忍び寄る魔の手
黄蝶たちと次第高の競争は、抜きつ抜かれつ、追いつけ追い越せと、攻防がつづき、絵双六の競争は最終局面にはいった。
次第高はあと六マスであがり、黄蝶たちはあと十マスであがりだ。
次第高は『提灯お岩』の升目世界で正解したが、進めるのは二マスで、あと六マスだ。
「次は黄蝶の番ですぅぅ……」
黄蝶がサイコロを持ち上げて転がした。
紅羽が必死に祈る。
「六出ろ、六出ろ、ロクロク出ろ……」
「ろくろっ首みたいじゃが、六が出て欲しいところじゃ……」
「やったぁぁ……六なのですぅぅ!!」
「さすが双六達人の黄蝶……ここぞという場所で強運だな!」
三女忍は『土佐の蛸入道』の升目世界に飛んだ。
荒海の中に巨大なタコが鎮座し、近くの岩場に黄蝶たちが立っていた。
「なぞなぞを出すタコ……妖怪村では毎年、カッパ、テング、オニ、タヌキなど、十匹の妖怪たちが駆けっこをしています。さて、タコが駆けっこをすると、いつも何番に着くでしょう?」
「駆けっこって……その足で陸上を走れるのか?」
「う~む……確か『本朝食鑑』によると、蛸は夜になると岸にあがり、八足を地につけ、飛ぶように走って畑に入り、芋を掘って食べるということがある、とあったのう……」
「えっ!? そうなのですか?」
「日ノ本のあちこちで信じられておる話のようじゃが……」
元禄年間にでた『本朝食鑑』には、「八~九尺から一~二丈(約2・4m~約6m)にもなる大蛸がいて、長足で人を巻きとり、海中に引き入れて食べる」とある。
また、『日本山海名産図会』には、「越中富士滑川の大蛸は牛馬を取って喰らい、漁舟を転覆させて人を取る。これを捕える術はない。
この蛸の足を軒に吊るせば病気になる」などと、江戸時代のタコは妖怪視されていたのだ。
実際のタコはあまり動かない生活で、水を体に吸い込んでサイフォン(漏斗)という器官から噴射して泳ぐ事ができるが、あまり泳ぎは上手ではない。
最近の研究によると、タコは他の足を体にまきつけ、二本の足で海底を歩き回り、捕食者から逃れる姿が撮影されている、
「これもダジャレか、トンチなのじゃ……タコ……カケッコ……韻を踏んでおるのはわかるのじゃが……」
「一番……ではないよなあ……二番か、三番か……タコだから八番かな?」
「紅羽ちゃん、そんな単純なわけは……」
黄蝶が否定しようとして、急にひらめくものがあった。
「おかげでわかったですよ!!」
「冴えているな黄蝶! 答えはなんだ!!」
「九番ですぅ!」
「そのココロは?」
「タコの足に吸盤がついているからですよ!」
「なるほど、うまいのじゃ!!」
「答えは……大せい……」
蛸入道が大正解と言おうとした時、猫又大尽が「にゃんだー、にゃんだらー、にゃんじゃらほい!」と呪文を唱えて、妖力を升目世界の蛸入道におくった。
すると、葛飾北斎の大蛸絵のごとく、触手が天摩くノ一三人衆にからみつき、その柔肌に食い込み、離さない。
「おい、なんだ急に!!」
「きゃあああっ!! 気持ち悪いのですぅぅ!!」
「お前たちはいかせないタコぉぉ……一回休みタコぉぉぉ!!」
「おい、それは規約違反だぞぉ!!」
「どうやら、猫又大尽が蛸入道を妖力で操っているようじゃ!!」
「そんな……龍女公主さまが黙っていないのですよ!!」
「あいにくだが、龍女公主さまはお休み中にゃ……お先に失礼するじゃらほい!」
奥座敷では番頭猫と幇間猫がしてやったりと、ほくそ笑み、狸坂の長と狐坂の長も知らん顔……やはり同じ穴のムジナである。
「龍女公主さま、起きてくださいにゃ!」
「次第高がずるをしているのでありんす!!」
黒蘭と千代松が酔潰れて眠りこけている龍女公主を揺り起こすが、ちっとも目覚めそうにない。
盤面では次第高がサイコロを振り、五の目が出た。
「やったにゃ!! あと、一マスであがりじゃらほい!! 人間たちは一回休みだから、わしがまた振るにゃ!!」
このままでは、次第高が絵双六試合で勝ってしまう……
その頃、黄蝶たちのいる升目世界では、
「天魔流忍法・鎌鼬!!」
黄蝶が両手から真空の刃を送りだし、三女忍を絡め取る触手を切り裂いて、解放された。
「ぎゃあああ……こいつらスカンタコ!」
「蛸入道! 焼きダコにされたくなかったら、元の世界に戻しな!!」
紅羽が右手から火焔を出して蛸入道を脅しつける。
「わ……わかったタコぉぉ!! 焼きダコは勘弁してほしいタコぉぉ!!!」
かくて、天摩くノ一三人衆は升目世界から飛び出て、奥座敷の特大双六の盤面に戻った。
「やややのや! どうやって戻ったにゃ!!」
「もうズルはさせないぞ、次第高ぁ!!」
「くっ……先に上がりにいったほうが勝ちじゃらほい!」
次第高がそういうと、江双六の盤面がニョキニョキと盛り上がり、夜中の猫又坂となった。
日暮前に猫の母子が日向ぼっこをしていた場所である。
ゆるやかな坂の上には、上りの『古御所の妖猫』がある。
「勝手に双六の規則を変えるなよ!!」
「元々、こういう規則にゃ!!」
取りつく島がなく、三女忍も追いかけた。贅沢暮らしで太った猫又大尽に、坂を駆け登るのは心臓に悪いようで、速度が落ちる。
「はぁ……はぁ……疲れたにゃ……」
「いまですよ、追い越すですぅ!!」
「そうはいかないにゃ!! にゃんだら~、にゃんぶら~、にゃんじゃんらほい!!」
ゆるやかな猫又坂がどんどん登り坂になっていった。
「ややや……坂が急勾配になったぞ……」
「次第高の妖術攻撃じゃ!!」
「ぴええええっ!!」
坂の地面はやがて直角となり、三人は坂の下に転がってしまいそうになる。
が、苦無を出して地面にすがりつく。
「味をやるにゃ……だが、これで最後にゃ!!」
直角の坂の地面がさらに曲がり、黄蝶たちにのしかかり、その姿を覆い尽した。
まるで大地から巨大な舌がのびて叩きつけたようである。
「にゃふふふふ……これぞ妖術『次第坂』じゃらほい。奴らは生き埋め……勝つのはわしだにゃ!!」
彼女たちは土の中に生き埋めになってしまったのだ!!
危し、天摩くノ一三人衆!!!




