよ……」
「んにゃ、ちょっくら、流れ星様を見てくるべよ……話のタネになるだよ」
「そうねえ……ちょっとだけなら……」
お杏も好奇心が抑えきれず、提灯をもった二人は草叢をかきわけ、山の中腹を登っていった。
巨大な焼け痕の黒い筋が引かれていた。
その近くに寄っただけで、
「あちっ!!」
「でえじょうぶかい、栄六さん……」
「お杏、火傷するから、黒い筋には近寄るなよ……」
「わかっただぁ……」
火球落下の衝撃による高熱により、地表にある土壌がわずかの間に溶解し、天然ガラス化してしまったのである。
熔融痕の先には大地がえぐれて、クレーターが生じていた。
その中心に、燃え盛る隕石が見える。
大人が十人以上輪になって包むより大きな隕石であった。
溶岩のごとく灼熱した隕石から、むっとする水蒸気があがり、近くによることをためらわせた。
「こんなでかい流れ星だとはなあ……代官所に知らせるべきだべか?」
火が消え、隕石の上部にひび割れが生じ、またたく間に大きな割れ目が生じた。
その割れ目の奥は闇黒。
「石が……割れただよ……」
「ごくっ……」
二人が固唾を飲んで見つめている。
突如、闇黒の奥が真っ赤に光り輝き、周囲を鮮紅色に染め上げた。
「うわあああっ……まぶしいっ!!」
「きゃああああああっ!!!」
世界が赤く染めあがり、閃光が消え去ると、元の世界に戻った。
隕石の側にある草という草はそよとも動かず、夏の虫たちも調べをやめた。
森閑と更けわたる夜の静寂の世界――
それもそのはず、草木や昆虫たちはすべて白い結晶と化していたのだ。
透き通った石英……水晶のようになった樹木草葉。
それに月光があてられ、宝石の海が白波をたてるがごとく色彩が乱舞し、幾千万のプリズムで反射されて煌めき、万華鏡の中の世界となっていた。
光輝燦然たる草原に、栄六とお杏は身動きせずに立っていた。
あの怪光にあたって、憐れにも、草木や虫と同様に透き通った水晶の塑像となってしまったのだ。
丘の上のすべての生き物に死の沈黙をあたえた天空からの贈り物は、ぴくりとも動かない。
いや、真ん中の割れ目から何かが這い出してくるのが見えた。
それは一体、なにか……
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